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幕は降りて
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「ルックナーよ。卿の奮戦、堪能させてもらった。」
「恐れ入ります。素人の拙い演技でございます。」
「なんの、卿がいかに帝国のために奮戦してくれていたのか、よくわかった。感謝するぞ。」
「私一人ではありません。部下もそれぞれ全力を尽くしてくれました。」
「そうであるな。ならば聞こう。その後卿と部下達は、どうなったのだ?」
舞台の幕が下りた後、近くに予約したレストランで、かつての皇帝と寵臣は向かい合っていた。
「あれから、状態のいいボートを整備し帆装した上で「皇太子妃」号と名付けてクック諸島を目指しました。」
「800マイルで2週間だったな。」
「それが立っていられないほどの強い順風を受けまして3日で到着しました。」
「なんと、運が良かったな。」
「陛下のお陰でございます。」
「ははは、卿と部下の行いの良さであろう。」
「クック諸島では船を入手できず、フィジー諸島まで遠征する羽目になりました。」
クック諸島からフィジー諸島まで、更に1000マイルの航海。壊血病にかかるなど、苦難の連続であったが、それを語るつもりはない。
今日は陛下の無聊を慰める日なのだから。
「フィジー諸島に行く途中ニウエという島では現地人の歓迎も受けました。」
「ほう、一戦交えたか?」
「そのつもりでドイツ国旗を掲げると歓迎してくれたのです。イギリスはニウエ島の現地人からも兵を徴募してヨーロッパ戦線に投入したのですが、『ドイツの軍人は強かった』と言って好意を示してくれたのです。」
支配者として高圧的に接するイギリス人に対する反感もあったが、それは言わずともいいだろう。
「それは良かったな。」
「ですが、彼らの好意は強いドイツ軍人に対するものです。壊血病にやられまっとうに歩けそうにないのを見られては、かえって悪印象を与えると考え、『今すぐにイギリス軍との戦場に向かわねばならない。』と嘘をつき、水とバナナを分けてもらって、フィジーへ向かいました。」
「そういうものか。」
「えぇ、戦士としての強さを至上とする、と言うのがわずかな会話から伺えたので、そうやって交戦を避け、水と食料の補給を得るにとどめました。」
「休息を取りたかっただろうに。」
「お察しの通りでございます。ですが、ここで弱い所を見せて軽蔑されたくなったのです。彼らのドイツへの敬意をダメにしたくはありませんでした。」
「卿は、外交官の資質があるな。して、戦場であるフィジーに向かったのだろう。」
「はい、フィジー諸島に上陸し、ノルウェー人のふりをして、船を一隻チャーターするところまでは上手く行ったのですが、そこで私の運は尽きました。怪しんだ現地人に通報され、イギリス軍の捕虜になりました。」
「抵抗はせなんだか。」
したかった。武装はしていたのだ。憲兵や警官ごとき、蹴散らすことは不可能では無かった、と思う。
「その時、ノルウェー人の偽装のままでした。栄えあるドイツ軍人の軍服を着用せず、戦うことは陛下の栄誉を汚すと思い、交戦を断念しました。」
「してもよかったろうに。」
「お断りします。万が一にも死ぬならば、死に装束を選ぶ権利くらいはあると思いますので。」
「軍服こそが死に装束か。」
「それに私は、国際法を遵守して戦ってきました。国際法の定める己が所属を明らかにせずに戦うのは、筋が通りません。」
「意外と固いな、卿は。」
「譲れぬ芯、あのモペリア島で大破しながらも決して倒れなかった「ゼーアドラー」のマストのような、一本の樫のごとき芯が、私にもあります。」
「虐待されなかったか?」
「いえ、特には。特筆すべきことと言えば日本のヤマジ*1なる提督と会談したことでしょうか?」
「ほう、ヤパンの海軍と接触したか。」
*1山路一善少将、この時期は第3特務艦隊司令官として、オーストラリア・ニュージランドの海上護衛に従事
「恐れ入ります。素人の拙い演技でございます。」
「なんの、卿がいかに帝国のために奮戦してくれていたのか、よくわかった。感謝するぞ。」
「私一人ではありません。部下もそれぞれ全力を尽くしてくれました。」
「そうであるな。ならば聞こう。その後卿と部下達は、どうなったのだ?」
舞台の幕が下りた後、近くに予約したレストランで、かつての皇帝と寵臣は向かい合っていた。
「あれから、状態のいいボートを整備し帆装した上で「皇太子妃」号と名付けてクック諸島を目指しました。」
「800マイルで2週間だったな。」
「それが立っていられないほどの強い順風を受けまして3日で到着しました。」
「なんと、運が良かったな。」
「陛下のお陰でございます。」
「ははは、卿と部下の行いの良さであろう。」
「クック諸島では船を入手できず、フィジー諸島まで遠征する羽目になりました。」
クック諸島からフィジー諸島まで、更に1000マイルの航海。壊血病にかかるなど、苦難の連続であったが、それを語るつもりはない。
今日は陛下の無聊を慰める日なのだから。
「フィジー諸島に行く途中ニウエという島では現地人の歓迎も受けました。」
「ほう、一戦交えたか?」
「そのつもりでドイツ国旗を掲げると歓迎してくれたのです。イギリスはニウエ島の現地人からも兵を徴募してヨーロッパ戦線に投入したのですが、『ドイツの軍人は強かった』と言って好意を示してくれたのです。」
支配者として高圧的に接するイギリス人に対する反感もあったが、それは言わずともいいだろう。
「それは良かったな。」
「ですが、彼らの好意は強いドイツ軍人に対するものです。壊血病にやられまっとうに歩けそうにないのを見られては、かえって悪印象を与えると考え、『今すぐにイギリス軍との戦場に向かわねばならない。』と嘘をつき、水とバナナを分けてもらって、フィジーへ向かいました。」
「そういうものか。」
「えぇ、戦士としての強さを至上とする、と言うのがわずかな会話から伺えたので、そうやって交戦を避け、水と食料の補給を得るにとどめました。」
「休息を取りたかっただろうに。」
「お察しの通りでございます。ですが、ここで弱い所を見せて軽蔑されたくなったのです。彼らのドイツへの敬意をダメにしたくはありませんでした。」
「卿は、外交官の資質があるな。して、戦場であるフィジーに向かったのだろう。」
「はい、フィジー諸島に上陸し、ノルウェー人のふりをして、船を一隻チャーターするところまでは上手く行ったのですが、そこで私の運は尽きました。怪しんだ現地人に通報され、イギリス軍の捕虜になりました。」
「抵抗はせなんだか。」
したかった。武装はしていたのだ。憲兵や警官ごとき、蹴散らすことは不可能では無かった、と思う。
「その時、ノルウェー人の偽装のままでした。栄えあるドイツ軍人の軍服を着用せず、戦うことは陛下の栄誉を汚すと思い、交戦を断念しました。」
「してもよかったろうに。」
「お断りします。万が一にも死ぬならば、死に装束を選ぶ権利くらいはあると思いますので。」
「軍服こそが死に装束か。」
「それに私は、国際法を遵守して戦ってきました。国際法の定める己が所属を明らかにせずに戦うのは、筋が通りません。」
「意外と固いな、卿は。」
「譲れぬ芯、あのモペリア島で大破しながらも決して倒れなかった「ゼーアドラー」のマストのような、一本の樫のごとき芯が、私にもあります。」
「虐待されなかったか?」
「いえ、特には。特筆すべきことと言えば日本のヤマジ*1なる提督と会談したことでしょうか?」
「ほう、ヤパンの海軍と接触したか。」
*1山路一善少将、この時期は第3特務艦隊司令官として、オーストラリア・ニュージランドの海上護衛に従事
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