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05 倉敷さん1(宅配便の人/45歳)
しおりを挟む宅配便の仕事というのは、結構重労働だったりする。
しかし、届けた先で感謝されることはそう多くはない。むしろ、少しでも希望時間を過ぎたり、何度もチャイムを押しても気付かれずに後回しにしたりすると、高確率で苦情を言われたりするストレスの多い仕事だ。
某宅配便で働く倉敷45歳には最近、そのストレスを癒してくれる、最高の出会いがあった。
同性ではあるが、倉敷は独身で相手も独身だ。浮気や不倫にはならないし、合意の上での行為であるため犯罪にもならない。
彼とは恋人同士ではないが、所謂セフレ、セックスフレンドという関係だった。そういう関係になったのは一年ほど前、あれは寒い冬の日だった。
彼の勤める工場への配達を担当することになり、何度か工場へ荷物を届けに行っていた。
数回目の配達をした日の帰り道、倉敷はとてつもなく疲れていた。同じ事業所の別の者が不在票を入れたのだが、その者が急遽帰宅することになり、たまたま空いていた自分が再配達をした時のことだった。
荷物を届けるためチャイムを押して住人が出て来るのを待っていたのだが、家には明かりがついているしエアコンも動いている。きっと気づかないのだろうと思い、数分ほど待っていた。
すると住人と思われる高齢の女性が現れ、物凄い形相で怒っていたのだ。ずっと家にいたのに不在にされたと怒っていたが、とりあえず謝罪して荷物を渡した。
補聴器をしているのが見えたので、もしかするとその時ちょうど補聴器を外していて、チャイムの音が聞こえなかったのかもしれない。
あまりにも激怒しているので何度か謝り、次からは気を付けると言ったのだが、女性は言葉を聞かずに起こり続けていた。その時に言われた言葉があまりにも酷く、罵詈雑言の連続だった。
今まで何度かそういう経験はあったが、あれほどの言葉は聞いたことがなかった。
お互いに非があるとは思えず、それでも何度か謝罪して頭を下げたというのに、女性は荷物を奪うように受け取ると、こちらをギロリと睨みつけて扉を思い切り閉めてしまった。
宅配員というのは本当にストレスの溜まる仕事だとしみじみ思い、ふらふらと事業所へ帰ったのだ。
心身ともに疲れ果て、雪の降る暗い夜道をトボトボと歩いて家に帰っている時、よく行くコンビニの前に来た。ビールとつまみでも買って帰るかと立ち止まり中に入った。
適当に選んでレジに並び、帰ろうかと思ったのだが、真っ暗な部屋に帰るのが寂しくなり、近くの公園のブランコに座ってビールを一気に飲んだ。とても虚しい気持ちだった。
誰かに慰めてもらいたくて、だが、誰もいない。ブランコに座ったまま俯き、溜め息を吐いた。
すると、一人の男が声を掛けてきたのだ。
「あのー、大丈夫ですか?」
「えっ?」
突然頭上から聞こえてきた声に驚き、倉敷は顔を上げた。
すると見知らぬ男が白い気を吐きながら、自分を上から見下ろしていたのだ。
倉敷は自分が不審者かと思われたのかと焦り、すぐに返事をした。
「いやいやっ、俺は不審者じゃないっ!ちょっと疲れて、…ここで、ビール飲んでただけだ」
「疲れて?」
男は倉敷の焦った顔と言葉にクスッと笑い、話しかけてきた。
「不審者だなんて思ってないですよ。寒いのにブランコに座って俯いてたから、具合でも悪いのかと思って声をかけたんです」
「そうだったのか、…そうか」
「やけに疲れてるみたいですね」
「…ちょっと、な」
すると男は倉敷の正面に来てしゃがみ込み、ブランコに座ったまま暗い顔をしている倉敷を見上げた。
ドキッ
何故だか男の笑顔に胸が高鳴り、倉敷は言葉を詰まらせた。そんな倉敷を見て、男は優しい笑顔で口を開いた。
「早く帰らないと家族が心配しているのでは?」
「…あー、俺は独身だし、家族はいない。帰ってもどうせ一人だから、誰も心配しねぇよ」
「そうなんですか。じゃあ俺と同じですね。俺も独身でアパートに一人で住んでます。ははっ、これも何かの縁ですし、僕も一緒にビールでも飲もうかな。いいです?」
男の提案に、倉敷は少し困惑したように男を見た。
今出会ったばかりの人間と、こんな真っ暗な公園でビールを飲むというのだ。どちらが不審者か、わかったもんじゃあない。
倉敷は確認のため、男に尋ねてみる。
「んん?本気かあ?」
「本気ですよ、どうせ暇ですし。…あ、明日も仕事ですか?それなら呼び止めるのは…迷惑になりますね」
男は笑いながら頭を下げた。倉敷は心配してせっかく声をかけてくれた男に対して申し訳なく思い、男の提案を受け入れることにした。
見上げたままの男と視線を合わせ、倉敷が少し笑いながら言う。
「明日は休みだ。久しぶりの日曜休みだ。…まあ、そうだな、じゃあ俺んとこで飲むか?アンタが泥棒やら詐欺師とかでも、別に盗まれて困るようなモンもないしな」
「俺は泥棒でも詐欺師でもないですよ、この近くの工場で働いてますし」
「そうなのか?何処だ?もしかすると俺の担当地区かもしれないな」
「配達員さんでしたか。工場はこの先にあるー…」
倉敷は男と話をしながらコンビニへ行き、適当にビール数本とつまみを買った。
歩きながら男が勤めているという工場の名前を聞き、自分が最近担当になったのを思い出して意気投合した。配達便の事業名を言うと、男は嬉しそうに笑っていた。
倉敷の住むアパートに着き、二人で部屋に入るとすぐに酒盛りが始まった。
意外と話は盛り上がり、出会ったばかりだというのに、倉敷は男に今日あった出来事を話した。ただの愚痴だというのに、男は笑いながら慰めや励ましの言葉をかけてくれた。
男の笑顔を見る度に何故か心臓が脈打ち、倉敷の顔は赤くなっていた。
そこで倉敷はハッとしたように男に聞いた。
「アンタ、名前何ていうんだ?俺は倉敷だ」
「そういえばまだ自己紹介もしてなかったですね、はははっ。俺は結城と言います。今度工場に来た時に俺の顔を見たら、是非声を掛けてくださいね」
「ああ、そうするよ」
男の名前は結城久弥。工場で労働している37歳ということだ。
自分よりも年下の男に愚痴を聞かせ、挙句の果てには慰めて貰っているという事実に、倉敷は少し恥ずかしくなった。
それを伝えると、結城は笑っていた。
ドキッ
出会ってまだ数時間だというのに、倉敷は結城の笑顔を見る度に心臓がドキドキしていた。
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