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ベランジェール伯爵夫人は、青年画家コルテオの作品を注意深く鑑賞していた。最近の彼は創作ペースが落ち込んでいる。やっと完成したかと思えばすべて女の肖像画。モデルは、ある一人の若い女性。小麦色の肌が健康的な美しさを醸し出している点は評価に値するし、絵全体に申し分のない才能が発揮されているのも確かだ。しかし、コルテオのさらなる成長を考えると、今後の創作にどのような見通しを立てているのか気になった。

ベランジェールは貴族の社交界でも芸術狂いとして知られており、特に絵画を愛していた。伯爵領の首都には自らの名を冠したベランジェール美術館があり、国でも有数の作品数を誇っている。ベランジェールとコルテオの出会いは三年前である。コルテオが河原で絵を描いているところをベランジェールが偶然見かけ、その才能に気づいた。それ以来、パトロンとして彼に生活費を与えて支援してきたのだった。



雪が解け、子どもたちが元気いっぱいに外で遊ぶようになったある日、執事セバスチャンがベランジェールの書斎に訪れた。セバスチャンもまた絵画に精通しており、自身が仕えるベランジェールの指示で、いつもスケッチブックを持ち歩いている。芸術作品になりうるアイデアが浮かんだり、事件に遭遇したりすれば、すぐさまスケッチする。そのスケッチはベランジェール庇護下の画家に配られ、時に制作依頼へ発展するのだった。

この日、セバスチャンはベランジェールに報告することがあった。


「奥様。コルテオは一年ほど前からヴァネッサという女性と交際しております。これまでに提出された肖像画のモデルとなっている女性で、歳はコルテオと同じく二十代前半と思われます」


ベランジェールは自身が支援している画家たちの作品をチェックしながら耳を傾けた。手袋をつけた使用人たちが続々と絵画作品を運び、彼女の前に並べる。直近で完成した作品たちが集まっていた。


「まあ交際しているのは若いからかまわないんだけど、創作に支障が出るような付き合いはダメよ? 芸術の敵は私の敵。コルテオに伝えてくれた?」ベランジェールは作業の手を止め、鋭い目つきをした。


「はい、何度も伝えております。しかし、特に最近は危うい状況になりつつあります」


「危うい状況って何よ。毎月支援金を渡してるでしょ? 病気でもしてるの?」


「いえ、コルテオは健康です。問題があるのは、ヴァネッサという女性のほうです。コルテオは真剣な気持ちで付き合っているのですが、ヴァネッサは彼のことを金づるのように見ているようです。奥様からの生活費は今やほとんど彼女のお金になっているようで、コルテオは食べるのもままならないほど貧窮しています」


「まったく……芸の肥やしになるのかしら……。数年前、コルテオは心が温かくなるような風景画をいっぱい描いてたじゃない? そのとき一緒にいた彼女はどうなったの?」


「ナタリーのことですね。幼少期からの付き合いだったそうですが、彼女は流行り病にかかってしまい、昨年亡くなりました。彼女はコルテオの創作意欲の源でした。彼女が亡くなったときに彼は絵が描けなくなるほど落ち込みましたが、絵画モデルになったヴァネッサに誘惑され、ついに骨抜きにされたと見ています」


「そうそう、思い出した、ナタリーね。あの奇妙な噂があったバーナード伯爵領から連れてきたと言っていたわね。気の毒に……」


「奥様。どのように対処しましょう?」


「しかたないわねえ。ヴァネッサっていう女と別れさせなさい。……お金のことは不問にしておくわ。私が何も知らなかったというかたちにして、コルテオの軌道修正をするのよ。芸術家の卵をヒナにするのが私の生きがいなんだから」


セバスチャンは言いにくそうな表情を浮かべた。


「その……コルテオには何度もヴァネッサと別れるよう説得しました。しかし、彼はかたくなに拒んでおります……。将来画家として独り立ちしたらヴァネッサと結婚するのだと申しております……」


「ええ!? わからずやな子ね……。いいわ。私が直接会ってコルテオと話します。いつものお店に呼びなさい」


”いつものお店”とは、伯爵領の首都の中でも随一の高級レストランであり、貴人御用達の名店だった。ベランジェールはコルテオがお腹を空かせているのではないかと想像し、ひとまず美味しい料理を食べさせたいと考えた。貧しい生活をしていては心まで貧しくなる。そうなると芸術どころではない。ベランジェールの判断基準は常に、芸術のためになるかならないか、であった。

こうしてコルテオは呼び出されることになり、パトロンであるベランジェールと緊張の対面をした。
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