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第3章

21話—砂漠の街、シムラクルムへ

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 アルクさんが目覚めてから3日。
 調査部隊一行は、シャルくんの転移魔法陣により、再びバサルテスの村へやって来た。

 此処から本来の目的地である『シムラクルム』を目指す。
 山一つ分越えればいよいよ砂漠地帯へ突入する。

 メンバーは変わらず、以前バサルテスへ来た時のままだ。
 アルクさんは王都へ残る選択肢を当然のように破棄し、ハワード様より支給された新しいローブを纏い此処に居る。

 私も残ってもいいと言われたけれど、やっぱり皆と行く事を選んだ。
 そもそも私が炊き出ししなきゃの任務だし、最後まで見守ると自分で決めたしね。

 またあんな事があったら…そう考えると怖いけど、自分の知らない所で皆に何かあったり、大怪我したと知らされる方がもっと怖い。
 近くにいれば力になれる事があるかもしれないし、それにやっぱりソラの存在は大きい。
 だから出来る事をする為に、後悔しない為にも、行く事を決めた。

 ソラには全力で守ってもらおうと思いますが。



「砂漠の街も魔物の襲撃にあったんですよね?」

 馬に揺られながら、私の前で手綱を握る彼を見上げる。

「ええ。イーリスよりは被害が少なかったようですが、騎士団が既に復興に向かっています」

 馬を操るのはルーベルさんだ。
 そう。
 アルクさんでは無く、ルーベルさん。
 折角気持ちを伝えて、改めて婚約して、ちょっと恋人らしくいられるかと思っていたら、ルーベルさんからストップ掛かりました。

 何故か。
 アルクさんの激甘仕様の態度が原因らしいです。
 普段の団長姿からは想像もつかないような甘々オーラで、騎士団の皆さんが驚愕ならびに胸焼けしてしまい、現実を受け入れられずに困惑してしまう為、調査団として活動している間は接近禁止命令が出されてしまいました。

 ちょっと残念ですが、私達には大事な任務があるので…仕方ないですね。
 はぁーーーあ。

「あからさまに溜め息つかないでもらえますか? 本当に分かりやすい」

 ニヤリな流し目頂きました。今日もイケメンですね。

「あ、すいません! 無意識でした」

「まぁ、仲直り出来て良かったです」

「…はい。その節は色々とご心配をお掛けしました」

 本当に、色んな人に心配を掛けていた自覚があるだけに、申し訳ないやら照れ臭いやらでいたたまれないのだ。
 そんな私の心情を察してか、ルーベルさんはクスクス笑っている。

「心は決まったんですね」

「はい! 時間掛かっちゃいましたけど」

「そうですか。アルの相手は大変だと思いますが、頑張ってください」

「え?」

 何かどこかで聞いたセリフだな。
 何処だったかな。

「えみさんならきっと大丈夫ですよ」

 ルーベルさんにしては珍しく説得力皆無ですね。

「それより、そろそろ見えますよ」

 そう言われて、ルーベルさんの後ろから顔を覗かせ前方へ視線を向けた。
 まさに林道を抜け、眼前に砂漠地帯が目視で確認出来る位置へとやって来た所だった。

 林道では生い茂る緑が日光を遮ってくれていたが、一面砂の海の此処は灼熱と化している。
 遮られる事のない陽光が容赦なく砂を熱し、湯気のような熱気が立ち上るのが肉眼で確認出来た。

「少し行った所に村があります。そこで馬を預けましょう」

 日除けのフードを被り、一行は最初の砂漠の村へ向かった。

「急に砂漠が広がっているんですね」

「ここは千年前、魔王軍と勇者パーティーが死闘を繰り広げた戦地だと言われています」

「え? そうなんですか?」

「激しい戦闘によって緑や大地が消失し、砂地と化したと伝わっています」

「ここで…」

 私と同じように日本からやってきた巫女や、レンくんのご先祖様、そして聖剣を賜った勇者達が命を掛けて戦った場所。
 当時の巫女はどんな思いでこの場所に立ったのだろう。
 今の私と同じように不安や恐怖を抱いていたのかな。


 砂に覆われた陸路を進むと直ぐに小さな村に到着した。
 此処で馬を降り、砂地を進むに特化した『オールム』へと乗り換える。
 馬より一回り大きく、三又の平たい蹄を持ち、全身を長い毛で覆われたオールムは、コブこそ無いがラクダのような役割を担う、砂地では重要な移動手段だ。
 この子達の足なら通常の陸路を馬で行くように、砂漠の真ん中を突っ切る事が出来るのだそうだ。

 シムラクルムは、この砂漠地帯のほぼ中央に位置し、唯一水の湧き出るオアシスを街として発展させた場所だ。
 山岳地帯や平地にある街や村と、港のある街を繋ぐ重要な中継地点となる。
 その為、調査部隊の任務は炊き出しと魔力持ちの勧誘の他に、街の復興の妨げになっている魔物の群れの殲滅も必須事項であり、シムラクルム周辺の調査も含まれている。
 一刻も早くオアシスの街へ辿り着く為、一行は休憩もそこそこに小さな村を後にした。


 そろそろシムラクルムの街が目前という所、巨石がゴロゴロと散乱している地帯に差し掛かった所で、シャルくんがオールムの足を止めた。

「誰か倒れてる!」

 その声に、彼が指差す先を見ると、私の背丈よりも大きな岩の上にひとりの女性が横たわっていたのだ。

「大変!」

「暑さで体調が悪くなったのかも」

 シャルくんと、一緒に乗っていたマーレが彼女の元へ向かった。

「救助して街へ運びましょう」

 私もルーベルさんと共に二人へ続く。
 それにしても何でこんな所に倒れているのか。
 近付くと益々岩の大きさに驚く。

 というか、どうやってあそこまで登ったの……?

 シャルくんとルーベルさんがいとも簡単に登っていくのを、マーレと眺めた。
 私達にはとても真似出来ないので見守る事にする。

「大丈夫か!?」

「お嬢さん、大丈夫ですか? 聞こえますか?」

 ふたりが声を掛けると倒れていた女性が目を開けた。
 ゆっくりと体を起こすと不思議そうに彼等を見ている。

「…何か、御用でしょうか」

「御用って…、え?」

 困惑しているシャルくんの代わりにルーベルさんが声を掛ける。

「大丈夫なのですか? てっきり具合が悪いのかと」

「まぁ。親切な旅人さん。ご心配ありがとうございます。休んでいただけですので、大丈夫ですわ」

 ふわりと妖艶な笑みを浮かべて微笑む女性。
 この地特有のものなのか、アイメイクは赤の強い紫で、口紅は赤ワインのように濃い紅。
 切長の瞳が色気を倍増させ、長くて緩くウェーブのかかった髪が胸に落ち掛かり、見るからに大人のお姉さんといった風貌だ。

 そして、衣裳がなんともセクシーだ。
 え、ブラジルから来ました?
 リオのカーニバルの踊り子さんですか?
 などと聞きたくなってしまうような、面積がまぁ小さい、バディラインを強調しまくりの布地が申し訳程度に張り付いている。
 流石に背中に羽根は付いていなかったが、そんな格好のセクシー美女が巨石に横たわり「休んでた」って。
 そりゃ「え?」ってなるよ?
 シャルくんの頭にハテナも飛ぶよ!

 後から追いついて来た男どもの視線を独り占めして、ルーベルさんに手を取られ、ゆっくり立ち上がると、華麗に岩から降りてくる。

「女性も居るのね。団体の旅人さん?」

 綺麗な人。
 女子も見惚れるセクシー美女に目を奪われていると、隣でマーレが声を上げる。

「…! 貴女はあの時の!」

 その声にセクシー美女がマーレへ近付いてくる。

「あら。あなた…もしかしてイーリスで会った水の精霊のお嬢さん?」

「やっぱり! 私を助けてくれた旅人のお姉さんですよね!?」

 マーレを助けたって…それじゃぁ…

「では貴殿がイーリスが襲われた時に居合わせたと言う旅の者か? 話に寄ると結界を張り、街への魔族の侵入をたったひとりで防いだという?」

 ハワード様が声を掛けると、セクシー美女は妖艶な笑みを浮かべて頷いた。

「プラーミァと申します」

 この人が…
 てっきり神官のようなお堅い人物を想像していた。

「あなた方は? ただの旅人さんじゃなさそうね」

 彼女の視線が私とマーレ、それから少し離れた所にお座りしているソラへと向けられる。

「失礼しました。我々は王都から派遣されてきた調査団です。私はルーベル。此方はフェリシモール王国第二皇子のハワード様です」

「まぁ。皇子様自ら」と言いながらプラーミァさんの視線が、ハワード様とその隣にいたアルクさんへ注がれる。

「遠路はるばる、ようこそシムラクルムへ」

 そう言いながらお辞儀をする様は、まるで舞でも舞うかのように優雅で軽やかだ。

「とにかく此処ではゆっくり話も出来ませんので、共に街まで参りませんか?」

 ルーベルさんの提案にプラーミァさんが同意し、彼女を連れてシムラクルムへ向かう事となった。

 ルーベルさんのオールムにプラーミァさんを乗せる為、さてどうしたものかと思っていると、アルクさんに腕を引かれる。

「おいで」

 そして軽々と片手で私の体を浮かせると、背中をすっぽりと包まれてしまった。

「接近禁止は良いんですか?」

 アルクさんを伺い見ると、彼がクスクス笑って前方を指差す。

「皆、あちらが気になり過ぎて、こっちは誰も見てないよ」

 指差す方へ顔を向けると、ルーベルさんがプラーミァさんの手を引き、自分のオールムへ乗せると、笑顔を浮かべて話しているところだった。
 そんな様子に彼の部下達は本当に困惑しているようだ。
 女性に全く興味無かったルーベルさんの意外な一面を垣間見てしまったのだ。無理もない。

 それにしても美男美女が絵になり過ぎていて、いっそ神々しいくらいですが。
 他の人同様にふたりに釘付けになっていると、アルクさんの腕が腹部へと回された。

「落ちるといけないからね」

 暑さのせいか、アルクさんのせいか、はたまたルーベルさんの意外性か。
 盛大に鳴り続ける心臓の鼓動を感じながら、私達は遂に、シムラクルムの街へと到着したのだった。
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