1 / 2
大悪魔、目覚める時
しおりを挟む或る村に双子の姉妹が居ました。
美しい金髪の姉は生まれながら魔の力を有していました。将来は心優しき魔女となり、虐げられる民を救うのだと信じられていました。
烏羽色の髪の妹は特別な力を何も持っていませんでした。まるで姉に全ての魔の力を奪われたかのように。
けれど、妹はただの村娘にも属せません。
妹の黒髪には、一束だけ鮮血のように紅い髪が混ざっていたのです。
父親は言いました。これは悪魔の印ではないのか。
母親は言いました。お前は悪魔の子ではないのか。
両親は言いました。お前は災厄を喚ぶ悪魔なのだ。外に出てはならぬ。
そうして、妹は屋敷に閉じ込められていました。
姉は愛を一身に受けて、とても麗しく育ちました。
妹は愛の一切を受けず、しかし麗しく育ちました。
姉は妹を蔑んでいました。嗚呼、可哀想な悪魔の子。優しき風も知らぬ。
姉は妹を虐げていました。嗚呼、可哀想な悪魔の子。力強き魔も扱えぬ。
妹は星に願います。
わたしが悪魔の子だと言うのなら、この身を悪魔に変えてください。
そうでなければ、わたしの生は何のために虐げられたのでしょう。
その声が星に届くことはありませんでした。
やがて双子が十五を過ぎる頃。
黒鎧に身を固めた騎士が村を訪れます。
国の紋章を胸に光らせ、騎士は村長に命じます。
国の魔女を継ぐべき娘を出せ。隠すのならば村を焼き払わねばならぬ。
その国は魔女によって魔女から護られていました。
代々、魔の力を持って生まれてきた娘を集わせ、後継ぎとなる魔女を生み出す儀式が行われていました。
国の魔女を継ぐことは、他の何よりも名誉なことでした。
だからこそ、魔の力を持って生まれた姉は大切に育てられたのです。
騎士は言いました。国の魔女様の御告げでは、この村に候補が居るのだ。
父親は言いました。我が娘こそ、国の魔女様に相応しいでしょう。
母親は言いました。我が娘こそ、国の魔女様の御告げの娘でしょう。
そうして、両親は騎士に姉を会わせます。
騎士は言いました。では、この娘を借りよう。魔女様に見定めていただく。
姉は応えました。必ずや、魔女様の御力を受け継いでみせましょう。
そうして、姉は騎士とともに村を去ります。
去り際に騎士は村長に尋ねます。他に候補となる娘は居ないのだな。
村長は答えます。はい、他に魔の力を有する娘は居りません。
騎士はそのまま去りました。心躍らせる姉を連れて。
その様子を屋敷から眺めていた妹は呟きます。
魔女様、どうか、どうか、わたしの姉を選ばないでください。
そうでなければ、わたしの虐げられた生が救われることは有りません。
その声は確かに騎士の耳に届いていました。
姉が村を離れてから数日が経った頃。
黒鎧に身を固めた騎士が村を訪れます。
血に濡れた金色の髪束をその手に携えて。
父親は尋ねます。嗚呼、騎士様、もしやこれは、我が娘の。
騎士は答えます。お前の娘は魔女様の御力に耐えられなかった。
母親は尋ねます。嗚呼、騎士様、我が娘は生きているのですか。
騎士は答えます。お前の娘は魔女様の御力で四方に散った。治すことも敵わぬ程に。
両親は悲しみに泣き叫びます。
けれど騎士は慈悲も無く、村長に告げました。
魔女様の仰せだ。国の魔女を継ぐべき娘を隠した村は焼き払え、と。
村長は抗います。しかし、他に魔の力を有する娘は居りませぬ。
騎士は答えます。それは、焼き払えば判ること。
そうして、騎士はその剣から炎を巻き起こします。村は瞬く間に炎に包まれました。
その様子を屋敷から眺めていた妹は呟きます。
炎よ、思うままに燃え盛りなさい。わたしを否定した全てを飲み込むのです。
炎よ、意のままに燃え盛りなさい。わたしを肯定する全てを炙り出すのです。
もしも、わたしを肯定するものが有るのなら。
炎は逃げ惑う村人を焼き尽くします。誰一人として遺さずに。
妹は笑います。そうでしょう、炎よ。わたしを肯定する者など有りはしない。
けれど炎は森を焼きません。家を焼きません。まるで妹の声に従うように、村人だけを焼き尽くします。
妹は尋ねます。何故でしょう、炎よ。彼らはわたしを肯定する物だと言うのですか。
そうして、炎はその身を煙に変え、風に流れていきました。
後には住民を失った村と、妹と、騎士が残りました。
騎士が屋敷を訪れます。
妹は言いました。貴方は何故あの炎に焼かれなかったのですか。
騎士は跪きました。貴女を肯定する者だからです、魔女を継ぐべき者よ。
さあ、参りましょう。魔女様のもとへ。
妹は拒みました。姉が継げなかった御力をわたしが受け容れられるはずがありません。
騎士は言いました。その虐げられた生の意義を知りたくありませんか。
世界には貴女を肯定する者が居ます。たとえ、災厄を喚ぶ悪魔の子だとしても。
妹は拒みました。わたしを肯定する者など居りません。
騎士は言いました。貴女を肯定する者は居ります。炎がそう証しています。
妹は尋ねました。貴方は何故わたしを否定しないのですか。
騎士は尋ねました。貴女は何故貴女を否定するのですか。貴女は何故私を否定するのですか。
騎士は妹に手を差し出しました。この命は、この剣は、貴女と共に。
妹は騎士の手を取りました。恐る恐る、外の世界へ踏み出しました。
それは、悪魔の子がそうではない何かに成る瞬間でした。
さあ、参りましょう。貴女が居るべき場所へ。
国の魔女は焦っていました。その身が朽ちる時が迫っていたのです。
時に抗えるのは真に力有る魔女のみ。けれど、これまで国の魔女が時の呪縛に打ち勝つことはできませんでした。だからこそ、魔女を受け継ぐ儀式が執り行われてきたのです。
国の魔女は叫びます。生贄は未だ見つからぬか。
近衛は答えます。あの怪しげな騎士が村から娘を連れて来るようです。
国の魔女は尋ねます。あのような辺境に我が器が居るものか。
近衛は肯きます。あのような騎士が貴き器を捜し出せるはずがありません。
国の魔女は言いました。器だけでなく、美しい娘でなければならぬ。
魔女を受け継ぐとは、力のみを受け継ぐのではありません。自らを新たな器として国の魔女に差し出すのです。
その身も、心も、全てが消えるのです。国の魔女が顕現するために。
国の魔女が全てを奪うのです。自らの力と美を保つために。
やがて騎士が姿を見せます。その横に若い娘を連れて。
国の魔女は喜びます。なんと美しい娘か。
近衛は肯きます。このように美しい娘ならば、器に相応しい。
騎士は促します。さあ、早く儀式を。
近衛は肯きます。さあ、早く儀式を。
国の魔女は命じます。さあ、早く儀式を。
そうして、儀式が執り行われます。
国の魔女が若い娘の手を取ります。その全てを奪い取るために。
国の魔女は笑います。光栄に思え、娘よ。我が礎となることに。
若い娘は笑います。光栄に思え、魔女よ。我が糧となることに。
国の魔女が驚いて手を離した時には、全てが終わっていました。
国の魔女は叫びました。何故だ。何故、我が力のみが奪われたのだ。
若い娘の身体を奪い取ったはずの魔女は、有るべき力だけ奪い取られていました。
時に抗うことも敵わず、国の魔女はみるみるうちに老いていきます。
若い娘は言いました。これが魔の力なのですね、騎士様。
騎士は尋ねました。それで魔の力は思い出せますか、大悪魔様。
若い娘は答えました。いいえ、何も。本当にわたしは悪魔なのでしょうか。
騎士は答えました。はい、貴女こそ、魔を統べる大悪魔なのです。
その一筋の紅髪こそがその証。その莫大な器こそがその力。
若い娘は笑います。ああ、少しだけ、思い出しました。
若い娘の手から火炎が迸ります。火炎は蛇のように、魔女の亡骸と近衛を呑み込みました。泣き叫ぶ声が響き渡りました。
若い娘は笑います。わたしを否定する者は全て、焼き尽くすのでしたね。
そこにはもう、虐げられた村娘の面影は有りませんでした。
魔女の庇護を失った国は忽ち滅びました。
主を失った国では不穏な噂が流れます。
曰く、魔女を狩る悪魔によって国の魔女が殺されたのだ、と。
曰く、魔女を狩る悪魔が凡ゆる国の魔女を殺しに行くのだ、と。
大悪魔は尋ねます。次はどちらへ向かうのですか。
騎士は言いました。貴方を目覚めさせるため、魔女を捜さねばなりません。
大悪魔は尋ねます。目覚めたら、わたしはどうなるのですか。
騎士は言いました。貴女を否定する全てを焼き尽くすことができましょう。
大悪魔は笑いました。それは、愉しそうですね。
そうして、魔女を狩る悪魔は獲物を捜します。
その身を悪魔に変え、自らの生を肯定するために。
†
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう
まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥
*****
僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。
僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?
真理亜
恋愛
「アリン! 貴様! サーシャを階段から突き落としたと言うのは本当か!?」王太子である婚約者のカインからそう詰問された公爵令嬢のアリンは「えぇ、死ねばいいのにと思ってやりました。それが何か?」とサラッと答えた。その答えにカインは呆然とするが、やがてカインの取り巻き連中の婚約者達も揃ってサーシャを糾弾し始めたことにより、サーシャの本性が暴かれるのだった。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる