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(少しだけでいいから会ってもらえませんか?)

 モッコのスマホに輝也からメッセージが届いた。

 モッコはその文字を見ると、胸が苦しくなった。

(私たち、もう会わないって言ったでしょ?)

 モッコは送信した。するとまたすぐに輝也からメッセージが届いた。

(本当にこれで最後です。お知らせしたい事があって…)

 モッコは輝也からの返信をジッと眺めた。

 心がフワフワして落ち着かない。

 庭に出てハーブの手入れをしたり、洗い物をしたりしてみたけど、気になってしょうがなかった。
 


―やはりモッコさんはもう俺と会うつもりは無いんだな…。

 輝也はポケットにスマホをしまおうとした。

 その時、スマホが光った。

 輝也は慌てて危うくスマホを落としてしまうところだった。

(一度だけ! 本当にこれが最後です。)

 モッコからのメッセージを見て、輝也の目に涙が浮かんで来た。






 モッコがいつも輝也と会っていたショッピングモールのカフェに行くと、すでに輝也はいつもの席に座っていた。

 モッコは輝也の姿を見つけると、胸がギュっと掴まれたみたいに苦しくなった。

 輝也はモッコの姿に気付くと立ち上がって会釈した。

「お久しぶりです。お元気でしたか?」
モッコが声をかけた。

「はい。モッコさんも元気そうで良かった。」
輝也はモッコに微笑んだ。

「…あの…お話って…。」
モッコは言った。

「実は…名古屋に引っ越すことになったんです。」

「えっ!」
輝也の言葉にモッコは驚いて思わず立ち上がった。

「どうして? 転勤?」
モッコは聞いた。

「…それが…実は僕の実家ね、代々病院をやっていて…今は弟たちが継いでいるんですよ。恥ずかしい話、僕は医者になれなくて…」
輝也はきまり悪そうに頭を掻いた。

「で、父の代から経理部にいる方が…どうも不正をしているようで…。それで僕に帰ってきて欲しいって…弟たちからせがまれてしまって…。」

「…そうだったんですか。」
モッコは動揺した。

 自分からもう輝也に会わないと決めたというのに、会えなくなってしまう距離に行ってしまうと思うと胸が苦しくなった。

 そうしていると、本当に胸が苦しくなってだんだん青ざめてきた。

 …ゼイ…ゼイ…ゼイ…

 モッコの呼吸は明らかにおかしくなった。

 顔面蒼白で胸を押えて前かがみに苦しそうにしている。

「モッコさん! どうしたんですか? どうしよう…。救急車!」
輝也はモッコの急変が怖くなってスマホを取り出し救急車を呼ぼうとした。

「…だ…大丈夫。」
モッコは苦しそうにそう言うと、スマホを押そうとする輝也の手を掴んだ。

 そしてゆっくり深呼吸を始めた。

「リラ~ックス…リラ~ックス…リラ~クス………」
深呼吸をしていると、動悸も治まり、胸も楽になってきた。

 輝也はその様子を優しく微笑みながら眺めていた。

 モッコは輝也の視線に気付き顔を赤くした。

「…そんなに見られると…照れちゃうわ…。」
モッコは俯いて呟いた。

「…前にもあったなって…懐かしくなっちゃって…。あの時俺、さりげなくモッコさんに自分の気持ち打ち明けたんだよな…」

 モッコを優しく見つめる輝也の目は薄っすら滲んでいた。

「…輝也さん…」
モッコも鼻先がつんとしてきた。

 そして抑えようと思えば思うほど、涙は溢れてきた。

 モッコはバッグからハンカチを取り出して拭った。

 輝也もまた涙が溢れてきて、テーブルのナプキンを取って、後ろを向いて涙を拭った。

「…おめでたい話なのに…嫌だわ私ったら…。」

「…俺は…嬉しいけどな…。」

―モッコさんもホントは俺と同じ気持ちでいてくれたのかな… 

 輝也はモッコの気持ちを感じることが出来て、胸が熱くなった。

「沙也加も付いて行くんでしょ?」

「うん。てっきりお前だけ行ってこいって言うかと思ってたんだけど…。意外でしたけど…。」

「そんな事ないわ! 沙也加はああ見えて、人一倍優しくて、強くて、お節介なくらい人の為に動いちゃうの! 私、いつも凄いなって思ってた…。口が悪いから誤解されちゃうとこあるけどね…。」
モッコは笑った。

「…うん。ほんとそう…。そうなんだけども! 俺に対する鬼嫁ぶりは、ほんとに凄いんだよ!」
輝也は悲痛な顔で訴えた。

 モッコはそれが可笑しくて大笑いした。

―可愛い…。モッコさんの笑顔…ずっと見ていられたら…良かったな…。

 輝也は切なそうにモッコを見つめた。

「…沙也加…俺の気持ちに気付いてた…。」
輝也が呟いた。

「えっ?」
モッコは驚いた。

「あの日…アンティークマーケットの日、沙也加は用事を済ませた後、駆け付けて来たらしいんだ。その時、僕たちはあのベンチにいて…僕がモッコさんに告白しているところを、後ろで聞いていたって…。」

「沙也加…知ってたんだ…。」
モッコは俯いて小さく言った。

「…うん…。」

 二人はしばらく沈黙した。

 お互いの脳裏にここで出会ってから今までの事が走馬灯のように駆け巡っていた。

 お互いの世間話や愚痴や、お買いもの情報の話に華を咲かせたあの頃が懐かしい。

 モッコは輝也からの真っすぐな愛の告白を想うと、また胸が苦しくなった。

 輝也はモッコの今目の前にいるモッコには会えなくなると思うと、苦しくて堪らなくなった。


「モッコさん、自転車?」

「うん。」

「自転車置き場まで送らせて!」

 モッコは頷いた。

 そして自転車置き場まで一緒に向かった。

 二人は無言だった。

 言いたい事はたくさんあったけど…何を話していいのか分からなかった。話し出すと、お互いの決心が揺るぎそうだったから。

「じゃあ、ここで。」
モッコは言った。

「うん。モッコさん、元気でね! 動画、見るね! いつも応援してるから!」
輝也は言った。

「ありがとう。輝也さんも名古屋で頑張ってね! 私、ずっと応援してるから!」
モッコは言った。

「じゃあ…」
モッコは自転車の鍵をポケットから取り出した。

「…ごめん。」

 その時、輝也はモッコの手を引っ張り自分の胸に引き寄せた。

 モッコは一瞬何が起こっているのか分からなかった。

 気が付くと輝也の胸の中でギュっと抱きしめられていた。

「俺…嫌だよ…。ずっとそばにいたいよ…。」
輝也は泣いていた。

 モッコは何も言わず輝也の胸に顔を埋めた。

「…モッコさん…」
輝也が小さく声をかけた。

 モッコは顔を上げた。

 その時、輝也はモッコの唇に自分の唇を合わせた。

 モッコの頬に涙が伝った。


 輝也はモッコを見つめると、もう一度ギュっと抱きしめた。

 そしてゆっくりと体を離し、涙でぐちゃぐちゃになった顔で優しく笑った。

 モッコも涙でぐちゃぐちゃな顔で一生懸命輝也に微笑みかけた。

 輝也は会釈すると、モッコの事を振り返りもせず、その場を去って行った。

 モッコは輝也の姿が見えなくなるまで後姿をずっと目で追った。

 涙で滲んでちゃんとは見えなかったけど、最後までジッと見届けた。

 心臓の鼓動は今も止まらず激しく打ち続けている。

 モッコはその場にしゃがみ込み、声にならない声で泣き続けた。



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