上 下
63 / 126
第3章

9話―5人目の覚醒者。

しおりを挟む
「マーレ、俺を見ろ」

 彼女の前に膝を付き、シャルくんが肩に手を触れると、マーレがゆっくり顔を上げた。
 その表情は歪み、ぐったりとしている。

「今溢れてる魔力を体に留めるんだ」

 マーレは力なく首を振っている。

「大丈夫、出来るよ。手伝うから、集中して…」


 邪魔になってはいけないので、ワサビちゃんとその場を離れた。
 シャルくんと共に討伐へ行っていたメンバーが遅れて合流する。

「…これは」

 ハワード様の驚いた声に、「覚醒したみたい」と説明した。


 シャルくんの側には水の精霊レーゲンがいる。
 不安そうに飛んでいた三人の精霊達とコミュニケーションを取っているように見える。
 シャルくんが手を貸し、マーレが立ち上がる。彼女の右手とシャルくんの左手は繋がれたままだ。
 集中しているのか、彼女が目を閉じた。
 すると三人の精霊達が淡く白く光り出す。
 ふよふよとゆっくり彼女を囲んで励ますように回りを飛んでいる。
 しばらくすると、マーレの体を淀みなく覆っていた魔力の湯気が不意に揺らぎ、徐々に小さくなっていく。
 やがて魔力の湯気が収まると、マーレが淡く発光し、それも収まるとそのまま膝から崩れてしまった。
 わかっていたかのようにシャルくんが受け止め、そのまま抱き上げた。

「シャルくん!  マーレは……」

「大丈夫。疲れて眠っただけだと思う」

「良かった……」

「魔力の制御も出来たみたいだし、このまま休ませる。女将さんに届けてくるよ」

「私も一緒に」


 女将さんは宿の厨房で、既に明日の仕込みをしていた。
 勇者に運ばれて来たマーレを見るなり、真っ青になって彼女の部屋へ案内してくれた。
 恐縮して謝り倒す勢いの女将さんを宥め、シャルくんが経緯を説明した。

 マーレの魔力が覚醒した事。
 彼女は水の精霊がついた魔力持ちであること。
 街を襲った魔族の狙い。
 そして私達の目的。

 女将さんはマーレが魔力持ちだった事を知らなかった。
 彼女が言っていなかったようだ。
 青い顔を更に青くしてシャルくんの話を静かに聞いている。

「ハワード様から改めて説明があるとは思いますが」

 そう言って席を立った彼に頷きはしたが、その表情から混乱や戸惑いが見て取れた。
 そりゃそうだ。
 いきなり現れた勇者御一行に、「娘が魔力持ちで精霊がついている特別な子だから連れて行きたい」なんて言われて、即答出来る親なんている訳がない。
 兎に角今はマーレを休ませて欲しいと告げ、二人で部屋を後にした。


 食堂に向かうと討伐隊の面々とウォルフェンさんが揃っている。

「彼女は?」

「大丈夫です。魔力も落ち着いて、今は眠っています」

 シャルくんが応えると、ウォルフェンさんだけでなくその場にいた全員が安堵の表情を見せた。



「そう言えば、討伐は無事に成功したんですか?」

 みんな無傷の所を見れば、シャルくんが大活躍したのだろうと予想はつくが。

「ああ。勇者殿が地割れをおこして、グツグツ煮えたマグマの中にそこにいた全ての魔族を突っ込んで炭にしてくれたんでな」

 ……は?

 シャルくんを見れば、そっと視線を反らされた。
 やっぱりあの地震は彼の仕業だったらしい。

「…こいつ、上位種の挑発にのってぶちギレるし、いきなり地面かち割るしで、魔力暴走したのかと思って焦った」

 レンくんが焦る程の力業。

 ……留守番で良かったな

「マーレを餌呼ばわりしたんだぞ。黙ってられるか。…それに――」

 一瞬目が合ったが直ぐに反れる。


「でも、色々と試せたのは収穫でした」

 ルーベルさんによると、群れが潜伏していた森の側には湿地帯が広がっており、そこに群れを誘き寄せたのだそうだ。
 柔らかい地面を覆う水の膜は、ハワード様の魔力によって魔物達をその場へ縫い止める接着剤になった。
 その上、アルクさんの魔力が加わり、群れの動きを完全に封じた。
 その後はレンくんが話してくれた通り、シャルくんが地面をかち割ったのだそうだ。

「俺やアルの魔力を試せたのは大きかった。上位種にも通用することがわかったしな」

 ハワード様は満足そうな表情だ。

「その上位種ってなんだったのですか?」

 素朴な疑問に答えてくれたのはアルクさん。

「『サイクロプス』と言う魔物だ。巨人族に属する」

 巨人というだけあって、体が大きく力も強い。動きは遅いが魔力を扱い、それこそ一撃で街の防御壁を粉々にする程だ。
 言語を使い、こちらと意思の疎通を図ってくる。上位と言われる所以だった。

「目的の一つは果たせたし、収穫もあった。上々だな」

 群れの殲滅が完了した今、街の復興は着実に進むだろう。
 傷が癒えるのに時間は掛かるだろうが、元々活気のある街だ。本来の姿をきっと取り戻していってくれる筈だ。

 後はマーレの回復を待ち、どうなるかだ。


 今夜はこのまま休む事となり、各々が部屋へと引き上げていく。
 私は作りたい物があって、そのまま厨房をお借りする。
 準備をしていると、シャルくんがやって来た。

「どうしたの?」

 何も言わずに側までくると、左手を掴まれた。その表情はちょっと怖い。

「これ、どうした?」

「え?  …あ、転んじゃって…」

 左の手の平には転んだ時の擦り傷が出来ていた。全然大した怪我では無かったから気にも止めていなかったが。

「…ごめん」

「シャルくんのせいじゃ…――」


「いいや。おぬしはもう少し加減を知るべきだな」

 声のした方を見ると、入り口にソラがお座りしている。

「ソラ」

「今回はたまたまその程度で済んだ。強すぎる力は脅威でしかない。魔族にとっても、人にとってもだ。正しく使わねば意味を成さない」

 シャルくんは俯いたまま黙って聞いていた。拳が固く握られている。

「護りたいなら制御してみせよ」

 金色の瞳がシャルくんを見据える。
 彼はゆっくり顔を上げると、その視線を真正面から受け止めた。
 強い光を宿した目だ。
 ソラはフフンと鼻を鳴らすと厨房から出て行った。


「シャルくん…」

「大丈夫。俺達なら出来るから。…やってやるさ」

「うん…!   私も美味しいご飯でお手伝いするね!」

 緩められた表情は穏やかで、安堵を色濃く映している。

「…ごめんな」

 謝罪の言葉に首を振る。

「マーレや私の為に怒ってくれたんでしょう?   その事が嬉しいの」

「…えみ…」

「ありがとう。あと、お疲れ様でした」

「…うん」

 少し照れたようにはにかむ笑顔に、こちらまでつられてしまう。
 その様は確かに年相応の少年のそれだった。


 翌日、食堂には元気に目を覚ましたマーレの姿があった。
 ワサビちゃんと共に喜んでいると、「ちょっといいかい?」と、ぞろぞろ大人達が入ってくる。
 炊き出しの最中にうどん麺を提供してくれた食堂の経営者達だ。

「巫女様の『きつねうどん』を、イーリスの新たな名物にさせて欲しい」

 来た!!
 そうくると思ってました!!
 思い描いていた展開に、思わずワサビちゃんと顔を見合わせた。
 私の目の前に座る代表者らしきおじ様へと向き直る。

「わかりました。が、一つ条件があります」

 意外だったのか、おじ様はパチパチと瞬きをすると、真剣な表情に戻って「何でしょうか」と緊張している。

「強力粉をアルカン領へ流通させて欲しいんです」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:360

初恋はおしまい

BL / 完結 24h.ポイント:3,202pt お気に入り:24

野原の小さな魔女

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:15

お飾り王妃の死後~王の後悔~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,483pt お気に入り:7,275

音の魔術師 ――唯一無二のユニーク魔術で、異世界成り上がり無双――

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:2,369

最初から間違っていたんですよ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,228pt お気に入り:3,352

社内恋愛にご注意!!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:55

処理中です...