【完結】すり替えられた公爵令嬢

鈴蘭

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微笑ましい二人

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 エレインが王宮図書館にいる事をしっているアルフレッドは、執務を抜け出してお茶へ誘いに来たのだが、声をかけられずにいた。
 分厚い本を、真剣な表情で読んでおり、静かにページをめくる音だけが聞こえている。
 何を読んでいるのかは遠目でよく分からないが、なんとなく声をかけ難く思い、暫く本を読んでいる姿を眺める事にしたのだ。
 五分ほど経っただろうか、それ程待たずにエレインは本を閉じたので、アルフレッドは声をかける事が出来た。
 「ごきげんよう、エレイン嬢。お茶へ誘いに来たのだが、時間を頂けないだろうか」
 誰もいないと思っていたエレインは、声をかけられた事に少し驚いたのだが、アルフレッドの姿を見ると嬉しさのあまり自然と笑顔になったのだ。
 「ごきげんよう、殿下。ちょうど喉が渇いたと思っていたのです。お誘いいただけて嬉しいですわ。本を片付けて来ますので、少しだけお待ちくださいませ」
 アルフレッドはエレインの花が綻ぶ様な笑顔を見たくて、無理やり時間を作っては図書館へ足繫く通っている。
 側近たちも協力してくれているので、何とか期待に答えたいと考えてはいるのだ。
 「では、私も片づけを手伝おう。今日は、図書館ではなくサロンへ案内をしても宜しいかな。シェフが、自信作を用意したと言っているのだよ、是非其方にも食べて貰いたいのだ」
 「ありがとうございます。王宮のシェフが作った自信作を頂けるなんて、思ってもおりませんでしたわ。とても楽しみです」
 仲良く本を片付けると、図書館の扉を閉めて、アルフレッドがさり気なく腕を差し出した。
 エレインをエスコートしながら王宮内を二人で歩く姿も、宮仕えたちには見慣れた光景になりつつあった。
 「もう直ぐ生誕祝賀会があるのだけれど、何をプレゼントしたら良いのか頭を悩ませていてね。母上とお揃いのナイトキャップにしようかと思っている」
 「まあ。王妃様は、ナイトキャップをお使いになられているのですか。今年は参加出来ませんが、お兄様は祝辞を贈ると仰っておりましたわ」
 オルターナ公爵家は両親を亡くした事で、一年間喪に伏している為、パーティ等の祝い事への参加は出来ないのだ。
 その為、生誕祝賀会にも、欠席で返信を出していた。
 「それは有難いね。陛下もお喜びになると思うよ。母上は、ナイトキャップを使っていないとは思うけれどね、父上が被っているのを見たら、きっと笑うだろうと考えたのだよ」
 悪戯を考えているアルフレッドの笑顔は、家族に対する愛情で溢れていた。
 エレインは帝国へ行った時、アンドレイがナイトキャップを使っているのを、見ていたのである。
 確かに面白いと思ったので、アルフレッドにも教えてあげたくなったのだ。
 「殿下。少しだけ、お耳を貸してくださいませんか」
 「構わないよ」
 アルフレッドは、エレインは内緒話がしたいのだと、直ぐに理解出来た。
 腰をかがめて小さな声でも聞き取り易い様に、口元に耳を持って来たつもりだったのだが、背が高過ぎたので少し遠かった様だ。
 エレインはアルフレッドの肩に遠慮がちにそっと指先だけを添えると、少し背伸びをしてこっそりと教えてあげるのだった。
 アンドレイのお茶目な一面を聞いたアルフレッドは、思わず目を丸くして、エレインの方を振り返ったのだ。
 二人で顔を見合わせると、クスクスと上品に笑いながら歩いて行く姿は、誰が見ても仲の良い恋人同士の様であった。
 王宮内は人通りも多く、沢山の宮仕えたちが、その光景を微笑ましそうに眺めている。
 『お似合いですわね。いつ頃婚約の発表をなさるのでしょうか』
 『オルターナ公爵家の喪が明けたら、直ぐにでも発表をされるのではないかしら』
 『殿下は、まだ求婚されてはいないようだぞ』
 『早くしないと、他国に奪われてしまうのではないか』
 『それはありませんわ。あんなに仲睦まじくされているのですもの、陛下がお許しにはならないでしょう』
 『オルターナ皇子様だって、お許しにはならないと思いますわよ』
 『それもそうだな』
 宮仕えたちの話声は、アルフレッドにも、エレインにも届いてはいない。
 
 サロンからは、楽し気な笑い声が響いている。
 「うん。初めて見た時は、心が躍ったよ。信じられるかい、綺麗な琥珀の中に、生きているのではないかと思うカエルが入っていたのだ。本当に神秘的だったよ」
 「まあ。カエルですか?」
 「そうなのだよ、取り出したくなるのは、自然な行為だと思うのだけれどね。叔父上にこっぴどく叱られてしまい、ルーカスが慰めてくれたのだ。今なら叔父上の気持ちは、よく理解出来るけれどね、あの頃は無理だったよ」
 「あら。私は取り出してみたいですわ。もしかしたら、動き出すかもしれませんもの」
 「あはは!それはそれで、興味深いね。琥珀の中からは、私たちはどの様に見えているのだろうね」
 「水の入ったグラスの向こう側を、見ている感じではないでしょうか」
 「そうなのかい?エレイン嬢、私を見つめてはくれないかな。其方の瞳は、蜂蜜の様な綺麗な琥珀色をしているよ。私は、どの様に映るのだろうか」
 アルフレッドは、真面目な表情でエレインを見つめていた。
 これでも、彼なりの愛情表現だったのだが、あまり通じてはいない様だ。
 エレインが言われた通りに、ジッとアルフレッドを見つめて来るものだから、恥ずかしくなり思わず頬に熱が籠ってくるのが分かる。
 「照れるね」
 耐えきれずに、視線を反らして口元を隠してしまったので、アルフレッドの言葉はエレインには聞こえていなかった。
 「ふふっ。殿下の瞳には、私しか映っておりませんでしたわ」
 エレインも、照れた様に頬を赤く染めていた。
 この二人は、会えば化石の事しか話さない。
 たまに違う話題をしていると思えば、堅苦しい王国の発展について意見を交換しているだけだった。
 もっと色気のある話題を振るべきだと、臣下に思われている事を、アルフレッドは気付いていなかったのだ。
 これでも必死に話題を考えて、エレインを楽しませようとしているのである、彼なりに。
 しかし、残念ながら色気のある話題は思いつかないのだから、仕方がないのだ。
 誰かこの純粋過ぎる王太子に、女性の口説き方を教えて欲しいと、思っている宮仕えは多いのである。
 出会った頃に比べたら、これでも随分と親しくはなっているのだ。
 ただ、余りにも進展が遅過ぎてじれったいと思われている事を、アルフレッド自身も感じてはいたのである。
 手の甲にキスをしてみたいと言う思いは持っていても、いざ行動に移そうと思うと、柔らかいエレインの胸の感触を思い出してしまうのだった。
 その瞬間理性が働いてしまう、何とも不憫なアルフレッドなのである。
 不甲斐ないと思っているのは本人と周りの人間だけで、実はそんな純粋なアルフレッドを、エレインは好ましいと感じている。
 マルゲリーターと行く事は叶わなかったが、何時か観劇に誘ってみようと密かに考えていたのだ。
 ルーカスも気付いてはいないのだが、エレインは舞台を観た事がないのである。
 パトリシアは、女性が好む嗜好とは無縁の存在なので、一緒に行くと言う発想は無かった。
 エレインが行きたいと頼めば誰も嫌とは言わないのだが、強請る事を知らないのだから、頼むと言う発想も浮かばないのである。
 まだ行動には移してはいないが、アルフレッドを誘いたいと思えた事だけでも、大きな進歩なのだった。
 エレインの胸の内に、皆が喜ぶ嬉しい情報を隠し持っているなど、誰も想像が出来なかったのは、言うまでもない。
 アルフレッドもエレインが学園を卒業するまでには求婚し、出来る事ならば卒業パーティで、エスコートをしたいと思っている。
 エレインが観劇に誘うのが先か、アルフレッドが求婚するのが先か、それはまだ誰にも分からない事なのであった。
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