どん底の先は地獄でした

ふたつぎ

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「アレクサンドラ=フォーシャミン!この悪女めが!!貴様との婚約はここで破棄する!!」

大講堂に響く声に、厳かな空気は霧散した。

本日はシクラムノ王立学院の卒業式。この王立学院は貴族の子女及び、優れた才を持つ平民が通う王国屈指の教育機関である。

その卒業式で答辞を述べた第三王子が降壇せずにその場にとどまり、あろうことか主席卒業生である正三位貴族家令嬢の婚約者に絶縁を突き付けたのだった。

静かに着席していたアレクサンドラは真っ青な顔で目を見開き口元を手で押さえている。
周囲の学生たちは驚きながら周囲の者と囁きあい、参列している父兄たちからは不快感と不安感の入り混じったどよめきで騒めく。

「お、お待ちください・・・なぜ、なぜですか?わたくしが何をしたとおっしゃ」「黙れ!!」
フラリと立って震える声を絞り出すように問いかけるアレクサンドラを第三王子が一喝する。

「貴様は身分を笠に着てそこにいるララ=シームを虐げていただろう?彼女は孤児だが、その豊富な魔力量と操作技術の高さで将来を見込まれてこの学院に通ったのだぞ!」

着席していた第三王子の学友たちも立ち上がり、王子に追従してアレクサンドラを非難した。
口々にアレクサンドラを詰る王子たち。

名を挙げられたララ=シームは着席したままうつむいて震えている。
それに気づいた王子は降壇してララの元まで足早に赴き、膝をついてうつむくララに視線を合わせるように覗き込む。
そしてララの震える小さな手を両手でそっと包み込み、アレクサンドラに向けたものとは全く違う甘く優しい声で大丈夫だよと話しかけた。

それを受けて何かを言おうとララが口を開いたとき、重厚な声が静かに響いた。

「そこまでだ」

けっして大きな声ではなかった。
だが聞く者に従わざるを得ないと思わせる声の持ち主は、この国の唯一絶対の存在。
その一言で静寂をもたらした王は大講堂の2階最前列中央の特別席からゆっくりと立ち上がり階下の者たちに姿を見せた。

会場にいた者たちは全員椅子から立ち上がり膝を折って頭を下げる。

「楽にせよ ―― 皆の者、このめでたき日に愚息が騒がせてすまないな」

「父上!聞いてください!これには」
弁明しようとする第三王子だが、王の黙れの一言でおとなしくなった。

「アレクサンドラ・・・レキシーや、つらい思いをさせてすまんなぁ」

王子にかけた厳しい声とは違い慈しむように労う王に、瞳を潤ませながら微笑んでアレクサンドラはゆっくりと頭を下げた。

「父上!!」
再び王子が非難の声を上げるが一顧だにすることもなく王は続ける。

「先ほども申したがこのような騒ぎになってしまい残念だ。しかし聞いてほしい。此度の一件には裏がある・・・禁術が使われている、という、な」

ざわり
傾聴していた列席者たちが再び浮足立った。

「禁術について申し開きのある者はおるか?」

そう問いかける王に答える者はいない。だが王はただ一人だけを見据えており、その視線に気付いた者が一人二人と増えていくにつれざわめきも大きくなっていく。

しばらくして、王を直視するなど恐れ多いとひたすら下を向いていた少女は肌を刺すような視線にやっと気付く。
恐る恐ると顔を上げて周囲を伺えば会場中から憎悪の目を向けられており、あまりの恐怖に床に座り込んでしまった。

「のう、ララ=シームよ?もう一度聞くが、禁術について何か言うことはないか?」

「あ・・・あ、の・・・・・・・・わ、わたし、は・・・」
何か言わねば。ララ=シームにもそれはわかっているが体じゅうが震えて声もまともに発せない。
少しの間、王はララの言葉を待ったが何も話せぬ少女にため息をつき、階下に控えさせていた魔法局局長に声をかける。

「メズラー局長、頼む」

王の言葉を受けて、魔法局局長のメズラーは一度王に了承の意を込めて礼をしたあと、第三王子に向き直り深い青色の鉱石でできたワンドを構えた。
何事かと後ずさる王子を庇うように、アレクサンドラを非難していた王子の学友たちが前に出る。
それを見て、メズラーはふっと笑った。

「惚けていても忠心は残っているのだな?良いことだ。それに、君たちがまとまっていてくれるほうが手間が省けて助かるよ」

そう言うとワンドで空中に文字を書きだすと、その文字が光りながら渦巻き陣を形作っていく。
十一角形の魔法陣が完成したところでひときわ大きく輝き、メズラーがワンドを振るとそれに合わせて動き出す。そのまま王子たちの頭上に移動すると、メズラーの「アルヴォク」という言葉に反応し青い光を降らせた。
その光の粒が王子たちに吸い込まれたかと思えば、彼らの胸元、心臓の辺りから青と赤の光がねじれ合いながら飛び出してそのまま一直線にララ=シームに向かい彼女の胸元と繋がった。

ララ=シームは叫ぶ。
「い、いやっ!何これ!!」
叫びながら必死で払おうとするが、揺らめくだけで光は消えない。

そんなララを横目に見ながら、メズラーは階上にいる王にお辞儀をして“御覧の通りです”とだけ言った。

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