1916年帆装巡洋艦「ゼーアドラー」出撃す

久保 倫

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秘術

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ナレーション 「ゼーアドラー」は北海の中心に到達した。


ルックナー 機雷原は通過したものと判断する。総員、持ち場に戻れ。厨房は配食準備。飲酒を許可する。ラム酒も配給するように。
ロイデマン 死ぬかと思った……。
クリンチ 艦長、恐れ入りますが、手品の種を明かして頂けますか?何故、機雷を通過できたのか?
ルックナー 秘術さ。オレは、若い頃ヒンズー教の高僧から秘術を授かったんだ。
クリンチ この科学万能の時代に秘術などあり得ません。
ルックナー なんだと?いいか、見てろ。


 ルックナー ポケットから指輪を取り出し、クリンチの指にはめる


ルックナー そいつは高いんだ。無くすなよ。
クリンチ はい
ルックナー 無くすなよって、もう無くしてるじゃないか!


 クリンチ 指輪がなくなっていることに気づく


ルックナー 全く、お前には預けられないなぁ。ってことで返してもらうぜ


 ルックナー 指輪がはまっている指を誇示する


観客席 なんだ、余の前でも披露した手品じゃな。楽しませてもらったものよ。


 ルックナー 観客席に一礼し、演技に戻る。

ロイデマン ははは、艦長、手品上手ですな。
ルックナー 高僧なら何もない所にマンゴーの樹を生やしたり、水槽に金魚を一杯にすることができたぞ。
クリンチ 手品はもう結構です。何か考えがあったのでしょう。それを教えて頂きたい。
ルックナー 副長、冗談と言うものを理解してくれ。それが無いと長い航海やってられないぞ。
クリンチ 部下に求めるものを供給することも大切です。ラムを配給するように。総員、艦長が何故機雷原に突入したのか知りたがっています。答えを与えて下さい。
ロイデマン 副長の言う通りです。勝算があって突っ込んだんでしょう。初っ端の機雷を通過できた時も艦長だけ冷静だった。何か勝算があった証拠です。
ルックナー いいだろう。「ゼーアドラー」は元々アメリカの帆走貨物船「パス オブ バルマハ」だったことは知っているな。
クリンチ はい。
ルックナー オレは「ゼーアドラー」への改装に当たり、捕虜を多数収容するため、居住空間を多く確保するようヴィルヘルムハーフェンの工廠に依頼した。
ロイデマン 確かにベッド数は多いですな。確か400床。
ルックナー 他にも船長などの高級船員用のキャビンも設けてもらっている。オレにとって世界の船員は、皆、友人だ。友人には、快適に過ごしてもらいたいからな。
クリンチ それが機雷原の突破に役立つのですか?
ルックナー 今、その部屋は全て空。つまり「ゼーアドラー」は空荷状態で喫水が浅いってこった。
クリンチ それは間違いありませんが……。しかしこの船は曲がりなりにも外洋で運行するよう設計された船です。平底の川船とは違う。加えて鋼製です。いかに空荷状態と言っても機雷を通過し得るでしょうか。
ロイデマン 確か機雷は、1.2mから1.5mの深さの所に敷設する。通過するには、この船の喫水が1.1mでないといけない。
クリンチ そこまで喫水が浅くなりますか?
ルックナー もう一つ。帆船ってのは斜め横から風を受けると傾くんだ。あの時北風だったから西に向かえば横から風を受けることになって傾く。覚えているだろう。
クリンチ ……確かにそうでした。
ルックナー この時、船の喫水は更に浅くなる。舷側が海につかるからな。川船みたいな平底に近くなり、水を押しのける部分が増える。
ロイデマン なるほど、当然浅い喫水で浮力が稼げますな。
クリンチ 単純なアルキメデスの原理だ。
ルックナー そうだ、種を明かせば簡単だろう。
クリンチ そうですな。帆船の挙動は士官教育で学んだはずですが、キレイに忘れていました。
ルックナー オレは、貴官と違う。平水夫からの叩き上げだからな。乗った船も様々だ。帆船が多かった。一番長く乗り続けた船も帆船だった。だから「ゼーアドラー」の艦長に任命されたんだ。士官の中で最も帆船に精通していると言うことで。
ロイデマン 艦長は、伯爵様でしょう?なんで平水夫から叩き上げたんですか?今の手品だってどこで誰から学んだんですか?
ルックナー 誰からってヒンズー教の高僧さ。当人が言っていたから間違いない。
ロイデマン 自称なんか信じられませんよ。
ルックナー 子細は、その内話してやる。それより腹へった。メシにしよう。
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