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第四章 無計画なプロポーズ
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マリアが問題を起こしたのはそれからわずか一週間後のことだった。
「ヨーゼフ様!どこなの!!」
夕食も湯あみも終え、ヨーゼフが床に入ろうとしていた夜遅く。マリアのヒステリックな声が本邸に響いた。「おやめください!」「お戻りください!」というような侍女や守衛の声もする。
「ヨーゼフ様とあの女に会うまで戻らないわ!夫婦の寝室に灯りがついているのが見えたもの!」
ヨーゼフは慌てて厚手のローブを羽織り、部屋を出る。頭にあるのは、マリアを本邸から早く追い出さねばキャサリンが嫌がる、ということだった。
「マリア!本邸に来てはいけないと言っただろう!」
マリアはすでにヨーゼフたちの寝室がある二階まで上がってきていた。守衛たちも、ヨーゼフの手前、愛人であるマリアを引きずっていくことはできないのだ。
「夫婦の寝室に灯りがついていたわ!」
「はあ?」
「私とはできなくてもあの女とはよろしくやっているんでしょう!」
「マリア、そんなはずがないだろう?私は夫婦の寝室に結婚してから入ったことはないよ。」
「嘘言わないで!じゃあ何で灯りがついているのよ!」
マリアはヒステリックに叫び、ヨーゼフを振り切って部屋の扉を手当たり次第に開けようとする。
「やめてくれ!マリア!離れに戻るんだ!」
「あの女はどこ!?」
「もう寝ているよ。起こしては君の立場が悪くなるよ。」
「騙されないわ!」
マリアはヨーゼフの腕を振り払う。
「あなたもそうやって私を馬鹿にして!どうせあなたの寵愛がなければなんの価値もない女だって思っているんでしょう!あの女だってあなたに愛されてなかったはずなのに!いつからなの!」
「マリア!」
マリアはその場にあった高級な花瓶を引き倒し、割る。ガチャンという大きな音が屋敷中に響いた。
「だ、旦那様…。」
守衛たちはヨーゼフの指示を待っていたが、ヨーゼフはこの場におよんで、マリアを連れていけという指示を守衛たちに出せなかった。
「マリア、私は変わらずに…。」
「もうそんな嘘は聞きたくないわ!いつからなのかって聞いてるの!私は抱けないのに、あの女はいつから抱いてるの!」
マリアはヨーゼフのローブの襟元をつかみ、強い力でゆすってくる。ヨーゼフの頭がグワンと揺れた。
その時、バタンッという大きな音と共に近くの扉が叩きつけるように開かれた。
「先ほどからこんな夜更けにうるさいわね…。」
軽くウエーブを描いた夜でも明るい金髪と白い寝間着のワンピースが部屋から出てきた。口から出るのはブルテン語だ。扉の向こうから慌てたように厚手のローブを持った侍女が駆け寄って彼女の肩にかける。
「礼儀のなっていない愛人は私の本邸に入れるなと言ったはずよ。」
金髪をかき上げて、彼女はこちらを見た。水色の瞳に鋭く射抜かれる。ヨーゼフの心臓がドキンと音を立てた。
「痴話喧嘩なら離れでやってくれませんか、旦那様。」
ヨーゼフはその女性が誰なのか理解してあんぐりと口を開けた。キャサリンは全く化粧をしておらず、無防備な寝間着姿だった。顔は昼間の高貴で華やかな鋭い美人から代わって、かわいらしさの残る花の顔である。
きつく見えていた目元はどこへ行ったのか。くりっとしたアーモンド形の目がこちらを不機嫌そうに見ている。
輝く金髪と水色の目もあいまって、その姿はまるで…。
「本当に、こんな夜更けに騒ぎ立てるなど、お里が知れるというもの。やはり、旦那様の好みは私にはわかりませんわ。」
ヨーゼフは惚けた顔でキャサリンを見ることしかできない。
「やはり、離れでは手狭なのかしら。それなら旦那様の財力で立派なお屋敷を建ててあげてくださいな。」
流ちょうなヒューゲン語はやはりキャサリンのものだ。
「もちろん、旦那様も連れて一緒に引っ越していただいていいんですのよ。私、旦那様は全く好みではありませんもの。」
いつもよりも直接的な言葉がぐさりとヨーゼフに刺さる。
「いい機会だからはっきりさせておきますけれど、私と旦那様は閨を共にしたことなどありません。あなたが目撃した通り、旦那様は不能なのです。」
んぐっ!
「夜の相手が欲しいなら、旦那様の愛人なんてお止めになることをお勧めしますわ。まあ、不能な旦那様に愛人なんて必要ないので、近いうちにやめさせられるかもしれないけれど。」
同じく呆然としていたマリアがはっとする。
「ど、どういうことよ!」
「あなたは愛人がなんたるか、わかっていないようだもの。悋気を起こして深夜に正妻のいる本邸に怒鳴り込んでくる愛人だなんて、どんな殿方も必要ないわ。正妻では得られない癒しを求めているんだから。癒してくれない愛人なんて、殿方にとって不要なのよ。」
キャサリンは踵を返す。
「短い間だったけれど、あなたのような素敵な人とお知り合いになれて嬉しかったわ。どうぞお元気で。」
キャサリンは部屋に戻っていく。思わずマリアを放り出してその扉に「待ってくれ!」と縋ったが、無情にも扉が開くことはなかった。
わずかな時間であったが、ヨーゼフの目の前に現れたのは素顔で”運命の姫”に瓜二つの女性だったのだ。
「ヨーゼフ様!どこなの!!」
夕食も湯あみも終え、ヨーゼフが床に入ろうとしていた夜遅く。マリアのヒステリックな声が本邸に響いた。「おやめください!」「お戻りください!」というような侍女や守衛の声もする。
「ヨーゼフ様とあの女に会うまで戻らないわ!夫婦の寝室に灯りがついているのが見えたもの!」
ヨーゼフは慌てて厚手のローブを羽織り、部屋を出る。頭にあるのは、マリアを本邸から早く追い出さねばキャサリンが嫌がる、ということだった。
「マリア!本邸に来てはいけないと言っただろう!」
マリアはすでにヨーゼフたちの寝室がある二階まで上がってきていた。守衛たちも、ヨーゼフの手前、愛人であるマリアを引きずっていくことはできないのだ。
「夫婦の寝室に灯りがついていたわ!」
「はあ?」
「私とはできなくてもあの女とはよろしくやっているんでしょう!」
「マリア、そんなはずがないだろう?私は夫婦の寝室に結婚してから入ったことはないよ。」
「嘘言わないで!じゃあ何で灯りがついているのよ!」
マリアはヒステリックに叫び、ヨーゼフを振り切って部屋の扉を手当たり次第に開けようとする。
「やめてくれ!マリア!離れに戻るんだ!」
「あの女はどこ!?」
「もう寝ているよ。起こしては君の立場が悪くなるよ。」
「騙されないわ!」
マリアはヨーゼフの腕を振り払う。
「あなたもそうやって私を馬鹿にして!どうせあなたの寵愛がなければなんの価値もない女だって思っているんでしょう!あの女だってあなたに愛されてなかったはずなのに!いつからなの!」
「マリア!」
マリアはその場にあった高級な花瓶を引き倒し、割る。ガチャンという大きな音が屋敷中に響いた。
「だ、旦那様…。」
守衛たちはヨーゼフの指示を待っていたが、ヨーゼフはこの場におよんで、マリアを連れていけという指示を守衛たちに出せなかった。
「マリア、私は変わらずに…。」
「もうそんな嘘は聞きたくないわ!いつからなのかって聞いてるの!私は抱けないのに、あの女はいつから抱いてるの!」
マリアはヨーゼフのローブの襟元をつかみ、強い力でゆすってくる。ヨーゼフの頭がグワンと揺れた。
その時、バタンッという大きな音と共に近くの扉が叩きつけるように開かれた。
「先ほどからこんな夜更けにうるさいわね…。」
軽くウエーブを描いた夜でも明るい金髪と白い寝間着のワンピースが部屋から出てきた。口から出るのはブルテン語だ。扉の向こうから慌てたように厚手のローブを持った侍女が駆け寄って彼女の肩にかける。
「礼儀のなっていない愛人は私の本邸に入れるなと言ったはずよ。」
金髪をかき上げて、彼女はこちらを見た。水色の瞳に鋭く射抜かれる。ヨーゼフの心臓がドキンと音を立てた。
「痴話喧嘩なら離れでやってくれませんか、旦那様。」
ヨーゼフはその女性が誰なのか理解してあんぐりと口を開けた。キャサリンは全く化粧をしておらず、無防備な寝間着姿だった。顔は昼間の高貴で華やかな鋭い美人から代わって、かわいらしさの残る花の顔である。
きつく見えていた目元はどこへ行ったのか。くりっとしたアーモンド形の目がこちらを不機嫌そうに見ている。
輝く金髪と水色の目もあいまって、その姿はまるで…。
「本当に、こんな夜更けに騒ぎ立てるなど、お里が知れるというもの。やはり、旦那様の好みは私にはわかりませんわ。」
ヨーゼフは惚けた顔でキャサリンを見ることしかできない。
「やはり、離れでは手狭なのかしら。それなら旦那様の財力で立派なお屋敷を建ててあげてくださいな。」
流ちょうなヒューゲン語はやはりキャサリンのものだ。
「もちろん、旦那様も連れて一緒に引っ越していただいていいんですのよ。私、旦那様は全く好みではありませんもの。」
いつもよりも直接的な言葉がぐさりとヨーゼフに刺さる。
「いい機会だからはっきりさせておきますけれど、私と旦那様は閨を共にしたことなどありません。あなたが目撃した通り、旦那様は不能なのです。」
んぐっ!
「夜の相手が欲しいなら、旦那様の愛人なんてお止めになることをお勧めしますわ。まあ、不能な旦那様に愛人なんて必要ないので、近いうちにやめさせられるかもしれないけれど。」
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「あなたは愛人がなんたるか、わかっていないようだもの。悋気を起こして深夜に正妻のいる本邸に怒鳴り込んでくる愛人だなんて、どんな殿方も必要ないわ。正妻では得られない癒しを求めているんだから。癒してくれない愛人なんて、殿方にとって不要なのよ。」
キャサリンは踵を返す。
「短い間だったけれど、あなたのような素敵な人とお知り合いになれて嬉しかったわ。どうぞお元気で。」
キャサリンは部屋に戻っていく。思わずマリアを放り出してその扉に「待ってくれ!」と縋ったが、無情にも扉が開くことはなかった。
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