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街が深い闇に寝静まった夜、セバスチャンはコルテオをヴァネッサの家まで連れて行った。今にも雨を降らしそうな厚い雲が空一面を支配し、星々の光を妨げていた。ヴァネッサの家は長屋の角に位置し、中から薄明かりが漏れていた。二人は長屋の裏手にまわると、背を壁につけるようにして座った。


「まだアランは帰ってきていないようです。しばらくここで待ちましょう」


セバスチャンは隣のコルテオに小声で話しかける。コルテオは死人のような顔をして軽くうなずく。夕方にあったはずの元気はすっかりなくなっていた。けたたましい虫の声があちこちで鳴り響いており、夏夜の湿った風が二人の間をぬるっと過ぎた。


「ここがほんとに……ヴァネッサの家なんですか?」


緊張したコルテオは辺りをきょろきょろしつつ、長屋の古さに目を凝らした。自分の前であんなに華やかな姿を見せてくれるヴァネッサが、こんなにぼろぼろの長屋に住んでいるとは思わなかった。コルテオは剥がれかけた壁の木片に触れながら、胸が締め付けられ、ヴァネッサのことをより愛おしく感じたのだった。


「そうです。ヴァネッサは生活を切り詰めて、アランと家を建てる約束をしているようです。この長屋は言わば仮住まい。冬は辛いでしょうね、隙間風も入るでしょうから」


セバスチャンは前方に見える草むらをぼうっと見つめながら、コルテオに気遣うように答え、続けて言った。


「ここまで来ておいていまさらですが……帰ってもよいのですよ。辛い確認をすることになります。今後ヴァネッサを遠ざけ、関係を絶てばそれでかまいません」


コルテオはうつろな目をしていた。

しばらく言葉が途切れた。



……。



「ありがとうございます、セバスチャン様。でも……やっぱり知りたい。おいらは頭がよくないから、きっと聞かされるだけでは納得できないと思うので……」


そう言うとコルテオは立ち上がり、尻込みする気持ちを抱きつつも窓を覗いた。夏の暑さをしのぐため、窓は少し空いているようだった。中ではヴァネッサが編み物をしていた。彼女の愛らしい手が――コルテオは何度も夢の中でキスをした――なまめかしく動いている。慣れた手つきではないが、ろうそく明かりで懸命に針と糸を操る彼女の姿が、コルテオには神々しく見えた。


「好きな人に裏切られるのは……辛いことです。思っているよりもずっと尾を引くと思います。今ここを離れて、あなたのほうから彼女を遠ざければ、あなたの意思で別れたことになります」セバスチャンは説得を続けた。


「おいらの中にいるヴァネッサはずっと輝いています。それをもし破れるとしたら、現実しかありません。怖くてもおいらは受け止める必要があります。男として……」


「決して生き急いではいけませんよ。あなたは画家としてきっと成功します。べランジェール様が見込んだ方だからです。これからどんなことが起きても、これだけは忘れないでください」


長屋の周囲の虫はいつの間にかいなくなり、静けさを増していた。セバスチャンとコルテオが待機し始めて一時間ほど経った頃、べろべろに酔ったアランが帰ってきた。
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