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第3章

16話—なんだか段々腹が立ってきました。

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「えみ達、大丈夫かなぁ」

 岩と岩の間、ふたりで身を隠すには少し狭い空間で、シャガールとマーレが肩を寄せ合っていた。
 岩の切れ目からは吹き荒れる風で雪の降り方がおかしいな事になっている。
 シャガールの結界のおかげで風が吹き込む事が無いだけありがたいが、冷たい岩はじわじわとマーレの体温を奪っていく。

「レンが付いてる。きっと大丈夫だ」

 謎の魔力が辺りに充満していて、上手く気配が掴めない。
 おそらくこの森へも誘導された。
 目的はソラを引き離し、えみへ接触する為。
 村の襲撃は誘き出す為の罠だったのだろう。
 はめられたのだ。

 謎の魔力がえみの体を覆う瞬間、獣人と化したレンが反応したのを見た。
 森に立ち込める魔力が解かれていない事からも、えみはまだ無事の筈だ。

 頼むから一緒であってくれ。

 無意識に拳に力が入る。

「シャルくん、痛いよ」

「わっ! ごめん!」

 どうやら握ったままのマーレの手を、握り潰す所だったようだ。
 とにかく今はここを出る方が危険だと判断し、少しでも体を休める事に集中した方が良さそうだ。
 シャガールがマーレへと視線を向けると、すぐ側で触れ合っている肩が震えている事に気が付いた。

「寒いか?」

「ん…へーき」

 嘘つけ。震えてるくせに。

 シャガールはその場へ胡座をかくと、ポンポンと叩いて合図を送る。

「来いよ」

 は? とばかりに呆けたマーレは、その意味を理解して赤面すると、ぶんぶんと首を振り回す。

「いいいいいいよっ!!」

「バカ。無理すんな」

 腕を掴んで引き寄せると、半ば強制的に自分の膝へ乗せマーレの腹部へ腕を回す。
 更に自分の火の精霊を呼ぶと、イグニスは嬉しそうにふよふよ現れ、マーレの膝へちょこんと座った。

「…あったかい…」

 イグニスはマーレを見上げながらニコニコと嬉しそうに収まっている。
 無邪気な笑顔に此方まで頬が緩んでしまう。
 前も背中も温かくて、なんだかホッとした。
 状況は何も変わっていない筈なのに、あんなに胸を埋め尽くしていた恐怖心が和らいでしまったのだ。

 ホント…凄い人だなぁ。

「寒い時は寒いって言えばいいし、怖い時は怖いって言え。無理して意地張るな」

 頭の上から降ってくる声に涙が滲む。
 イーリスに居た時とは違い過ぎる日常に戸惑いを感じていた。
 不安は沢山あったけど、それを口にしてはいけない気がしてたのだ。

「女将さんと約束した。マーレには絶対指一本触れさせない。…俺を信じろ」

 声が震えてしまいそうで、小さく頷くだけにした。
 頬は熱いし、胸もドキドキいっている。
 自分が特別な訳じゃない。
 この人は、きっと誰にでも同じようにするんだろうな。

 けど……

 本当に側に居たいのは……あんな風に手を引きたかったのは、きっと——
 そう考えずにはいられなくて、ドキドキ鳴っている心臓に小さな棘が当たっているかのようにずっと奥の方がチクチクと痛んだ。






「……っうぅ……」

 目が覚めると、薄暗い場所に居た。

「ここ、は…」

 起き上がると辺りを見回す。
 ローブが敷かれた上で横になっていたようだ。
 洞窟なのか、入り口から少し離れた場所におり、側には火が起こしてある。
 奥の方へ通路が続いているのか、まるで真っ暗な闇が口を開けているように見えてしまい、恐怖心が煽られた。
 入り口へ目をむけると、季節外れの雪が渦巻いているのが見える。
 とても出て行く気にはなれない。

 寒さのせいか、恐怖のせいか、足元からブルリと震えが起こる。

「起きたか?」

 洞窟の奥から声がして、振り返るとレンくんが此方へ歩いて来ている所だった。偵察してくれていたのだろうか。

「レンくん」

「怪我は?」

 首を振り、側へ腰をおろす彼を見る。

「大丈夫。助けてくれて本当にありがとう」

 お礼を述べると、彼がフッと表情を崩す。
 炎の優しい光に照らされて、なんて言うか、まぁイケメン!

「レンくんこそ背中大丈夫なの? 沢山攻撃受けたでしょう?」

 私にまで衝撃が伝わったくらいだ。かなりの威力だった筈だ。

「シャルから防御壁の魔力操作の方法教わってたから、大した事ない」

「え? そうなの? …あれ、大した事ないんだ…」

 そういえば忘れてたけど、シャルくんて規格外だったなぁ。
 …そういえば忘れてたけど、レンくんが力を解放したらシャルくんにも劣らないって、ソラが言ってたなぁ。
 ……レンくんも規格外なんだろうなぁ……

「あいつ、何て言ってた?」

「え?」

「言葉、交わしたんだろ?」

 マフィアスの事だよね。

「ホントにお前が巫女かって」

「………」

 いいの。分かってるから。
 そんなに複雑そうな顔しないで。

「あの方の望むまま、お前を連れて行くだけだって、そう言ってた」

「やっぱり…そうか…」

「私狙いなんだよね?」

「だろうな」

 あの紅い瞳を思い出す。
 何の感情も読み取れなかった視線は、ただその辺に落ちているような石でも見るかのように此方へ向けられていた。
 彼等からしたら、人も石ころも同じ『モノ』なんだろう。
 その事がとても恐ろしく感じられた。

「えみ…——」
「ソラともはぐれちゃって、どうしよう…だいたいマフィアスって魔王の側近でしょ? そんな人がなんでって感じだよねー。いきなりナンバー2とか、ないわー!」

 震えそうになるのを誤魔化すように声を出す。

「行くなよ」

「え…」

 鋭い声に驚いてそちらへ視線を向ければ、オレンジの光に揺らめくエメラルドグリーンが此方へ向けられていた。
 その美しさに目を奪われる。

「俺が死んだとしても、仲間の誰かが犠牲になったとしても、えみだけは絶対行くな。約束しろよ」

 仲間の誰かが?
 死ぬ……?
 私のせいで……?
 震える手をぎゅっと握った。

「何の為に今居るのか忘れんな」

 今私達がここに居るのは魔王を倒して平和な日常を取り戻す為。
 魔王は未だ完全では無くて、あちこちから魔力を集めてる。
 私の中には魔力が眠ってる。
 だから私が捕まってしまえば、魔王の完全復活に助力してしまう事になる。
 それだけはどうしても避けなければいけない。

 分かってる。…分かってるけど…

 震える肩を抱いて踞る。
 出来るだろうか。
 せめて自分の身を自分で守れるくらいの力があれば良かったのに。
 足手まといにならなくて済むくらい、魔力を使いこなせる術を持っていられれば…

 レンくんの手が私の頭に触れてくる。
 ポンポンと当てがわれ、顔だけそちらへ向けると、柔らかく微笑む彼を見た。

「思い詰めんな。極論だ。そんな事にはならないよ」

「…うん」

「そうは言っても、マフィアス相手に守りながら戦うのはキツい。ソラは多分もう近くにいないだろうから、せめてシャガールと合流しよう」

「うん」

「ソラとアルクさん達が合流出来てればいいんだけど」

「…そうだね」

『アルクさん』その響きだけで涙が出そう。
 それどころじゃなくて忘れていたのに、あの表情と一緒に思い出されてしまった。
 ホント、それどころじゃないのに……

「やっぱり何かあったろ?」

「え?」

 思い切り反応してしまった。
 それが、肯定を意味することにも気付かずに。

「えみ、分かりやすい」

「う…」

 心配かけないように気をつけていたつもりだったのに。
 やっぱり私にポーカーフェイスは無理みたいだ。

「どうせ隠しておけないんだから話せよ」

 レンくん鋭いから、誤魔化しても多分無駄なんだろうな。
 そう思って、イーリスでの事を話した。
『婚約解消しようか』
 あの言葉は呪文のように胸に刻まれている。

「もうフリは必要ないって言われたのに…指輪もネックレスも外せなくて……女々しくて、ダサいよね…」

「本気で好きならそんなの当たり前だろ」

 レンくん…——

「えみは伝えたのか?」

「え?」

「自分の気持ち。アルクさんに伝えたのか?」

 フルフルと首を振る。
 話したいとは思っているが、勇気が出ないのと、タイミングが合わずにズルズルと今に至る。

「ちゃんと話せ」

「…分かってはいるんだけどね」

 もし『は?』って顔されたらどうしよう。
『今更何?』って言われたら…

 散々人の事抱き枕並みにハグしたくせに。

『もう必要ないだろ』ってまた言われたら…

 いきなりキスとかしてきたくせに。

『付き合わせて済まなかった』って背中向けられたら…

 散々人の事好き勝手したくせに。

 勝手に指輪作ってはめたくせに、軍法会議で偉い人達の前で婚約者宣言したくせに!
 宰相様軽くトラウマだからね!!
 散々振り回してドキドキさせて…どれだけ寿命縮まったと思ってるの?
 今更…? 今更『必要ない』って、どう言う事!?

「なんか、だんだん腹立ってきた!!」

「え?」

 レンくん若干引いてますが、これは一言いってやっても許されるのでは?

「やっぱり話す! このまま、ずっとすれ違ったままなんて嫌だもの!」

 腹を括ったらなんだか元気が出て来た。
 絶対生きて皆と合流する!

「おお。骨は拾ってやるよ」

「ちょっと! 撃沈前提で話すのやめてよ!」

 レンくんが笑った。
 つられて私も笑ってしまった。
 元気が出たらお腹も空く。
 ケータイ食で持っていたナッツたっぷりのクッキーと、水筒に入れてあったワサビちゃん特製のハーブティーで小腹を満たす。

 クッキーにはピスタチオの様な味のタプの実の種や、炒ると胡桃の様な味や食感のルチナ、少し甘味の強いピーナッツのようなトツテが沢山練り込んであり、焼き時間も伸ばして保存期間が長くなるよう水分を飛ばしてある。

 軽食を済ませ、交代で眠り、朝を待つ事にした。

 絶対に生きて皆に合流する。

 パチパチと焚き木が爆ぜる音を聞きながら、決意を新たに私は無理矢理瞼を閉じた。
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