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第2章

12話―王子って暗殺出来ますか。

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 本当は、婚姻前の男女が二人だけでひとつの部屋の中に居るのというのはよろしくない。
 普通は許されないし、部屋に通されることすらないのだ。事前に相手や周りに文書などで通達していた場合等は除くが。
 間違いがあったら困るという理由なんだろうけど。
 おまけにここ、王宮だし、相手、『勇者』だし。まぁ、私も『黒の巫女』とか言われてるけども。
 更に言えば、夕食がコース料理だと聞き付けてやってきた地獄耳のソラとワサビちゃんもいるけれども。今はもう寝てますが。
 更に更に言えば、ハワード様なんて気付いたら居たりして怖いけど。
 そもそもシャルくん十五ですし、そういった話は無縁そうですが。

「明日の打ち合わせするからって言ったら、すんなり通してもらえたぞ?」

 なんて言って眩しい笑顔を向けられた。
 勇者様はその肩書きだけで特別扱いなのでしょう。


 そんな事を思いながら、目の前に座る成長期ハンパないシャルくんを見ていた。
 少し前まで私の方が見下ろしていたのに、ちょっと見ない間にもう見下ろされてしまう程背が伸びていた。
 細くてどこか頼りなげだった体も筋骨隆々とまでは言わないが、筋肉が付くところにはついていて、がっしりとした印象を受ける。
 成長しすぎじゃない?
 いくらなんでも、おかしくない?
 と、思っていたら

「魔力が覚醒してから、急に体が大きくなったんだ。教皇様曰く、体と魔力が合致した事で、本来あるべき姿になったらしい」

「へえー。そうなんだね!」

 とゆうか、私声に出してたろうか?
 今無意識に独り言になってたろうか?

「えみ、心の声がだだ漏れすぎ!」

 そう言って笑われてしまった。
 なんか同じ事、レンくんにも言われた事ある気がする。
 そんなに分かり安いのだろうか。
 たまに全員が人の心を読むことの出来る魔法を使えるのではないかと思うことがある。
 それとも私の方に思ってる事を皆に伝えちゃう魔法が目覚めたか?
 異世界は不思議がいっぱいだ。


 お茶とお茶請けにクッキーを出すと、シャルくんは大喜びで食べてくれた。
 カリっとパリっという音と、サクサクの食感が気に入ったようだ。

「修行はどう?   やっぱり大変?」

 シャルくんは、私たちと離れて王都に来てからのことを話してくれた。


 修行も寝泊まりも、全て教会で行われているらしい。
 教会と言っても、ミサなどを開いて祈りを捧げるような教会の事ではなく、組織の事だ。
 王家が独自に騎士団を有するように、教会にも武力組織がある。
『聖騎士団』という。
 騎士団が、基本的には武力を有し、各々の戦闘技術を肉体的に上げていくのに対し、聖騎士団は全ての人間が魔力持ちである。よって、魔力の使用方法やそれを使いこなした戦闘術を学べるのだ。
 なんで騎士団ではないのか?   と思っていたら、そういった理由があるようだ。


「皆が魔力持ちだから、訓練がえげつないんだ。息するみたいに防御壁を展開しておかないと、怪我じゃすまない」

「ええ!!  そんなに危ない訓練してるの!?」

 驚いて目を丸くしていたら逆に驚かれてしまった。

「当然だろ?  相手にするのは魔族だぞ?  問答無用でこっちの命を獲りにくる奴らだ。最低限のハードルが上がるのは当然なんだ」

 なんかシャルくん格好いいんですけど。
 そして逞しいんですけど。

「でも、最近は団長クラスともそれなりに戦えるようになってきたから、今は戦闘訓練以外に高度攻撃魔法の会得と魔力量を増やす訓練もしてる!」

「へ、へぇー頑張ってるんだね!  凄いなー」

 話の内容が飛び抜けててついていけない。
 とにかくシャルくんが凄くて、とっても頑張っているのは良くわかった。

「偉いね。シャルくんは」

「え?」

「だって、ちゃんと自分のすべき事を理解して、そこに向かって努力してる。普通の人にはとても出来ないよ」

 私と会わなければ、今でも神父様と親子として過ごせていたかもしれない。
 まだ少年なのに、勇者として戦いにいく覚悟を決めて、そこに向かって努力が出来る。
 私なんて『黒の巫女』なんて言われてるけど、未だに違和感しかない。
 やれることはやりたいけど、実際に私が出来る事なんてほとんどない。
 いざ戦闘になったら足手まといだろうし。
 どうして自分が?  なんて考えちゃう時だって……

「えみだって、自分のすべき事をちゃんとやってるだろ?」

「え?」

「王都まで来たじゃないか!  遠征メンバーにだって入ってるし、『嫌だ』って一回も言わなかったって聞いてる。それだって勇気のいることで、普通の人には出来ないよ」

「シャルくん……」

 シャルくんが私の座っているソファーへ移動してくる。
 隣に座った彼が、以前よりも大きく逞しくなっていて、男らしさが増々だ。
 不意に手を握られて見上げた。

「俺が守るよ」

「……っ……」

 さらさらの金髪と宝石のようなブルーアイが、誰でもない、私を見つめている。
「その為にずっと訓練してきた。辛くても耐えてこれた。怖い思いなんか絶対にさせない」
 なんかシャルくんから男の色気を、フェロモンを感じる。
 こんなだった?
 もっと幼くて可愛らしくなかった?
 もっと不安そうな目で私の事見てなかった?
 いつの間に、こんな……

「……無防備だな、えみは。それとも俺の事、男として意識してないの?」

 肩が触れて、覗き込まれて、近しい距離に彼がいる。
 前言撤回。
 間違い、起こりそう。
 シャルくんがその気になれば、私なんぞ一瞬で喰われてしまいそうだ。
 きっと骨まで残らない。

「え、と……」

 獰猛な光を宿したシャルくんに、圧倒されてときめいている自分と、こんな筈ではとショックを受けている自分がいる。

「…そろそろ、アルクさんとの婚約について説明してもらいたいんだけど――」


「そのままの意味だと言ったろう?  いい加減離れろ!」

 いる筈のない人の声が聞こえて、びくりと肩が揺れた。
 シャルくんはわかっていたのか、平然とそちらへ視線を向けている。
 恐る恐る見ると、扉には真っ黒オーラ全開のアルクさんと、爽やかな笑顔をたたえたハワード様が「やぁ」なんて言いながら立っていた。
 皆さん私のプライベートを一体何だと思っているのか。
 シャルくんも団長クラスの睨みを平然と受け止めている。
 やっぱりただ者ではないようだ。


「本当なのか?  えみはアルクさんが好きなのか?  オレじゃ駄目なのか?  まだ頼りないのか?」

 ワンコのような愛らしくて、不安が滲み出た眼差しを向けないでください。
 そして誰か今この場を切り抜けるための知恵を私にください!!
 ぎゅっと手を握られて困り果てている私に、笑いながらハワード様が助け舟を出してくれた。

「まだ『仮』だ。えみが完全に承諾した訳ではないからな。だが狙ってる奴は多いぞ。后妃の席も開けてあるしな」

 泥舟でしたが。
 そんな心許ない舟なら始めからいらなかったわ!!  

「それなら、オレにもまだチャンスはあるって事だな!!」

 今度は瞳をキラキラ輝かせて見ないでください。

 もう早く皆出てって欲しい。
 一刻も早く眠りにつきたい。


「巫女殿と勇者殿は明日は忙しいから、これくらいでお暇しようか」

 ハワード様がそんな事を言いながら、アルクさんを宥めている。
 ん?
 今なんつった?
 そういえば、さっきシャルくんも明日の打ち合わせがどうとか……

「誰と誰が忙しいですって?」

 三人の動きがフリーズしている。
 んー嫌な予感。

「ハワード様?  私はただ立ってるだけと、そうおっしゃいましたよね?  それのどこが忙しいのですか?」

 やべって顔してるじゃん!
 絶対に何かさせるつもりじゃん!!

「いやーちょっと手違いが……」

「へぇぇぇ?」

 つい王子様をじと目で見てしまいますが、咎める人はいないようだ。

「や!  でもそれが上手くいけば、大臣達もえみを認めざるを得なくなってだな……」

「ほぉぉぉ?」

 それで得をするのはもちろんハワード様である。

「勇者殿!  後は頼んだ!!」

 あっ逃げた!!
 いつも突然来て突然いなくなる!

「シャルくん!  どういう事!?」

 掴みかかる勢いの私に、シャルくんは苦笑いを浮かべながら教えてくれた。

「明日の儀式だけど、本当は教会の人間がやるところを、えみにさせるつもりみたいだ」

「はぁぁ?」

「教皇様は多分、明日儀式がある事すら知らないんだと思う」

「なんですってぇ~~~」

 メラメラとハワード様に対する殺意が芽生えてくる。
 それはもう噴火する直前の火山のマグマのように。

 王子って暗殺できますか!?
 今なら首を絞めても誰にも怒られないと思うのですが!!

「シャルくん。高度攻撃魔法の練習相手が決まったわよ!   今すぐ行きましょう!!  今すぐ!!」

 そう鼻息を荒くする私を、シャルくんとアルクさんが押し止める。

「まぁまぁえみ!  気持ちはわかるけども!!」

「とにかく落ち着いて!  あいつにはもうおやつ作らんでいいから!」

 二度と作ってやるもんか!!!!
 心の中で固く誓ってやった。


 イライラが収まらないまま二人を見送る。

「じゃぁおやすみ」
「えみ。明日な」

 そう言って、シャルくんは私の頬へキスをした。
 途端に、顔が熱くなる。多分赤いのだろう。
 調子に乗るなよと目を怒らせたアルクさんに引き摺られながら、シャルくんは部屋を出て行った。
 端から見たら、完全に勇者様の取り扱い方法ではないが、大丈夫だろうか?
 閉まった扉の前で、キスされた場所を手で覆い、私はその場で硬直していた。
 握りこぶしがわなわなと震える。
 一体どこのどいつがあの天使のようなシャルくんを、こんなケダモノに変えてしまったのか!?
 再び燃え上がった怒りを、私はハワード様へと向けずにはいられなかった。
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