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ヴァネッサの家を訪れてからの日々、コルテオは無口な生活を送り、淡々と作品を仕上げていった。誰が見ても彼の姿は異様だった。目の下には大きなクマがくっきりと描いたように現れているし、シャワーもせずヒゲも剃っていないため、不潔という概念が息をしていると言っても過言ではなかった。しかし、作品の出来には凄みが増した。コルテオは悪魔に魂を売ったのだと噂する者もいた。ベランジェールはコルテオが仕上げてくる作品を息を呑むように鑑賞し、その覚醒に興奮した。
王国展覧会の結果が二週間後に控えた日のことである。ベランジェールとセバスチャンの予想に反して、コルテオはいつもと同様、モデルとしてヴァネッサを迎え入れた。
「やあヴァネッサ。今日もよく来てくれたね」
微笑んだコルテオに迎えられたヴァネッサは、おもむろに部屋に入った。しかし、コルテオの様子がおかしいことにすぐに気づいた。とてもさみしげであり、普段の明るいコルテオではなかったからである。
「どうしたの、コルテオ? 大丈夫?」
ヴァネッサは純粋に心配して尋ねた。いくらお金のために利用している男とはいえ、その男に元気がないと、どうしたのかと気になるものである。まさかアランとの行為を覗かれたなどと見当もつかないヴァネッサにとって、自分に惚れているはずのコルテオのテンションが低いと、一大事のように思われてくる。
「なんでもないよ。これ、今日のモデル代ね」
コルテオはモデル代の入った封筒をヴァネッサに渡し、絵を描く準備を始めた。ヴァネッサが封筒の中身を確認すると、そこには200フラン入っていた。
「コルテオ。180フランのはずよ。200フランもあるわ」
「いいんだよ。あえて入れておいたんだよ」
「どうして?」
「ん? うーん。いつもお世話になっているからかな」コルテオは顔を横に引き伸ばしたかのような笑顔を作った。
コルテオが無理をしていることは明らかだったので、ヴァネッサは受け取りを拒否した。嫌な予感がした。
「モデル代は180フランなんだから、20フラン返すわ。お金は大切にしときなさいよ」眉間にシワを寄せたヴァネッサは封筒から20フラン数え、コルテオに差し出す。
コルテオはそんなヴァネッサを見ることなく、パレットで色づくりを進めている。
「いらない。衣装を買う足しにでもしてよ」
「……今日、あなた変よ? 今までこんなことなかったじゃない? 何かあったの?」
二人の間に沈黙が流れる。
ヴァネッサはきっぱりと言った。
「……今日はモデル代いらないから。全部返す!」
コルテオはむっとした顔をした。
「おいらのことは気にしないで。さあ、時間がないから、早くしまってよ」
かつてないコルテオの冷めた態度に、ヴァネッサはあせりを覚えた。心の中に居続けていたコルテオがさっと離れていくような気がした。お金のこともアランのことも考えていない彼女がそこにいた。
――コルテオの愛は、いつの間にかヴァネッサの不安な心を支えていたのだった。彼女にとってこの事実はまだ意識の底に沈んでいたが、とっさに導き出した「お金はいらない」という答えは、コルテオの存在の大きさを示していたのであった。
モデルを終えたヴァネッサは、モデル代の入った封筒を受け取った。しかし、彼女はそれをコルテオのアパルトマンのポストへ入れて帰った。直接返せない以上、そうするほかなかった。コルテオは絵を描いている間も終始笑顔がなかった。そんな彼をずっと気にしながら、ヴァネッサは二つの色に染まった帰路についた。
その晩、事件が起きた。
王国展覧会の結果が二週間後に控えた日のことである。ベランジェールとセバスチャンの予想に反して、コルテオはいつもと同様、モデルとしてヴァネッサを迎え入れた。
「やあヴァネッサ。今日もよく来てくれたね」
微笑んだコルテオに迎えられたヴァネッサは、おもむろに部屋に入った。しかし、コルテオの様子がおかしいことにすぐに気づいた。とてもさみしげであり、普段の明るいコルテオではなかったからである。
「どうしたの、コルテオ? 大丈夫?」
ヴァネッサは純粋に心配して尋ねた。いくらお金のために利用している男とはいえ、その男に元気がないと、どうしたのかと気になるものである。まさかアランとの行為を覗かれたなどと見当もつかないヴァネッサにとって、自分に惚れているはずのコルテオのテンションが低いと、一大事のように思われてくる。
「なんでもないよ。これ、今日のモデル代ね」
コルテオはモデル代の入った封筒をヴァネッサに渡し、絵を描く準備を始めた。ヴァネッサが封筒の中身を確認すると、そこには200フラン入っていた。
「コルテオ。180フランのはずよ。200フランもあるわ」
「いいんだよ。あえて入れておいたんだよ」
「どうして?」
「ん? うーん。いつもお世話になっているからかな」コルテオは顔を横に引き伸ばしたかのような笑顔を作った。
コルテオが無理をしていることは明らかだったので、ヴァネッサは受け取りを拒否した。嫌な予感がした。
「モデル代は180フランなんだから、20フラン返すわ。お金は大切にしときなさいよ」眉間にシワを寄せたヴァネッサは封筒から20フラン数え、コルテオに差し出す。
コルテオはそんなヴァネッサを見ることなく、パレットで色づくりを進めている。
「いらない。衣装を買う足しにでもしてよ」
「……今日、あなた変よ? 今までこんなことなかったじゃない? 何かあったの?」
二人の間に沈黙が流れる。
ヴァネッサはきっぱりと言った。
「……今日はモデル代いらないから。全部返す!」
コルテオはむっとした顔をした。
「おいらのことは気にしないで。さあ、時間がないから、早くしまってよ」
かつてないコルテオの冷めた態度に、ヴァネッサはあせりを覚えた。心の中に居続けていたコルテオがさっと離れていくような気がした。お金のこともアランのことも考えていない彼女がそこにいた。
――コルテオの愛は、いつの間にかヴァネッサの不安な心を支えていたのだった。彼女にとってこの事実はまだ意識の底に沈んでいたが、とっさに導き出した「お金はいらない」という答えは、コルテオの存在の大きさを示していたのであった。
モデルを終えたヴァネッサは、モデル代の入った封筒を受け取った。しかし、彼女はそれをコルテオのアパルトマンのポストへ入れて帰った。直接返せない以上、そうするほかなかった。コルテオは絵を描いている間も終始笑顔がなかった。そんな彼をずっと気にしながら、ヴァネッサは二つの色に染まった帰路についた。
その晩、事件が起きた。
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