虐げられた僕は、ライバルの最強王子のパーティになんて入りません! 僕たちは敵同士です。溺愛されても困ります。執着なんてしないでください。

迷路を跳ぶ狐

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72.もう渡したくない

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 薄暗い部屋で、殿下の正面に立って、書類を読んでいる殿下を見下ろしていると、なんとなく落ち着かない。

 部屋は静まり返っていて、だんだんその静けさの中に、ロヴァウク殿下と二人きりでいることが辛くなってきた僕は、ぎこちないまま、口を開いた。

「あ、あの……ディロヤル伯爵には会えそうですか?」
「どうだろうな……だが、明日にはまた、忙しくなりそうだ」
「……殿下、また何か企んでるんですか?」
「もちろんだ。これのことを、詳しく聞かなければならない」

 殿下が取り出したのは、今日の魔物退治の時に見つけた、街に結界を張るための魔法の道具。

「これには、結界を遠くから操作するための魔法がかかっている。フィンスフォロースが調べたから間違いない」
「結界を操作……? 結界を管理するためじゃないんですか? 結界の維持にも魔力がいるし、結界の道具を長持ちさせるために、張る範囲や強度は状況によって変えているはずです。殿下だって、僕を捕まえるために結界に自分の魔力を忍ばせてましたよね……」
「あれは貴様が逃げるからだ。それに、これにかけられた魔法は、結界を自在に操るほど強い魔法だ。管理のためだけなら、こんな魔法は必要ない」
「そんなに……? 一体、何のために……」
「さあな。だが、向こうはこれを持って行かれて、相当焦っているはずだ」
「……強奪されないように、この部屋の結界を強化しておきましょう」

 僕が部屋の結界を強化しようと、殿下に背を向けたら、突然手を握られて止められた。

「……殿下?」
「それなら俺がやっておく」
「え、えっと…………は、はい……」

 大人しく返事をしても、殿下は握った手を離してくれない。離してくださいって言おうと思ったけど、うまく言葉が出てこない。

 殿下の手の方が、僕よりずっと大きい。僕だって、普段魔力の剣を振り回していて、結構筋肉だってついていて、力だって強いつもりだけど、こうして手を握られるだけで、勝てる気がしない。

「あ……え、えっ……と…………ロヴァウク殿下…………?」
「ずいぶん、無防備になったな……」
「な、なにが……ですか?」
「無防備に近づいて来ただろう。俺が何か企んでいると知っていたくせに」
「そ、それはっ……だって…………」

 だって……なんでなんだろう。

 いつもなら誰に対してもかなり警戒するのに、なんだかもう、殿下に対してそんなことをする気にはなれない。

 彼は僕を見上げて、怖くなるくらい真剣な顔をしている。

 どうしたんだ……今日の殿下はおかしい。……おかしいのは、僕の方か。自分で警戒を解いて近づいておきながら、いざ殿下が手を伸ばしてくると、震えるくらいに緊張するなんて。

 殿下は、僕を見上げてぼそっと呟いた。

「…………クレノジには……もう渡したくないな」
「へ!?」
「忘れたのか? 俺たちは、荒野の城へ魔物を退治しに行く途中なんだぞ」
「忘れてませんっ……だ、だって、渡すって……僕は、クレノジ殿下のものになるわけじゃないしっ……と、討伐隊になるだけです!」
「……レクレット…………」
「だ、だからっ…………ちゃんと偽名で呼んでください……」

 どうしたんだろう。

 僕、なんでこんなにむきになってるんだ?

 今、ここにはライイーレ殿下と僕ら二人しかいない。聞かれて困るような人はいないんだし、意地になって、偽名で、なんて言わなくていいはずなのに。

 それなのに、そんなふうに見上げられて、名前を呼ばれると……
 なんだか顔が熱いし、鼓動まで速くなってる。

 なんで名前を呼ばれただけで照れてるんだ、僕は。

「ば、バレて困るのは、ロヴァウク殿下ですよね……あ、えっと……ぼ、僕も、こ、困るんですけど…………うわ!!」

 殿下が、強く僕を引き寄せる。突然そんなことをされて、そのまま僕から抱きつくような形になってしまう。

 どかなきゃ……そう思うのに、びっくりしすぎたのか、殿下の腕の中から動けない。

 いつも思ってたけど、殿下って、僕よりずっと大きい。僕の体は、殿下の腕の中にすっぽり収まってしまっている。

 肩幅、広い。寄りかかってしまった胸も腹も、びくともしない。強化もなく、あんな長剣を投げつけて僕をからかうだけある。

 顔を上げられない。殿下と顔を合わせることができない。
 変な失敗をして恥ずかしいんだ。そうに決まっている。そうでなかったら、こんなふうに鼓動が早くなることなんて、あるはずないんだから。

「も……も、申し訳……ございません……す、すぐどきます!」
「このまま寝るぞ」
「はあ!? なんでっ……!」

 殿下は、僕を抱き寄せてそのまま横になってしまう。だけどこのベッド、一人用より少し小さいくらいなんだぞ!

 暗い中、彼の顔がすぐそばにあって、僕はますます焦ってしまう。将来を有望視された王子と、反逆者として追放された僕が同じベッドって、何の冗談だ!

「で、殿下!! 上! 上のベッド空いてますから!」
「上はライイーレが使っている」
「なんで上のベッドがチワワより小さい犬で、下のベッドが大人の男二人なんですか!」
「こっちの方が寝心地がいい」
「絶対良くありません! せ、狭いのにっ……!」

 どう考えても、二人じゃ狭い。別々に寝た方がいいはずなのに。

 最初は抵抗していた僕だけど、殿下の力には敵わない。強化すれば逃げられるかもしれないが、そんな気にもなれない。だって、殿下がすごく楽しそうに笑っているから。

「あの時、貴様を見つけておいてよかった」
「はっ……!? な、なな……何を言って……は、離してくださいっ……! ぼ、僕は床でっ……っ!」

 逃げようとしたのが気に入らなかったのか、殿下は僕の手をとって、ますます強く抱きしめてくる。
 強化すれば逃げられるのに、僕はもう、すっかり力なんて抜けて、縮こまってしまっていた。

 もう殿下に出会って随分経つのに、こんなふうにそばにいるのは初めて。相手は王子なんだから当然か。

 それなのに、殿下はお構いなしに僕の頭を撫でては愛犬を抱くようにしてご機嫌だ。殿下の馬鹿。こんなの眠れるもんか。
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