群青の緋

竜田彦十郎

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或いは夢のようなはじまり

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「…ふん、こんなもんだろ」

 肩で息をしながらも、直樹は努めてクールに言い放った。
 予断を許さぬ展開は神経を削るものでこそあったが、終わってみれば呆気ないものかもしれない。
 勿論まだ終わってなどいないが、鵺の尾と対峙した時間は10秒にも満たないものであり、鵺の本体が回復できるほどの余裕はない筈だ。

 …筈だった、が。

「――っ!?」

 香月の息を呑む雰囲気に、そうではない現実に気付かされる。

 直樹の背後に、鵺が覆い被さるように立ち上がっていた。

 四肢を喪った状態の鵺が立ち上がるなど幽霊絵図そのものだが、霊的な存在である鵺であり、そこに疑問を抱いてしまうようでは思考に柔軟性が欠けているというものである。
 問題は香月が予見できていなかった状況であり、明らかに直樹は後手に回ってしまっていたという事だ。

(いかん。これアウトだ…)

 人を食ったような笑顔の猿ではなく、太い牙を剥いた虎でもなく、イヌ科である狸というよりはネコ科に近い顔をした鵺がこれでもかとばかりに大きく口を開いていた。
 だが、その顎が直樹に襲い掛かる事はなかった。

――散れよ、花!!

 最期を迎えたのは鵺の方だった。
 その首筋に銀色の閃きが奔ったかと思うと、次の瞬間には鵺の頭部が胴体から滑り落ちていた。
 ひと呼吸おいて胴体も頭部を追うように力なく崩れ落ち、そこで初めて直樹は危機が去った事を実感した。

「ふむ。まずまずのタイミングだったな」

 そこに立っていたのは銀髪の男、玲怏だった。
 飛び込んできた勢いのままに長い髪を揺らめかせ、何も持っていない右手を大きく払った。

(手刀で?)

 目に焼き付いた銀色の閃きは武器によるものだと思ったが、どうやら髪の方だったらしい。
 どちらにせよ直樹の目で捉えきれなかったという事は、それだけの技量差があるのだという事の証明だ。
 そこに少なからず悔しさも感じてしまうが、自身と――なによりも香月の身の安全が保たれた事を素直に喜ぼうと直樹は思った。

「ナイスファイトだったわね」

 玲怏が居るのであれば、当然のように黒髪の少女もそこに居る。
 ゆったりとした歩みで姿を現し、控え目ながら拍手を送ってきた。
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