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48.世界一の弓使い
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「暗い話をしてしまいました。もうすぐレースが始まりますから、行きましょう」
ファルリンは寂しそうな表情を消して、繋がれているジャハーンダールの手を引っ張った。ジャハーンダールは、逆にファルリンの手を引っ張り返す。まさか引っ張られるとは思っていなかったファルリンは、引っ張られジャハーンダールの胸に飛び込む。
「俺の前では寂しそうな顔を隠すな。俺は生まれながらのヤシャール王国人で被征服民である砂漠に住む者の窮状がわからないことが多い。ファルリンが教えてくれ」
ジャハーンダールの唇がファルリンの耳に触れる。囁くように言われた言葉に、ファルリンは心の奥がきゅっとつまみ上げられ温かくなった。
「ありがとうございます。ジャハーンダール様」
名前が聞こえてはいけないので、ファルリンはジャハーンダールと同じように声を小さくした。二人の視線が自然と至近距離で交わる。
ジャハーンダールの紫水晶の瞳にファルリンの姿が映る。ジャハーンダールの宝石のような目が優しく揺れる。
ファルリンが思わず息をのんだ。
突然、鷹匠のレース会場から悲鳴が聞こえてきた。ジャハーンダールは舌打ちをしてファルリンを解放する。
「行くぞ」
ジャハーンダールは相変わらず手を離そうとしない。ファルリンはくすくす笑いながら、ジャハーンダールと共に、騒ぎの原因を確認しに行った。
鷹匠レース会場は、人々が大勢行き交い大混乱していた。どうやら、何かから逃げているようなのだが思い思いに人々が走り出しているため、お互いにぶつかり怒号が飛び交っている。
ジャハーンダールが、避難しようとしている人を捕まえて話を聞いたところ、鷹匠レース用の隼が逃げ出して人々を襲って危害を加えているのだそうだ。
「隼は犬とは違って、こちらの指示の通りに動きません。狩りをするときに鷹匠が指示をしているように見えるのは、餌で釣っているからです。全てを捕まえるのは難しいでしょうね」
ファルリンは、深刻そうに言った。
「ファルリンはどうにかならないのか?」
数十羽の隼が思い思いに人々を攻撃している。餌だとでも思っているのだろう。
「このままだと、小さい子供が隼の餌として捕まえ……」
ファルリンの言葉が言い終わらないうちに、子供が攫われたという声が混乱ただ中の会場からあがった。人々の悲鳴も大きくなる。
隼は小さな子供であれば餌にすることもあるのだ。
「ジャハーンダール様、お側を離れますがどうかご安全なところまで避難を」
「俺も着いていくぞ。ファルリンの側以上に安全なところがあるとは思えない」
絶大な信頼をジャハーンダールから寄せられ、ファルリンは誇らしく笑った。すぐに子供を捕まえて空に飛び立った隼を追いかける。
「どうするんだ?」
「上空に舞い上がる前に弓矢で隼を射落とします。幸い、子供は重いのであまり高くは飛べないはずです」
ファルリンは、同じように隼を射落とそうとして掠りもしない人から弓と弓矢を奪い取る。
ファルリンは、流れるような動作で隼に狙いを定める。
「やめろ!子供に当たったらどうする」
ファルリンが弓で射ろうとしているところを、男が止めようとする。それをジャハーンダールが押し返した。
「鷹匠に秀でた砂漠に住む者の弓使いだ。世界一の弓使いといっても良いだろう」
ジャハーンダールが、ファルリンを守るように止めようとする男達の壁になる。
ファルリンは狙いを定め、弓を放つ。真っ直ぐに隼へと向かっていく。ファルリンが隼を追いかけながら、口の中で呪文を唱え始める。さらに矢が加速して隼|《ニスル・サギール》へと命中した。
隼と子供が空中できりきり舞ながら、地面へと落ちてくる。下は砂とは言えそのまま激突したら、無事では済まない。
誰かが魔法を使ったのか、隼と子供の落下速度がゆっくりになり、ちょうど駆けつけたファルリンの腕の中に収まった。
ファルリンは持っていた布で隼の顔を覆う。こうして視界を奪うことで隼は大人しくなるのだ。
大人しくなった隼は逃げられないように足を掴んで吊して持ち、子供を抱え上げ直した。三歳ぐらいで一人で歩けるだろうが、はやく親元に戻した方が良いだろうと、ファルリンが抱えていくことにした。
すぐにジャハーンダールがやってきた。ファルリンは扱いの難しい隼を渡すよりも、子供を渡した方が安全だろうとジャハーンダールに渡そうとすると、子供が嫌がってファルリンの頭に抱きついた。
仕方が無いので、ジャハーンダールが隼の足を掴んで釣り下げて持った。
ファルリン達がレース会場に戻ってくると、大歓声で迎えられた。みんなファルリンの驚異的な弓術と救出劇を見ていたのだ。
すぐに子供の母親が駆け寄ってきて、ファルリンとジャハーンダールにこれ以上無いというほどお礼を述べている。子供は母親に気がつくと、安心したのか火がついたように泣き出していた。
ファルリンが母親に泣きじゃくっている子供をそっと渡した。子供が母親の首に抱きつきぐりぐりと顔を母親の肩に押しつける。
「あの、お名前を」
「ラフシャーンの子、ファルリンと申します」
「ありがとうございます。この子の命の恩人です。是非、お礼を」
母親がそう言うと、野次馬達も笑顔で集まってきてファルリンやジャハーンダール達を質問攻めにしていく。
ジャハーンダールは、せっかく二人きりで遊びに来ていたのに邪魔者達に囲まれてしまった状況を打破しようとファルリンの手を握った。
「逢い引きの途中なので失礼する!」
ジャハーンダールはファルリンと手を繋いで駆けだした。背後から、野次馬達のひやかす声を聞きながら。
ファルリンは寂しそうな表情を消して、繋がれているジャハーンダールの手を引っ張った。ジャハーンダールは、逆にファルリンの手を引っ張り返す。まさか引っ張られるとは思っていなかったファルリンは、引っ張られジャハーンダールの胸に飛び込む。
「俺の前では寂しそうな顔を隠すな。俺は生まれながらのヤシャール王国人で被征服民である砂漠に住む者の窮状がわからないことが多い。ファルリンが教えてくれ」
ジャハーンダールの唇がファルリンの耳に触れる。囁くように言われた言葉に、ファルリンは心の奥がきゅっとつまみ上げられ温かくなった。
「ありがとうございます。ジャハーンダール様」
名前が聞こえてはいけないので、ファルリンはジャハーンダールと同じように声を小さくした。二人の視線が自然と至近距離で交わる。
ジャハーンダールの紫水晶の瞳にファルリンの姿が映る。ジャハーンダールの宝石のような目が優しく揺れる。
ファルリンが思わず息をのんだ。
突然、鷹匠のレース会場から悲鳴が聞こえてきた。ジャハーンダールは舌打ちをしてファルリンを解放する。
「行くぞ」
ジャハーンダールは相変わらず手を離そうとしない。ファルリンはくすくす笑いながら、ジャハーンダールと共に、騒ぎの原因を確認しに行った。
鷹匠レース会場は、人々が大勢行き交い大混乱していた。どうやら、何かから逃げているようなのだが思い思いに人々が走り出しているため、お互いにぶつかり怒号が飛び交っている。
ジャハーンダールが、避難しようとしている人を捕まえて話を聞いたところ、鷹匠レース用の隼が逃げ出して人々を襲って危害を加えているのだそうだ。
「隼は犬とは違って、こちらの指示の通りに動きません。狩りをするときに鷹匠が指示をしているように見えるのは、餌で釣っているからです。全てを捕まえるのは難しいでしょうね」
ファルリンは、深刻そうに言った。
「ファルリンはどうにかならないのか?」
数十羽の隼が思い思いに人々を攻撃している。餌だとでも思っているのだろう。
「このままだと、小さい子供が隼の餌として捕まえ……」
ファルリンの言葉が言い終わらないうちに、子供が攫われたという声が混乱ただ中の会場からあがった。人々の悲鳴も大きくなる。
隼は小さな子供であれば餌にすることもあるのだ。
「ジャハーンダール様、お側を離れますがどうかご安全なところまで避難を」
「俺も着いていくぞ。ファルリンの側以上に安全なところがあるとは思えない」
絶大な信頼をジャハーンダールから寄せられ、ファルリンは誇らしく笑った。すぐに子供を捕まえて空に飛び立った隼を追いかける。
「どうするんだ?」
「上空に舞い上がる前に弓矢で隼を射落とします。幸い、子供は重いのであまり高くは飛べないはずです」
ファルリンは、同じように隼を射落とそうとして掠りもしない人から弓と弓矢を奪い取る。
ファルリンは、流れるような動作で隼に狙いを定める。
「やめろ!子供に当たったらどうする」
ファルリンが弓で射ろうとしているところを、男が止めようとする。それをジャハーンダールが押し返した。
「鷹匠に秀でた砂漠に住む者の弓使いだ。世界一の弓使いといっても良いだろう」
ジャハーンダールが、ファルリンを守るように止めようとする男達の壁になる。
ファルリンは狙いを定め、弓を放つ。真っ直ぐに隼へと向かっていく。ファルリンが隼を追いかけながら、口の中で呪文を唱え始める。さらに矢が加速して隼|《ニスル・サギール》へと命中した。
隼と子供が空中できりきり舞ながら、地面へと落ちてくる。下は砂とは言えそのまま激突したら、無事では済まない。
誰かが魔法を使ったのか、隼と子供の落下速度がゆっくりになり、ちょうど駆けつけたファルリンの腕の中に収まった。
ファルリンは持っていた布で隼の顔を覆う。こうして視界を奪うことで隼は大人しくなるのだ。
大人しくなった隼は逃げられないように足を掴んで吊して持ち、子供を抱え上げ直した。三歳ぐらいで一人で歩けるだろうが、はやく親元に戻した方が良いだろうと、ファルリンが抱えていくことにした。
すぐにジャハーンダールがやってきた。ファルリンは扱いの難しい隼を渡すよりも、子供を渡した方が安全だろうとジャハーンダールに渡そうとすると、子供が嫌がってファルリンの頭に抱きついた。
仕方が無いので、ジャハーンダールが隼の足を掴んで釣り下げて持った。
ファルリン達がレース会場に戻ってくると、大歓声で迎えられた。みんなファルリンの驚異的な弓術と救出劇を見ていたのだ。
すぐに子供の母親が駆け寄ってきて、ファルリンとジャハーンダールにこれ以上無いというほどお礼を述べている。子供は母親に気がつくと、安心したのか火がついたように泣き出していた。
ファルリンが母親に泣きじゃくっている子供をそっと渡した。子供が母親の首に抱きつきぐりぐりと顔を母親の肩に押しつける。
「あの、お名前を」
「ラフシャーンの子、ファルリンと申します」
「ありがとうございます。この子の命の恩人です。是非、お礼を」
母親がそう言うと、野次馬達も笑顔で集まってきてファルリンやジャハーンダール達を質問攻めにしていく。
ジャハーンダールは、せっかく二人きりで遊びに来ていたのに邪魔者達に囲まれてしまった状況を打破しようとファルリンの手を握った。
「逢い引きの途中なので失礼する!」
ジャハーンダールはファルリンと手を繋いで駆けだした。背後から、野次馬達のひやかす声を聞きながら。
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