上 下
26 / 30
緑の紅玉

26.絵本の王子の偶然

しおりを挟む
 コヴェント・ガーデンのいつも買いに行っている肉屋にエーミルと一緒に向かった。エーミルは、制服の上に深い緑色のモッズコートを羽織り、赤と紺の白のタータンチェックのマフラーをしている。
 オシャレな美少年である。街を歩く人々の大半が彼を見て振り返る。中には、モデル?俳優?なんて噂をしている。
 そんなイケメン学生の隣を歩いている、地味なアジア人の私である。非常に浮いている。どう頑張ったところで姉弟には見えないし、ましてや恋人同士にしてはギスギスしている。

「エーミルは、クリスマス休暇はどうするの?」

「マリアと一緒だ」

「え?日本に来るの?」

「なぜそんなに驚く?」

「他国に興味ないと思ったから」

「興味は無いが、マリアが行くなら別だ」

 そうだ、こいつそういうやつだった。黙っていればモデルか映画スターか、という容姿だが驚くほどマリアのことしか考えていない。

 目的の肉屋に到着した。クリスマス前ということもあって、店内はクリスマスの装飾がされている。

「いらっしゃい」

 夕食の準備時に買いに来てしまったので、店内はそれなりに混んでいる。バイトが数名、客の相手をしていた。

「予約をした七面鳥を引き取りに来たんだけど」

 私は引き替え伝票を見せながら、店員に伝える。店員は、伝票を確認して店の奥へと向かった。
 店員は、まるまる太った大きな七面鳥を一匹店の奥から持ってきた。慣れた手つきで七面鳥を油紙で包装した。

「はい。どうぞ」

「ありがとう」

 カードで支払いを済ませて、七面鳥を受け取る。横から手が伸びてきて、エーミルが七面鳥を私の手から奪い取る。エコバックに七面鳥を入れた。
 私に重い荷物を持たせない、ということをエーミルは普通にできる。とても紳士的なのだ。

「ほかには?」

「マーケットで野菜を買うの」

 次に向かったのは、コヴェントガーデン通りでいつも開催しているマーケットだ。新鮮な野菜がいつも並んでるし、日本では見たことがない野菜も手に入る。

 メモには、セロリアックと書いてあったので白くてハンドボールぐらいの大きさの根セロリに手を伸ばす。隣からも手が伸びてきて、同じ商品を手に取ろうとしているようだ。私は、誰だろうと思わず長い腕をたどって手の主を確認した。

「あ」

「やあ」

 相手も同じ事を思ったようで、私たちはセロリアックを挟んで向き合っていた。色白の細面の顔に、優しい色合いの金髪。少し垂れ目気味の空色の瞳には私がうつっている。スポットライトが当たっているわけではないのに、全体的に絵本のキラキラ王子オーラがでている人だ。
 この人は名前は知らないが良く街中で会うし、ぶつかるし、でも危ないときには助けてくれた紳士的な人だ。
 私の中では、「絵本王子」と呼んでいる。

「君も買い物?」

 絵本王子は、声も良い声だ。聞きやすくて良く通る。
「はい。クリスマスディナーの買い物で……」

 あまりのイケメンぶりに、多少声が上ずりながら話していると、エーミルが背後から私のお腹に手を回して抱きついてきた。

「ねぇ、マリアが心配するから早く買い物して帰ろう」

 エーミルは私より背が高いので、小さい子供のお強請りというより大型犬にしがみつかれているような感じだ。エーミルは普段からこういうことを私に対してするようなタイプじゃないし、マリアは買い物に行った私が帰ってくるか心配なんかしない。
 何を考えているのか?と私がエーミルを見上げると、エーミルは警戒心むき出しで絵本の王子を睨み付けている。

「ああ……ごめんなさい。ルームメイトの親戚の子なんだけど。はやく買い物して帰ろうと思うの」

「こちらこそ、ごめんね」

 絵本の王子は善良な人で、申し訳なさそうに逆に謝ってくれた。私はセロリアックを買ったが、絵本の王子は買わないで人混みに紛れていった。

「セロリアック買わなくていいのかな?」

「君ね。注意しろよ。あの男、君がいたからセロリアックに手を伸ばして注意を引いたんだ」

「えー?まさか。私のことなんか、ちんちくりんのアジア人ぐらいにしか思ってないんでは?」

 英国にきて、人種差別される側になった。日本では基本的に同じ人種の人が大半を占めているから感じない疎外感を英国では感じる。アジア人を蔑視するような発言をいちいちしてくる人も居るし、『ただし美人はコーカソイドに限る』みたいなことを言う人も居る。もちろん、そういったことを言わない人も居るけれど、この間別れた彼氏は、「金髪碧眼白人巨乳」が好きでたまらないが、アジア人を味見してみたいという人だった。
 別れて良かったと思っているが、日本人であることがコンプレックスになるとは思ってもみなかった。
 元カレの所為で、金髪碧眼白人イケメンは女の好みに関しては信じられない。アジア人は味見したいだけだろ?って疑う。

「まー、そう思ってるなら良いよ。知らない男には気をつけて。君、妙な人間に目を付けられて毒薬をロシアンルーレットしたの忘れたの?」

 エーミルは、色々な野菜が沢山入ったエコバックを私の手から奪い取ると意地悪そうに、目を細めた。

「忘れてない」

「よろしい。人間なんて脆いんだ。すぐに死んだら、マリアが悲しむから許さないよ」

 エーミルなりの優しさに触れて、私は少しだけ気分が上がった。今日の夕飯にはエーミルの好きな物を作ってあげようかな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産

柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。 そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。 エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。 そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。 怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。 悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

自殺のち他殺

大北 猫草
ミステリー
【首吊り自殺した女性が刺殺体で見つかった!?】 モデルをしている花山香が、失踪から一ヶ月後に刺殺体で見つかった。 容疑者として逮捕された田中満は、花山香と交際していたと供述する。 また、彼女は首を吊って自殺をしていたとも主張しており、殺害に関しては否認していた。 不可解な状況はいったいどうして生まれたのか? 会社の後輩で田中に恋心を寄せる三船京子、取調べを行う刑事の草野周作を巻き込みながら事件は意外な結末を迎える。

ギ家族

釧路太郎
ミステリー
仲の良い家族だったはずなのに、姉はどうして家族を惨殺することになったのか 姉の口から語られる真実と 他人から聞こえてくる真実 どちらが正しく、どちらが間違っているのか その答えは誰もまだ知ることは無いのだった この作品は「ノベルアッププラス」「カクヨム」「小説家になろう」

朱糸

黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。 Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。 そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。 そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。 これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話

壁の花は謎を解く

しぎ
ミステリー
パーティ会場の隅で壁の花となった令嬢。彼女に話しかけた青年は次々と風変わりな問題を出し始めた… ウミガメのスープ風謎解きです。

私が愛しているのは、誰でしょう?

ぬこまる
ミステリー
考古学者の父が決めた婚約者に会うため、離島ハーランドにあるヴガッティ城へと招待された私──マイラは、私立探偵をしているお嬢様。そしてヴガッティ城にたどり着いたら、なんと婚約者が殺されました! 「私は犯人ではありません!」 すぐに否定しますが、問答無用で容疑者にされる私。しかし絶対絶命のピンチを救ってくれたのは、執事のレオでした。   「マイラさんは、俺が守る!」 こうして私は、犯人を探すのですが、不思議なことに次々と連続殺人が起きてしまい、事件はヴガッティ家への“復讐”に発展していくのでした……。この物語は、近代ヨーロッパを舞台にした恋愛ミステリー小説です。よろしかったらご覧くださいませ。  登場人物紹介    マイラ  私立探偵のお嬢様。恋する乙女。    レオ  ヴガッティ家の執事。無自覚なイケメン。    ロベルト  ヴガッティ家の長男。夢は世界征服。    ケビン  ヴガッティ家の次男。女と金が大好き。    レベッカ  総督の妻。美術品の収集家。  ヴガッティ  ハーランド島の総督。冷酷な暴君。  クロエ  メイド長、レオの母。人形のように無表情。    リリー  メイド。明るくて元気。  エヴァ  メイド。コミュ障。  ハリー  近衛兵隊長。まじめでお人好し。  ポール  近衛兵。わりと常識人。  ヴィル  近衛兵。筋肉バカ。    クライフ  王立弁護士。髭と帽子のジェントルマン。    ムバッペ  離島の警察官。童顔で子どもっぽい。    ジョゼ・グラディオラ  考古学者、マイラの父。宝探しのロマンチスト。    マキシマス  有名な建築家。ワイルドで優しい  ハーランド族  離島の先住民。恐ろしい戦闘力がある。

処理中です...