1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

久保 倫

文字の大きさ
29 / 31

幕は降りて

しおりを挟む
「ルックナーよ。卿の奮戦、堪能させてもらった。」
「恐れ入ります。素人の拙い演技でございます。」
「なんの、卿がいかに帝国のために奮戦してくれていたのか、よくわかった。感謝するぞ。」
「私一人ではありません。部下もそれぞれ全力を尽くしてくれました。」
「そうであるな。ならば聞こう。その後卿と部下達は、どうなったのだ?」

 舞台の幕が下りた後、近くに予約したレストランで、かつての皇帝と寵臣は向かい合っていた。

「あれから、状態のいいボートを整備し帆装した上で「皇太子妃」号と名付けてクック諸島を目指しました。」
「800マイルで2週間だったな。」
「それが立っていられないほどの強い順風を受けまして3日で到着しました。」
「なんと、運が良かったな。」
「陛下のお陰でございます。」
「ははは、卿と部下の行いの良さであろう。」
「クック諸島では船を入手できず、フィジー諸島まで遠征する羽目になりました。」

 クック諸島からフィジー諸島まで、更に1000マイルの航海。壊血病にかかるなど、苦難の連続であったが、それを語るつもりはない。

 今日は陛下の無聊を慰める日なのだから。

「フィジー諸島に行く途中ニウエという島では現地人の歓迎も受けました。」
「ほう、一戦交えたか?」
「そのつもりでドイツ国旗を掲げると歓迎してくれたのです。イギリスはニウエ島の現地人からも兵を徴募してヨーロッパ戦線に投入したのですが、『ドイツの軍人は強かった』と言って好意を示してくれたのです。」

 支配者として高圧的に接するイギリス人に対する反感もあったが、それは言わずともいいだろう。

「それは良かったな。」
「ですが、彼らの好意は強いドイツ軍人に対するものです。壊血病にやられまっとうに歩けそうにないのを見られては、かえって悪印象を与えると考え、『今すぐにイギリス軍との戦場に向かわねばならない。』と嘘をつき、水とバナナを分けてもらって、フィジーへ向かいました。」
「そういうものか。」
「えぇ、戦士としての強さを至上とする、と言うのがわずかな会話から伺えたので、そうやって交戦を避け、水と食料の補給を得るにとどめました。」
「休息を取りたかっただろうに。」
「お察しの通りでございます。ですが、ここで弱い所を見せて軽蔑されたくなったのです。彼らのドイツへの敬意をダメにしたくはありませんでした。」
「卿は、外交官の資質があるな。して、戦場であるフィジーに向かったのだろう。」
「はい、フィジー諸島に上陸し、ノルウェー人のふりをして、船を一隻チャーターするところまでは上手く行ったのですが、そこで私の運は尽きました。怪しんだ現地人に通報され、イギリス軍の捕虜になりました。」
「抵抗はせなんだか。」

 したかった。武装はしていたのだ。憲兵や警官ごとき、蹴散らすことは不可能では無かった、と思う。

「その時、ノルウェー人の偽装のままでした。栄えあるドイツ軍人の軍服を着用せず、戦うことは陛下の栄誉を汚すと思い、交戦を断念しました。」
「してもよかったろうに。」
「お断りします。万が一にも死ぬならば、死に装束を選ぶ権利くらいはあると思いますので。」
「軍服こそが死に装束か。」
「それに私は、国際法を遵守して戦ってきました。国際法の定める己が所属を明らかにせずに戦うのは、筋が通りません。」
「意外と固いな、卿は。」
「譲れぬ芯、あのモペリア島で大破しながらも決して倒れなかった「ゼーアドラー」のマストのような、一本の樫のごとき芯が、私にもあります。」
「虐待されなかったか?」
「いえ、特には。特筆すべきことと言えば日本のヤマジ*1なる提督と会談したことでしょうか?」
「ほう、ヤパンの海軍と接触したか。」




*1山路一善少将、この時期は第3特務艦隊司令官として、オーストラリア・ニュージランドの海上護衛に従事
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

帰蝶の恋~Butterfly effect~

平梨歩
歴史・時代
ときは群雄割拠の戦国時代。 尾張国の織田信長と政略結婚で結ばれた、 美濃国の姫君・帰蝶。 「女にとって結婚は戦と同じ」 そう覚悟しつつも、 恋する心を止めることはできない。 自らの思いにまっすぐに、 強く逞しく生きた帰蝶の生涯と、 彼女を愛した男たちの戦いを綴る、 戦国恋愛絵巻。 ※歴史小説に初挑戦です。 史実に基づいて書き綴っていきますが、 多くのフィクションが含まれます。 ★2025.7.31 第11回歴史・時代小説大賞で【奨励賞】をいただきました。 ありがとうございました。

小日本帝国

ypaaaaaaa
歴史・時代
日露戦争で判定勝ちを得た日本は韓国などを併合することなく独立させ経済的な植民地とした。これは直接的な併合を主張した大日本主義の対局であるから小日本主義と呼称された。 大日本帝国ならぬ小日本帝国はこうして経済を盤石としてさらなる高みを目指していく… 戦線拡大が甚だしいですが、何卒!

If太平洋戦争        日本が懸命な判断をしていたら

みにみ
歴史・時代
もし、あの戦争で日本が異なる選択をしていたら? 国力の差を直視し、無謀な拡大を避け、戦略と外交で活路を開く。 真珠湾、ミッドウェー、ガダルカナル…分水嶺で下された「if」の決断。 破滅回避し、国家存続をかけたもう一つの終戦を描く架空戦記。 現在1945年中盤まで執筆

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...