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「今月から180フランだって!? 先月は何も言ってなかったじゃないか!」


王国展覧会への応募が終わり、新しい作品の構成に取り掛かっていたコルテオは驚きのあまり声をあげた。ヴァネッサがモデル料の引き上げを要求したからである。

ヴァネッサは澄まし顔で扇をあおいだが、その動作はぎこちないものだった。コルテオに恨みはないものの、アランと一緒にいるためには指示通り動く必要がある。この日、部屋に充満する油絵具の匂いはいつにも増して彼女の鼻を刺激した。


「そろそろ衣装を新しくしなくちゃいけないのよ。これからもモデルとしての活動の幅を広げるためには種類も必要だし、貧相な服を着るわけにもいかないしね。申し訳ないんだけど、わかってちょうだい」


コルテオは眉間にシワを寄せて、両手で頭を激しくかいた。ベランジェールから月に200フランもらっているので、180フランを支払うことは可能である。しかしそれを払ってしまうと、今月の自分の生活はどうなる? 20フランではアパルトマンの賃料にも足りない。


「ねえヴァネッサ……120フランでどうにかならないかな? 足りないかい?」


コルテオはヴァネッサの機嫌を損ねたくないので、最大限の譲歩をした。ヴァネッサにできることはすべてしてあげたいというのが本音だった。しかし、彼女の要求が自分の限界を超えたとき、何を差し置いてもそれを実現させるべきなのか、青年コルテオには判断がつかなかった。自分が売れっ子画家であればお金の心配なんてさせないのに、という歯がゆさもあった。


「……足りないわ。180フラン出せないなら、今日も帰るし、来月もモデルはできないから」


アランに刷り込まれた台本を棒読みするかのように、ヴァネッサは乾いた返事をした。喉から言葉がすり抜けたようにも感じた。言葉の後ろ髪は彼女の手のひらにあったはずだが、それをつかむことはできず、ただその陰気な残り香をかぐだけだった。

ヴァネッサの扇の動きが止まった。彼女はぶるっと震えた。もし120フランで妥協して帰ったら、アランにどんな暴力を振るわれるか想像した。仮に……コルテオに断られたとしても、自分は言われた通り要求したのだから、そのほうが許してもらえるだろう。そんな計算もあるにはあった。しかしこの時の彼女の心は、宙ぶらりんに近かった。苦悩に満ちたコルテオの顔が、彼女の瞳を通じて琴線に触れるようだった。

一方、コルテオは追い詰められた。ただでさえ自信がないのに、ここでモデル代も満足に払えないとなったら、男としての威厳が保てない。絵が認められていない彼にとって、彼女と対等な精神状態でいられるのは、報酬をしっかり払っているからだった。支払う側の優位性があって初めて、彼は彼女に好きだと伝えられるのであった。


「わ、わかった! 決めた! 180フラン払うよ!」コルテオはおどおどした声で宣言した。


「えっ!?」


要求したヴァネッサのほうが、コルテオの返事にぎょっとした。月の収入の九割を好きな女に渡す男。この意味を考えると、怖くなった――以前から続けてきたにもかかわらず。

ヴァネッサは追いかける恋愛しかしてこなかった。誰かに好かれるよりも、誰かを好きになるほうが幸せだった。しかし今目の前に、身を破滅させてまで尽くそうとしてくる相手がいる。そんなコルテオに対し、彼女は愛の片鱗を抱き始めた。彼女の心の中で、コルテオの存在は大きくなりつつあった。


「ありがとう、コルテオ。安くはない金額なのに、わたしのためを思って決断してくれたのね。あなたって本当に男らしくて、頼りになるわ。これからもずっと一緒にいましょうね」


そう言ってヴァネッサは、自らコルテオに抱きついた。出会って以来、初めてのことだった。彼女の背後には、自身すら気づかないほどの後ろめたさが横たわっていた。
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