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第四章 無計画なプロポーズ
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ブルテンとエスパルを巡ったヨーゼフがポートレット帝国の皇帝とその弟皇子をつれてヒューゲンに戻ってきたのは夏のことだった。
「「「おかえりなさいませ、旦那様。」」」
使用人の出迎えを受けながら、久しぶりの我が家に一息つく。出迎えの面々を見渡しても妻であるキャサリンはいない。…そういえば、キャサリンが仕事帰りのヨーゼフを出迎えたことなど過去に一度もなかった。
「キャサリンは?」
「奥様はヘルムフート公爵夫人との茶会に出かけております。」
「な…!クラウ…、なぜまた?」
ヘルムフート公爵夫人とはヨーゼフのかつての婚約者であり、今は三児の母であるクラウディアである。
「明日の晩餐会に関する情報収集だとおっしゃっていました。」
明日に行われる皇帝とその弟皇子の歓迎の晩餐会には公爵家と王家のみが参加する。その後、弟皇子はブルテンでの褒章式典に参加するためにヒューゲンを発つ。ヨーゼフはそちらには別の者に参加してもらう予定だ。
そのため公爵夫人たちが集まって作戦を練っているのだろうか。
エントランスでそわそわしているとキャサリンを乗せた馬車が帰ってきた。
「あら、旦那様。おかえりなさいませ。」
およそ半年ぶりに会う夫に、キャサリンは何の感慨もないようだ。
「その…、少なくて悪いがこれは土産だ。ブルテンとエスパルで珍しい紅茶をいくつか買い付けてきた。」
キャサリンの好きなものなど、全くわからないヨーゼフだったが、彼女と言えば、優雅に紅茶を飲む姿だ。それで何とか時間をみつけて茶葉を買ってきた。
「気に入ったのがあれば取り寄せよう。」
「まあ、ありがとうございます。この紅茶は初めてですわ。」
喜んではもらえたようだ。
「明日について打ち合わせをできればと思うのだが、一緒に夕食はどうだろうか?明日の朝は少し早く出なければいけないんだ。」
「かしこまりました。では、夕食で。」
侍女に紅茶を持たせるとキャサリンは部屋へと戻っていく。ヨーゼフは夕食に誘えたことに安堵して息をはいた。
「では、ヨーゼフ様、夕食の前に不在の間の報告を。」
「ああ。頼む。」
着替えを済ませ、ペーターと共に執務室に入り、報告を促す。
「まず、あちら様ですが。」
一瞬、何のことだかわからなかったがすぐにマリアの顔が浮かんだ。
「無事に修道院に入られました。」
「そうか。よかった。」
「長年連れ添われた愛人がいなくなったことは少しの間社交界で噂になりましたが、ヨーゼフ様がご不在で奥様も夜会などは不参加だったため大きく話題にはなっておりません。しかし、お二人そろって社交をすれば、また話題に上るかと。」
「それは仕方ないだろう。」
「離れですが、あちら様がいらっしゃった当時のままで残してあります。」
「そうなのか?」
「奥様が、『思い出を偲ぶ場所が必要でしょう』とおっしゃられて。」
ヨーゼフはぎょっとした。
「キャサリンはあれが残っているのが嫌ではないのか?」
「別になんの思い入れもないかと思いますが…。」
「そ、そうか。」
「離れはどうしましょう。」
「建て壊してくれ。」
今度はペーターがぎょっとする番だった。
「よろしいのですか?」
「ああ。キャサリンに要望があれば新しく離れを建てよう。」
まだ新しく、もったいないと思うかもしれないが、この屋敷にマリアを偲ぶ場所などいらない。それにあの離れにいたマリアはヒステリックに喚くだけで美しい思い出からも遠かった。
それから領地の話や予算の話が続き、その場はお開きとなった。いそいそと夕食の席に向かうと、すでにキャサリンが着席していた。
「待たせてすまない。」
「私も今来たところです。」
運ばれてきた食事を優雅に口に運ぶキャサリンの姿に半年間の外交の疲れが癒されるのを感じる。その所作は美しいのだが、なぜか可愛らしくも見えるようになってしまったのは化粧の下に隠された素顔を知ってしまったからか。
にこにこしながらキャサリンを眺めていると怪訝な顔で見返される。
「なんです?そのようなゆるみきったお顔をなさって?」
「いや、キャサリンを見ると帰って来たのだと思ってね。」
「はあ。」
「今日の茶会ではどのような会話が明日についてされていたんだい?」
「皆様、ポートレット帝国の文化や皇帝陛下の人となりを気にしておられましたわ。また、縁談の可能性なんかも。」
「縁談?」
ヨーゼフはぎょっとする。まさか、キャサリンが嫁に?いや、落ち着け、キャサリンは自分の嫁だ。
「皇帝陛下も弟皇子も未婚でいらっしゃるでしょう?終戦の証としてブルテン・エスパル・ヒューゲンのどこかから嫁をもらうのではないかと。皇帝陛下の相手となるとしたらブルテンの令嬢でしょうけれど、弟皇子はそれに限りませんもの。年も18歳とお若いそうですし。」
確かに敵国だった国に娘を送るのは母としては心配だろう。今回、娘たちは招待されていないが、そういう話が出る可能性はある。
「皇帝陛下はどのような雰囲気の方で?」
「ああ、お優し気な雰囲気の方だ。実際、物腰も柔らかい。弟皇子はやや好戦的だが…。それに弟皇子には好いた人がいるらしい。縁談にはならないんじゃないか?」
「政略結婚に好いた惚れたは関係ありませんから。」
キャサリンの言葉にやや棘が含まれて、ヨーゼフはドキリとする。これは、遠回しに自分への嫌味なのだろうか。
「「「おかえりなさいませ、旦那様。」」」
使用人の出迎えを受けながら、久しぶりの我が家に一息つく。出迎えの面々を見渡しても妻であるキャサリンはいない。…そういえば、キャサリンが仕事帰りのヨーゼフを出迎えたことなど過去に一度もなかった。
「キャサリンは?」
「奥様はヘルムフート公爵夫人との茶会に出かけております。」
「な…!クラウ…、なぜまた?」
ヘルムフート公爵夫人とはヨーゼフのかつての婚約者であり、今は三児の母であるクラウディアである。
「明日の晩餐会に関する情報収集だとおっしゃっていました。」
明日に行われる皇帝とその弟皇子の歓迎の晩餐会には公爵家と王家のみが参加する。その後、弟皇子はブルテンでの褒章式典に参加するためにヒューゲンを発つ。ヨーゼフはそちらには別の者に参加してもらう予定だ。
そのため公爵夫人たちが集まって作戦を練っているのだろうか。
エントランスでそわそわしているとキャサリンを乗せた馬車が帰ってきた。
「あら、旦那様。おかえりなさいませ。」
およそ半年ぶりに会う夫に、キャサリンは何の感慨もないようだ。
「その…、少なくて悪いがこれは土産だ。ブルテンとエスパルで珍しい紅茶をいくつか買い付けてきた。」
キャサリンの好きなものなど、全くわからないヨーゼフだったが、彼女と言えば、優雅に紅茶を飲む姿だ。それで何とか時間をみつけて茶葉を買ってきた。
「気に入ったのがあれば取り寄せよう。」
「まあ、ありがとうございます。この紅茶は初めてですわ。」
喜んではもらえたようだ。
「明日について打ち合わせをできればと思うのだが、一緒に夕食はどうだろうか?明日の朝は少し早く出なければいけないんだ。」
「かしこまりました。では、夕食で。」
侍女に紅茶を持たせるとキャサリンは部屋へと戻っていく。ヨーゼフは夕食に誘えたことに安堵して息をはいた。
「では、ヨーゼフ様、夕食の前に不在の間の報告を。」
「ああ。頼む。」
着替えを済ませ、ペーターと共に執務室に入り、報告を促す。
「まず、あちら様ですが。」
一瞬、何のことだかわからなかったがすぐにマリアの顔が浮かんだ。
「無事に修道院に入られました。」
「そうか。よかった。」
「長年連れ添われた愛人がいなくなったことは少しの間社交界で噂になりましたが、ヨーゼフ様がご不在で奥様も夜会などは不参加だったため大きく話題にはなっておりません。しかし、お二人そろって社交をすれば、また話題に上るかと。」
「それは仕方ないだろう。」
「離れですが、あちら様がいらっしゃった当時のままで残してあります。」
「そうなのか?」
「奥様が、『思い出を偲ぶ場所が必要でしょう』とおっしゃられて。」
ヨーゼフはぎょっとした。
「キャサリンはあれが残っているのが嫌ではないのか?」
「別になんの思い入れもないかと思いますが…。」
「そ、そうか。」
「離れはどうしましょう。」
「建て壊してくれ。」
今度はペーターがぎょっとする番だった。
「よろしいのですか?」
「ああ。キャサリンに要望があれば新しく離れを建てよう。」
まだ新しく、もったいないと思うかもしれないが、この屋敷にマリアを偲ぶ場所などいらない。それにあの離れにいたマリアはヒステリックに喚くだけで美しい思い出からも遠かった。
それから領地の話や予算の話が続き、その場はお開きとなった。いそいそと夕食の席に向かうと、すでにキャサリンが着席していた。
「待たせてすまない。」
「私も今来たところです。」
運ばれてきた食事を優雅に口に運ぶキャサリンの姿に半年間の外交の疲れが癒されるのを感じる。その所作は美しいのだが、なぜか可愛らしくも見えるようになってしまったのは化粧の下に隠された素顔を知ってしまったからか。
にこにこしながらキャサリンを眺めていると怪訝な顔で見返される。
「なんです?そのようなゆるみきったお顔をなさって?」
「いや、キャサリンを見ると帰って来たのだと思ってね。」
「はあ。」
「今日の茶会ではどのような会話が明日についてされていたんだい?」
「皆様、ポートレット帝国の文化や皇帝陛下の人となりを気にしておられましたわ。また、縁談の可能性なんかも。」
「縁談?」
ヨーゼフはぎょっとする。まさか、キャサリンが嫁に?いや、落ち着け、キャサリンは自分の嫁だ。
「皇帝陛下も弟皇子も未婚でいらっしゃるでしょう?終戦の証としてブルテン・エスパル・ヒューゲンのどこかから嫁をもらうのではないかと。皇帝陛下の相手となるとしたらブルテンの令嬢でしょうけれど、弟皇子はそれに限りませんもの。年も18歳とお若いそうですし。」
確かに敵国だった国に娘を送るのは母としては心配だろう。今回、娘たちは招待されていないが、そういう話が出る可能性はある。
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「ああ、お優し気な雰囲気の方だ。実際、物腰も柔らかい。弟皇子はやや好戦的だが…。それに弟皇子には好いた人がいるらしい。縁談にはならないんじゃないか?」
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