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或いは夢のようなはじまり
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「なにあれ、凄いじゃないの」
第一体育室脇の準備室の小窓から覗き込んでいた香月は、小さく呟いた。
その視線の先には、短い木刀のみで猛獣のような化物と渡り合っている直樹の姿。
「……え?」
自身の発した言葉と直樹の姿に、香月はぎょっとしてしゃがみこんだ。
(……? ……??)
座り込んだまま自身の顔を撫で回し、次いで首周りをぺちぺちと叩いてきちんと繋がっている事を確認してしまう。
「違う! 私の首じゃなくて……!!」
がばと立ち上がり、再度小窓から体育館内を覗き見る。
『――いいね!』
叫ぶ直樹の姿が見えた。
良かった。首はちゃんと繋がっている。
(良かった? 繋がっている?)
自身の脳裏に浮かんだ考えを、追い掛けるように咀嚼する。
(…知ってる。思い出した!)
直樹がどのように戦っていたのかを。
その結果、自分の目の前で絶命した事も。
何がどうなっているのか、時間が巻き戻っている。
『まだまだあっ!!!』
直樹が吼えた。
その瞬間は、確実に近付いてきている。
これは夢ではあるまいかとも思ったが、夢なら夢で構わない。
(夢の中でまで、直樹を何度も殺させてたまるもんですか!)
むしろ、最悪な結末を迎えていたアレこそが夢だったのだと思う事にした。
香月は準備室を飛び出すと、直樹目指して駆け出した。
「直樹ーーっ!! 尻尾っ! 尻尾が生きてるっ!!」
叫び、手近にあった瓦礫を手にした。
鵺の尾が狙う場所は分かっている。
直樹が尾の存在に気付いてくれないようであれば、自らの手で護るだけだと香月は鼻息を荒くする。
「尻尾……?」
防音設備の整った準備室から出てきた香月の声は、第一体育室に響き渡った。
【……ふん】
先に状況を理解したのは鵺だった。
直樹に決定的な隙が生じる瞬間を窺っていたのだが、外野に見破られるとは計算外だった。
分体である尾を直樹の首に向けて一気に引き戻すも、鵺の目論見は既に瓦解している。
大きく開かれた蛇の顎から伸びたのは太い円錐状の穂先と化した舌であり、香月の記憶ではその攻撃によって直樹は無惨な最期を遂げていた。
しかし、その攻撃は霊力で強化された木刀の柄を貫く事はできなかった。
(サンキュー、香月!)
後手に回ってしまったとはいえ、状況を理解し対処するだけの余裕が直樹にはあった。
「この程度で――殺れると思うなっ!!」
一本の槍となった鵺の尾を木刀で受け止めると、尾を掴んで横たわる鵺へと叩き付ける。
穂先を鵺の身体に突き立てようとした直樹だったが、さすがにそこまで都合良く事は運ばない。尾はのたうち回るようにして衝撃を殺すと、瞬く間に直樹の視界から姿を消した。
(…げっ)
尾が単体で動ける事は理解できたが、あくまでも本体の補助的な役割程度なのだろうと高を括っていた直樹は驚愕した。
本体にとどめを刺してしまえばとも思うも、しゅるしゅると残像を残しながら牽制してくる尾によって後退を余儀なくされてしまう。
(あと少しだってのに……!)
鵺本体も相当な速さだったが、尾は本体とは違う異質な速さを持っていた。
速度自体は同程度と推察できるが、蛇そのものの動きは直樹の死角から死角へと実体を掴ませずに移動を繰り返している。
目で追えば残像しか見えず、耳で追おうとすれば前後左右から同時に音が聞こえてくるという始末。
しゅるしゅると耳障りだった音が止んだ。
(――くる!?)
その判断は間違っていない直樹だったが、どこから襲い来るのかが見当もつかない。
闇雲に木刀を振るってみたところで当たりはしないだろうし、待ちの一手を取ったところで虚を衝かれればそれまでだ。
「直樹、上! 右上っ!!」
唐突に発せられた香月の声に導かれるままに木刀を振るうと、重い物体を弾く感触が右手に伝わってきた。
その重さに負けないように木刀を振り抜くと、床を這う音が短く聞こえてすぐに消えた。
「右足! 踵っ!」
膝蹴りの要領で右脚を蹴り上げ、足を着いていた場所に木刀を突き立てる。
(浅い!)
切先が僅かに尾を掠ったが、大したダメージには至らない。
自身で尾の動きが認識できている訳ではないので、どうしてもタイミングや位置にズレが生じてしまう。
それでも、香月の助言がなければ対応できていなかったに違いない事を考えれば、上出来でさえある。
「左から脇腹に来るよっ!!」
とはいえ、このままではいずれ限界がきてしまう。
香月の的確な助言が、いつまで続けられるのかどうか。尾の攻撃対象が香月に移ってしまってもアウトだ。
(いいかげん、終わらせる…っ!!)
大きく避けるのではなく、尾の太さをギリギリ躱せる程度に腹を引く。
逆手にした木刀に、持てる力のすべてを込める。
「ぬうううう――っ!!」
右腕を前方へと押し出し、左腕を全力で引く。
タイミングなど勘でしかなかったが、身体が動き始めれば、確信にも似た思いが全身を包む。
強い弾力が木刀を押し退けようとしたが、力任せに振り切った。
そして足元に転がったのは、3つに分断された尾。
それぞれが、狂ったようにのたうち回る。
起死回生の一撃を狙っているという可能性も脳裏に過るが、その場で転がるのみで意味のある動きになってはいなかった。
蛇の頭部に木刀を突き刺すと、すべてが塵となって消えた。
第一体育室脇の準備室の小窓から覗き込んでいた香月は、小さく呟いた。
その視線の先には、短い木刀のみで猛獣のような化物と渡り合っている直樹の姿。
「……え?」
自身の発した言葉と直樹の姿に、香月はぎょっとしてしゃがみこんだ。
(……? ……??)
座り込んだまま自身の顔を撫で回し、次いで首周りをぺちぺちと叩いてきちんと繋がっている事を確認してしまう。
「違う! 私の首じゃなくて……!!」
がばと立ち上がり、再度小窓から体育館内を覗き見る。
『――いいね!』
叫ぶ直樹の姿が見えた。
良かった。首はちゃんと繋がっている。
(良かった? 繋がっている?)
自身の脳裏に浮かんだ考えを、追い掛けるように咀嚼する。
(…知ってる。思い出した!)
直樹がどのように戦っていたのかを。
その結果、自分の目の前で絶命した事も。
何がどうなっているのか、時間が巻き戻っている。
『まだまだあっ!!!』
直樹が吼えた。
その瞬間は、確実に近付いてきている。
これは夢ではあるまいかとも思ったが、夢なら夢で構わない。
(夢の中でまで、直樹を何度も殺させてたまるもんですか!)
むしろ、最悪な結末を迎えていたアレこそが夢だったのだと思う事にした。
香月は準備室を飛び出すと、直樹目指して駆け出した。
「直樹ーーっ!! 尻尾っ! 尻尾が生きてるっ!!」
叫び、手近にあった瓦礫を手にした。
鵺の尾が狙う場所は分かっている。
直樹が尾の存在に気付いてくれないようであれば、自らの手で護るだけだと香月は鼻息を荒くする。
「尻尾……?」
防音設備の整った準備室から出てきた香月の声は、第一体育室に響き渡った。
【……ふん】
先に状況を理解したのは鵺だった。
直樹に決定的な隙が生じる瞬間を窺っていたのだが、外野に見破られるとは計算外だった。
分体である尾を直樹の首に向けて一気に引き戻すも、鵺の目論見は既に瓦解している。
大きく開かれた蛇の顎から伸びたのは太い円錐状の穂先と化した舌であり、香月の記憶ではその攻撃によって直樹は無惨な最期を遂げていた。
しかし、その攻撃は霊力で強化された木刀の柄を貫く事はできなかった。
(サンキュー、香月!)
後手に回ってしまったとはいえ、状況を理解し対処するだけの余裕が直樹にはあった。
「この程度で――殺れると思うなっ!!」
一本の槍となった鵺の尾を木刀で受け止めると、尾を掴んで横たわる鵺へと叩き付ける。
穂先を鵺の身体に突き立てようとした直樹だったが、さすがにそこまで都合良く事は運ばない。尾はのたうち回るようにして衝撃を殺すと、瞬く間に直樹の視界から姿を消した。
(…げっ)
尾が単体で動ける事は理解できたが、あくまでも本体の補助的な役割程度なのだろうと高を括っていた直樹は驚愕した。
本体にとどめを刺してしまえばとも思うも、しゅるしゅると残像を残しながら牽制してくる尾によって後退を余儀なくされてしまう。
(あと少しだってのに……!)
鵺本体も相当な速さだったが、尾は本体とは違う異質な速さを持っていた。
速度自体は同程度と推察できるが、蛇そのものの動きは直樹の死角から死角へと実体を掴ませずに移動を繰り返している。
目で追えば残像しか見えず、耳で追おうとすれば前後左右から同時に音が聞こえてくるという始末。
しゅるしゅると耳障りだった音が止んだ。
(――くる!?)
その判断は間違っていない直樹だったが、どこから襲い来るのかが見当もつかない。
闇雲に木刀を振るってみたところで当たりはしないだろうし、待ちの一手を取ったところで虚を衝かれればそれまでだ。
「直樹、上! 右上っ!!」
唐突に発せられた香月の声に導かれるままに木刀を振るうと、重い物体を弾く感触が右手に伝わってきた。
その重さに負けないように木刀を振り抜くと、床を這う音が短く聞こえてすぐに消えた。
「右足! 踵っ!」
膝蹴りの要領で右脚を蹴り上げ、足を着いていた場所に木刀を突き立てる。
(浅い!)
切先が僅かに尾を掠ったが、大したダメージには至らない。
自身で尾の動きが認識できている訳ではないので、どうしてもタイミングや位置にズレが生じてしまう。
それでも、香月の助言がなければ対応できていなかったに違いない事を考えれば、上出来でさえある。
「左から脇腹に来るよっ!!」
とはいえ、このままではいずれ限界がきてしまう。
香月の的確な助言が、いつまで続けられるのかどうか。尾の攻撃対象が香月に移ってしまってもアウトだ。
(いいかげん、終わらせる…っ!!)
大きく避けるのではなく、尾の太さをギリギリ躱せる程度に腹を引く。
逆手にした木刀に、持てる力のすべてを込める。
「ぬうううう――っ!!」
右腕を前方へと押し出し、左腕を全力で引く。
タイミングなど勘でしかなかったが、身体が動き始めれば、確信にも似た思いが全身を包む。
強い弾力が木刀を押し退けようとしたが、力任せに振り切った。
そして足元に転がったのは、3つに分断された尾。
それぞれが、狂ったようにのたうち回る。
起死回生の一撃を狙っているという可能性も脳裏に過るが、その場で転がるのみで意味のある動きになってはいなかった。
蛇の頭部に木刀を突き刺すと、すべてが塵となって消えた。
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