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最終章
2話——緊急招集軍法会議
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フェリシモール王国、その王都のほぼ中心部にある王城。
堅牢な城壁を潜り抜けながら、アルクは愛馬の上から眼前の大階段を見据えていた。
街へ入る際の検問も、城壁を抜ける際の検問もスルーしてきた。
いくら王族の乗る馬車とは言え、現在の状況下において、通常なら有り得ない。おそらくハインヘルトの手腕である。
と言う事は、事の次第も既にある程度報告なされている筈だ。
その証拠に、大階段で我々を待っているのは国王陛下の右腕、宰相様である。
いつにも増して眉間に皺が深く深く刻まれている事だろう。
「これは、会議室直行ですね…」
隣を駆けているレンが重い口を開いた。覚醒してからというもの、様々な面で急成長を遂げている優秀な部下に思わず口角が上がる。
「全く…時間が惜しいと言うのにな…」
足を踏み入れた城内はいつもに増して慌ただしい。
大階段で我々を待ち受けていた宰相様は、開口一番に「緊急で開かれる軍法会議への参加」を告げて来る。上層部からの召集命令だった。
宰相様に続き、無駄に長い通路を歩く。
隣にはハワード、後ろにはレンとソラ。
その更に後ろには少し顔色の悪いエトワーリル嬢が続いている。
本来であれば、女性の参加は許されないのだが、緊急事態である事、事件の目撃者である事を理由にリル嬢が一歩も譲らず、今に至っている。
魔王が出現したという噂は、既に城内へ広まっているようだ。
そこかしこから「勇者が倒れ巫女が拐われた」「世界の終わりだ」等と、囁くような会話が聞こえている。
「これは大変な事になりそうだ」
「何を今更」
わざとらしく鼻を鳴らすハワードに、いつもの憎まれ口を叩いてしまう。
そんな我々のやり取りに、呆れるようにレンが口を挟んでくる。
「余裕こいてる場合じゃ無いですよ」
重苦しくピリついた空気の張り詰めた会議室には、国の重鎮と各師団長が勢揃いしていた。
総隊長とルーベルさんの席は空いている。
正面に鎮座する国王陛下へ挨拶をし、ハワードが経緯を説明した。
想像はしていたものの、いつも理詰めで黙らされる仕返しとばかりに大臣達の激しい叱責が飛んでくる。
「魔王討伐隊の面々がいたにも関わらず、巫女が拐われたなどと、どう責任を取るつもりか!」
「それだけでも大変な事なのに、勇者まで倒れたと言うでは無いか!」
「討伐隊の連中は一体何をしていたのか!」
「あちらの戦力も削っている。幸いな事に民間人の死者も出なかった。ただ黙ってやられた訳では無い」
「どのみち巫女は喰われ、魔王が完全復活を果たす! 時間の問題だ!」
無意識に拳に力が入る。わなわなと震え感覚が麻痺した。
「このまま勇者が目覚めなければ、勝機など無いではないか!!」
「過去の勇者達がどのように戦ったのか、調査している所だ。今後に繋がるヒントが有るかもしれない」
「ヒントがあった所で何が出来ると言うのだ! お前達の軽率な行いのせいで、国が! 全人類が滅亡するのだぞ!!」
もう負けたかのような言い草だ。
我々は誰一人諦めてなどいないというのに。
ハワードが口を開きかけた時、間をツカツカと通り抜け、師団長や大臣達の座る席へ真っ直ぐ向かって行くリル嬢を見た。
長机の前に立つと、バン!! と大きな音を立て、両手で机を殴りつけたのだ。
聞いている此方の体がブルリと震える程の勢いだ。
睨み付けられた大臣達の数名はビクリと肩を大きく揺らし、師団長達も流石に驚いたのかリル嬢を凝視したまま固まっている。
「大変失礼を致しました」
次の瞬間には、美しい笑顔を貼り付け、ドレスを摘んで優雅に会釈している。
会議において許される事のない発言に、リル嬢の父であるツェヴァンニ大臣の顔がみるみる青ざめていく。
「禁忌を承知で発言をお許しくださいませ陛下。どんな厳罰も甘んじてお受け致します」
有り得ない事態に、大臣の顔色が今度は真っ赤に変色していく。
「ひ…控えよ!!」
娘の暴挙に我が目を疑うと言ったご様子だ。
「発言を許可する」
怒鳴りつけた大臣を制したのは、驚くべき事に国王陛下だった。
「しかし陛下——」
「国王陛下の寛大な御心に感謝致します」
リル嬢は再び優雅に会釈をすると、表情を引き締め大臣達を見据えた。
「えみは、黒の巫女である前に、私の大切な友人です。そしてそれは、彼等にとっても同じ事」
静まり返った室内に、リル嬢の凛とした声が響いている。
「貴方方は目の前で恋人であり、大切な友であり、仲間である人を拐われて、心中あまりある彼等を責めるだけでは飽き足らず、自分達の無能振りまで彼等のせいにしようと言うのですか?」
「何を——」
「私は、彼等の戦う姿を目の当たりにしました」
此方を睨む魔族の紅い瞳が頭から離れない。
自分に魔力など無くても分かる。対峙した時の威圧や恐怖に、体の奥底から震えが起こった。
「皆、力の無い人間を守る為に、自らが傷付く事を厭わず、強大な敵へ臆する事なく向かっていったのです」
師団長の面々はリル嬢へ真っ直ぐに眼差しを向けている。
対して先程まで怒り狂っていた大臣達の中には俯く者や目を逸らす者がいた。
「彼等がずっと命をかけて国の為に戦っていた時、貴方方は何をしましたか? 少しでも彼等の力になろうとしましたか? 力になろうとしたならば、未だ教会から協力を勝ち得ていないのは何故ですか? それを無能と言わずに何と言いますか!!」
——どうやら私は、この女をずっと誤解していたようだ
小さく震える肩へ、ハワードが優しく手を乗せる。
「もういい」
側に寄り添うハワードを見上げたリル嬢は、途端に表情を歪め、大きな瞳からは遂に大粒の涙が溢れ落ちた。
声を殺し、両手でスカートを握りしめ、俯く彼女が言葉を紡ぐ。
「私は……悔しいのです」
「あぁ」
「大切な人の為に……何も出来ない、自分が……恥ずかしくて……悔しい……っ……」
「分かっている」
ハワードが彼女の肩を抱き、扉付近に控えていたハインヘルトの名を呼ぶ。
「彼女を部屋へ。処分は追って通達する」
二人が退出するのを見届け、ハワードへ視線を移す。彼の眼差しもこちらにあった。考えている事はどうやら同じのようだ。ニヤリと笑みを交わす。
もう吹っ切れたかのような何かを企むかのような黒い笑みがそこにはある。
いいさ。とことん付き合うよ。
レンへ視線を向けると、肩をすくめて笑みを浮かべている。
「もう既に諦めてますよ」と顔に書いてあった。
本当に出来た部下を持ったものだ。
「我々もこれで失礼します。今は時間が惜しいもので」
陛下へ向かって礼の姿勢を取る。
「何だと?」
「話はまだ——」
「我々の処分は決定次第通達してください」
「未来の妻にあそこまで言わせてしまった自分の力量不足が情けない。やるべき事は山程あるのでね」
「待ちなさ——」
「もう一度言う」
尚も引き止めようとする大臣をハワードが睨み付けた。
彼等が今度こそ沈黙する。
「時間が惜しいので。我々はこれで失礼します」
そうだ。
すべき事は沢山ある。
無駄な時間をかけている暇等ないのだから。
拳を握りしめ、開かれた扉の奥を見据える。
えみ、すまない。
必ず迎えに行くから。
だからもう少しだけ待っていて欲しい。
堅牢な城壁を潜り抜けながら、アルクは愛馬の上から眼前の大階段を見据えていた。
街へ入る際の検問も、城壁を抜ける際の検問もスルーしてきた。
いくら王族の乗る馬車とは言え、現在の状況下において、通常なら有り得ない。おそらくハインヘルトの手腕である。
と言う事は、事の次第も既にある程度報告なされている筈だ。
その証拠に、大階段で我々を待っているのは国王陛下の右腕、宰相様である。
いつにも増して眉間に皺が深く深く刻まれている事だろう。
「これは、会議室直行ですね…」
隣を駆けているレンが重い口を開いた。覚醒してからというもの、様々な面で急成長を遂げている優秀な部下に思わず口角が上がる。
「全く…時間が惜しいと言うのにな…」
足を踏み入れた城内はいつもに増して慌ただしい。
大階段で我々を待ち受けていた宰相様は、開口一番に「緊急で開かれる軍法会議への参加」を告げて来る。上層部からの召集命令だった。
宰相様に続き、無駄に長い通路を歩く。
隣にはハワード、後ろにはレンとソラ。
その更に後ろには少し顔色の悪いエトワーリル嬢が続いている。
本来であれば、女性の参加は許されないのだが、緊急事態である事、事件の目撃者である事を理由にリル嬢が一歩も譲らず、今に至っている。
魔王が出現したという噂は、既に城内へ広まっているようだ。
そこかしこから「勇者が倒れ巫女が拐われた」「世界の終わりだ」等と、囁くような会話が聞こえている。
「これは大変な事になりそうだ」
「何を今更」
わざとらしく鼻を鳴らすハワードに、いつもの憎まれ口を叩いてしまう。
そんな我々のやり取りに、呆れるようにレンが口を挟んでくる。
「余裕こいてる場合じゃ無いですよ」
重苦しくピリついた空気の張り詰めた会議室には、国の重鎮と各師団長が勢揃いしていた。
総隊長とルーベルさんの席は空いている。
正面に鎮座する国王陛下へ挨拶をし、ハワードが経緯を説明した。
想像はしていたものの、いつも理詰めで黙らされる仕返しとばかりに大臣達の激しい叱責が飛んでくる。
「魔王討伐隊の面々がいたにも関わらず、巫女が拐われたなどと、どう責任を取るつもりか!」
「それだけでも大変な事なのに、勇者まで倒れたと言うでは無いか!」
「討伐隊の連中は一体何をしていたのか!」
「あちらの戦力も削っている。幸いな事に民間人の死者も出なかった。ただ黙ってやられた訳では無い」
「どのみち巫女は喰われ、魔王が完全復活を果たす! 時間の問題だ!」
無意識に拳に力が入る。わなわなと震え感覚が麻痺した。
「このまま勇者が目覚めなければ、勝機など無いではないか!!」
「過去の勇者達がどのように戦ったのか、調査している所だ。今後に繋がるヒントが有るかもしれない」
「ヒントがあった所で何が出来ると言うのだ! お前達の軽率な行いのせいで、国が! 全人類が滅亡するのだぞ!!」
もう負けたかのような言い草だ。
我々は誰一人諦めてなどいないというのに。
ハワードが口を開きかけた時、間をツカツカと通り抜け、師団長や大臣達の座る席へ真っ直ぐ向かって行くリル嬢を見た。
長机の前に立つと、バン!! と大きな音を立て、両手で机を殴りつけたのだ。
聞いている此方の体がブルリと震える程の勢いだ。
睨み付けられた大臣達の数名はビクリと肩を大きく揺らし、師団長達も流石に驚いたのかリル嬢を凝視したまま固まっている。
「大変失礼を致しました」
次の瞬間には、美しい笑顔を貼り付け、ドレスを摘んで優雅に会釈している。
会議において許される事のない発言に、リル嬢の父であるツェヴァンニ大臣の顔がみるみる青ざめていく。
「禁忌を承知で発言をお許しくださいませ陛下。どんな厳罰も甘んじてお受け致します」
有り得ない事態に、大臣の顔色が今度は真っ赤に変色していく。
「ひ…控えよ!!」
娘の暴挙に我が目を疑うと言ったご様子だ。
「発言を許可する」
怒鳴りつけた大臣を制したのは、驚くべき事に国王陛下だった。
「しかし陛下——」
「国王陛下の寛大な御心に感謝致します」
リル嬢は再び優雅に会釈をすると、表情を引き締め大臣達を見据えた。
「えみは、黒の巫女である前に、私の大切な友人です。そしてそれは、彼等にとっても同じ事」
静まり返った室内に、リル嬢の凛とした声が響いている。
「貴方方は目の前で恋人であり、大切な友であり、仲間である人を拐われて、心中あまりある彼等を責めるだけでは飽き足らず、自分達の無能振りまで彼等のせいにしようと言うのですか?」
「何を——」
「私は、彼等の戦う姿を目の当たりにしました」
此方を睨む魔族の紅い瞳が頭から離れない。
自分に魔力など無くても分かる。対峙した時の威圧や恐怖に、体の奥底から震えが起こった。
「皆、力の無い人間を守る為に、自らが傷付く事を厭わず、強大な敵へ臆する事なく向かっていったのです」
師団長の面々はリル嬢へ真っ直ぐに眼差しを向けている。
対して先程まで怒り狂っていた大臣達の中には俯く者や目を逸らす者がいた。
「彼等がずっと命をかけて国の為に戦っていた時、貴方方は何をしましたか? 少しでも彼等の力になろうとしましたか? 力になろうとしたならば、未だ教会から協力を勝ち得ていないのは何故ですか? それを無能と言わずに何と言いますか!!」
——どうやら私は、この女をずっと誤解していたようだ
小さく震える肩へ、ハワードが優しく手を乗せる。
「もういい」
側に寄り添うハワードを見上げたリル嬢は、途端に表情を歪め、大きな瞳からは遂に大粒の涙が溢れ落ちた。
声を殺し、両手でスカートを握りしめ、俯く彼女が言葉を紡ぐ。
「私は……悔しいのです」
「あぁ」
「大切な人の為に……何も出来ない、自分が……恥ずかしくて……悔しい……っ……」
「分かっている」
ハワードが彼女の肩を抱き、扉付近に控えていたハインヘルトの名を呼ぶ。
「彼女を部屋へ。処分は追って通達する」
二人が退出するのを見届け、ハワードへ視線を移す。彼の眼差しもこちらにあった。考えている事はどうやら同じのようだ。ニヤリと笑みを交わす。
もう吹っ切れたかのような何かを企むかのような黒い笑みがそこにはある。
いいさ。とことん付き合うよ。
レンへ視線を向けると、肩をすくめて笑みを浮かべている。
「もう既に諦めてますよ」と顔に書いてあった。
本当に出来た部下を持ったものだ。
「我々もこれで失礼します。今は時間が惜しいもので」
陛下へ向かって礼の姿勢を取る。
「何だと?」
「話はまだ——」
「我々の処分は決定次第通達してください」
「未来の妻にあそこまで言わせてしまった自分の力量不足が情けない。やるべき事は山程あるのでね」
「待ちなさ——」
「もう一度言う」
尚も引き止めようとする大臣をハワードが睨み付けた。
彼等が今度こそ沈黙する。
「時間が惜しいので。我々はこれで失礼します」
そうだ。
すべき事は沢山ある。
無駄な時間をかけている暇等ないのだから。
拳を握りしめ、開かれた扉の奥を見据える。
えみ、すまない。
必ず迎えに行くから。
だからもう少しだけ待っていて欲しい。
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