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第2章
9話―異世界おやつ最強説
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パウンドケーキは材料も作り方も至ってシンプルだ。
小麦粉とバターと砂糖と卵があれば出来てしまう。
しかもそれらを順に良く混ぜて焼くだけ。
なのに驚く程美味しい。
中に混ぜるものを変えれば、種類は無限大なのである。
今回は、お屋敷の皆さんの胃袋を掴むのが目的の一つでもあるので、五種類くらい作ってやろうかと思っている。
シンプルにプレーン、定番のドライフルーツにナッツ。紅茶の葉を細かくして混ぜ混む紅茶パウンドに、無糖ココアを混ぜ込むココアパウンド。極めつけはコーヒーマーブルだ。
実はコーヒーマーブルが一番好きな味だった。
母がよく作ってくれて、私の中の母の味の一つなのだ。
入れるものが違うだけで、やることは一緒なので、メリッサさんにも手伝ってもらう。
「メリッサで結構ですよ」
「じゃぁ私のこともえみって呼んで」
という訳で、メリッサには私のやることを真似してもらった。
焼き始める頃には全てのコックさんたちが加わり、大量のパウンドケーキが焼き上がった。
こんがりふっくら焼けたきつね色の四角いケーキにみんな感動している。
甘くて香ばしい匂いが屋敷中に広まったようで、中庭にティーセットを用意し終わる頃にはほとんどの人達が集まって来ていた。
「作戦の第一段階は成功ね!」
メアリと笑っている横ではもうすでにワサビちゃんとソラがパウンドケーキにかぶりついていた。
皆さんもどうぞと声を掛けつつ、メアリに美味しいお茶を入れてもらい、久しぶりの甘味を堪能した。
「……美味しい……――」
メリッサも静かに感動しているようだ。「ハインヘルトさんにも持っていってあげるといいよ」
そういうと目を潤ませながら礼を言われた。
大袈裟だよ。
食べている人達の顔は笑顔で、見ているこちらが嬉しくなる。
「やっぱりみんなで食べると美味しいね」
幸せだなぁって思う一方で、ここにアルクさんが居ればいいのにと思った自分に驚いた。
今日ももちろん仕事でお城へ行っている。少し時間がたった方が美味しいから、帰って来たら出してあげよう。
そう思っていたら
「外まで良い匂いがしてると思ったら、丁度良いときに来たみたいだ」
そう笑顔でやってきたのはアルクさん本人だったのだから更に驚いた。
「アルクさん! どうして……」
「自分の家だからね。帰って来たんだよ」
当たり前のように隣の席へと腰かける。
「ただいま。えみ」
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
相変わらずの素敵な騎士様スタイルですね。鼻血出そう。
周りにいた使用人の皆さんは主人が帰って来た瞬間からお仕事モードに切り替わっていた。もちろんメアリとメリッサも例外ではない。
「客が居るのを忘れてるな。わざとだろうがな!」
そう言いながら入って来たのは悪友王子のハワード様だ。
「ハワード様!?」
驚いてぱくぱくしていると、心底嫌そうな顔と声のアルクさんが殿下をみやる。
「ついてきたの間違いだろう。招待した覚えはない」
今日も王族相手にブラック全開ですね。
「まぁそう言うな。えみに会いに来たんだ。ついでにおやつも出して貰おうか。ん?」
ハワード様も当たり前のように私の向かいの席へ腰を下ろした。
二人が座ってすぐにメアリとメリッサが先程のパウンドケーキとお茶を出してくれる。
多分こっちがメインだな。
そう思ったけど、声には出さなかった。空気の読める日本人ですから。
「今日は早いお帰りなんですね」
アルクさんは困ったように笑っている。
「正確にはまだ仕事中なんだ。つい先程会議が終わってね。その足で来た」
その言葉にドキッとした。
ハワード様をみやると爽やかな笑顔でお茶を楽しんでいる。
何を考えているのか読めない表情だ。
「えみ」
「はい」
アルクさんのトーンが少し下がる。良くない話だと直感した。
「正式に遠征が決まった。えみもメンバーに入ってる」
アルクさんの目が伏せられる。納得している訳ではないのだとわかる。
「そうですか。でも、事前に言われていたので大丈夫ですよ」
そう笑って答えると、アルクさんは困った顔で溜め息をついた。
「そうだよな。君はそうやって言ってしまうんだよな」
あははと笑い声をあげるハワード様にきょとんとしてしまう。
「素直で物分かりのいい嫁さんじゃないか」
まだ嫁じゃないけどね!!
「そこは否定しないさ」
諦めの境地でアルクさんはパウンドケーキを一口食べる。
途端に目を見開いてこちらを凝視してきた。
「だっ大丈夫ですか? 口に合わなかったですか?」
慌てた私にいやいやと手で合図をすると、ゆっくりと飲み込んですぐにお茶を口にする。
「旨い。このお茶とも相性抜群だな」
感動に打ち震えているようにも見える。
……大袈裟だよ。
「えみは一体どんな料理修行をしてきたんだ? その歳で大したものだな」
ハワード様まで!
でもちょっと気分がいいので、誰でも作れちゃうことは黙っておこう。
「それで、遠征はいつからですか」
話を戻すと、二人の顔がキリっと引き締まる。
「詳しい日程はこれから詰める。明日から人選と本格的な準備を始めるが、あまり悠長にはしていられないな」
「指揮は全面的にアルに任せるつもりだ。今は調査部隊という名目だが、最終的には魔王討伐隊を編成するためのチームになる」
魔王討伐隊。
その言葉にあらためてあの日の恐怖が甦る。足元から恐怖がせりあがってくるような感覚だった。
思い出すだけで鳥肌が立つ。
「近々シャガールも合流する予定だ」
「え?? 本当ですか!?」
懐かしい名前に思わず顔がほころぶ。
「ああ。魔王討伐隊の主力だからな。この短期間にかなり腕を上げたようだぞ」
「そうなんですか? すごいなぁシャルくん!早く会いたいです」
ハワード様と盛り上がっていると、みるみる内にアルクさんから黒いオーラが……。
そういえば、この人の前でシャルくんの話は禁句でした。
無言の圧力に打ち震えていると、ハワード様があからさまな溜め息をついた。
「えみ。こんな器の小さい男で本当にいいのか?」
「へ?」
ハワード様の真面目な顔が真っ直ぐにこちらへ向けられてドキッとする。
「オレのところへ来い。皇后の椅子を約束するぞ」
「……は?」
え……と……。
さらっと凄いことぶっこんできましたね?
なんか回りも固まってますけど、それってなんの罰ゲームですか?
「オレの食事は作って貰うがな。もちろんえみ専用の厨房を作らせよう。どうだ?」
「ふざけんな。却下だ。お前の冗談は冗談に聞こえないからやめてくれ」
あははと笑って誤魔化す。
王子様まで虜にしてしまうパウンドケーキ……恐るべし。
カラカラと笑うハワード様は食べ終えて席を立つともう一度こちらへ視線をよこした。
「確かに今は冗談だが、アルに愛想つかしたらオレのところへ来いよ。いつでも歓迎だ」
最後に爆弾を残して笑いながら席を後にするハワード様。
真に受けるなよと真剣な顔で釘を差してその後へ続いて行くアルクさん。
まわりでメアリとメリッサが殿下の求婚だわなんて大騒ぎしていたけど私の口からは溜め息しかでないのだった。
小麦粉とバターと砂糖と卵があれば出来てしまう。
しかもそれらを順に良く混ぜて焼くだけ。
なのに驚く程美味しい。
中に混ぜるものを変えれば、種類は無限大なのである。
今回は、お屋敷の皆さんの胃袋を掴むのが目的の一つでもあるので、五種類くらい作ってやろうかと思っている。
シンプルにプレーン、定番のドライフルーツにナッツ。紅茶の葉を細かくして混ぜ混む紅茶パウンドに、無糖ココアを混ぜ込むココアパウンド。極めつけはコーヒーマーブルだ。
実はコーヒーマーブルが一番好きな味だった。
母がよく作ってくれて、私の中の母の味の一つなのだ。
入れるものが違うだけで、やることは一緒なので、メリッサさんにも手伝ってもらう。
「メリッサで結構ですよ」
「じゃぁ私のこともえみって呼んで」
という訳で、メリッサには私のやることを真似してもらった。
焼き始める頃には全てのコックさんたちが加わり、大量のパウンドケーキが焼き上がった。
こんがりふっくら焼けたきつね色の四角いケーキにみんな感動している。
甘くて香ばしい匂いが屋敷中に広まったようで、中庭にティーセットを用意し終わる頃にはほとんどの人達が集まって来ていた。
「作戦の第一段階は成功ね!」
メアリと笑っている横ではもうすでにワサビちゃんとソラがパウンドケーキにかぶりついていた。
皆さんもどうぞと声を掛けつつ、メアリに美味しいお茶を入れてもらい、久しぶりの甘味を堪能した。
「……美味しい……――」
メリッサも静かに感動しているようだ。「ハインヘルトさんにも持っていってあげるといいよ」
そういうと目を潤ませながら礼を言われた。
大袈裟だよ。
食べている人達の顔は笑顔で、見ているこちらが嬉しくなる。
「やっぱりみんなで食べると美味しいね」
幸せだなぁって思う一方で、ここにアルクさんが居ればいいのにと思った自分に驚いた。
今日ももちろん仕事でお城へ行っている。少し時間がたった方が美味しいから、帰って来たら出してあげよう。
そう思っていたら
「外まで良い匂いがしてると思ったら、丁度良いときに来たみたいだ」
そう笑顔でやってきたのはアルクさん本人だったのだから更に驚いた。
「アルクさん! どうして……」
「自分の家だからね。帰って来たんだよ」
当たり前のように隣の席へと腰かける。
「ただいま。えみ」
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
相変わらずの素敵な騎士様スタイルですね。鼻血出そう。
周りにいた使用人の皆さんは主人が帰って来た瞬間からお仕事モードに切り替わっていた。もちろんメアリとメリッサも例外ではない。
「客が居るのを忘れてるな。わざとだろうがな!」
そう言いながら入って来たのは悪友王子のハワード様だ。
「ハワード様!?」
驚いてぱくぱくしていると、心底嫌そうな顔と声のアルクさんが殿下をみやる。
「ついてきたの間違いだろう。招待した覚えはない」
今日も王族相手にブラック全開ですね。
「まぁそう言うな。えみに会いに来たんだ。ついでにおやつも出して貰おうか。ん?」
ハワード様も当たり前のように私の向かいの席へ腰を下ろした。
二人が座ってすぐにメアリとメリッサが先程のパウンドケーキとお茶を出してくれる。
多分こっちがメインだな。
そう思ったけど、声には出さなかった。空気の読める日本人ですから。
「今日は早いお帰りなんですね」
アルクさんは困ったように笑っている。
「正確にはまだ仕事中なんだ。つい先程会議が終わってね。その足で来た」
その言葉にドキッとした。
ハワード様をみやると爽やかな笑顔でお茶を楽しんでいる。
何を考えているのか読めない表情だ。
「えみ」
「はい」
アルクさんのトーンが少し下がる。良くない話だと直感した。
「正式に遠征が決まった。えみもメンバーに入ってる」
アルクさんの目が伏せられる。納得している訳ではないのだとわかる。
「そうですか。でも、事前に言われていたので大丈夫ですよ」
そう笑って答えると、アルクさんは困った顔で溜め息をついた。
「そうだよな。君はそうやって言ってしまうんだよな」
あははと笑い声をあげるハワード様にきょとんとしてしまう。
「素直で物分かりのいい嫁さんじゃないか」
まだ嫁じゃないけどね!!
「そこは否定しないさ」
諦めの境地でアルクさんはパウンドケーキを一口食べる。
途端に目を見開いてこちらを凝視してきた。
「だっ大丈夫ですか? 口に合わなかったですか?」
慌てた私にいやいやと手で合図をすると、ゆっくりと飲み込んですぐにお茶を口にする。
「旨い。このお茶とも相性抜群だな」
感動に打ち震えているようにも見える。
……大袈裟だよ。
「えみは一体どんな料理修行をしてきたんだ? その歳で大したものだな」
ハワード様まで!
でもちょっと気分がいいので、誰でも作れちゃうことは黙っておこう。
「それで、遠征はいつからですか」
話を戻すと、二人の顔がキリっと引き締まる。
「詳しい日程はこれから詰める。明日から人選と本格的な準備を始めるが、あまり悠長にはしていられないな」
「指揮は全面的にアルに任せるつもりだ。今は調査部隊という名目だが、最終的には魔王討伐隊を編成するためのチームになる」
魔王討伐隊。
その言葉にあらためてあの日の恐怖が甦る。足元から恐怖がせりあがってくるような感覚だった。
思い出すだけで鳥肌が立つ。
「近々シャガールも合流する予定だ」
「え?? 本当ですか!?」
懐かしい名前に思わず顔がほころぶ。
「ああ。魔王討伐隊の主力だからな。この短期間にかなり腕を上げたようだぞ」
「そうなんですか? すごいなぁシャルくん!早く会いたいです」
ハワード様と盛り上がっていると、みるみる内にアルクさんから黒いオーラが……。
そういえば、この人の前でシャルくんの話は禁句でした。
無言の圧力に打ち震えていると、ハワード様があからさまな溜め息をついた。
「えみ。こんな器の小さい男で本当にいいのか?」
「へ?」
ハワード様の真面目な顔が真っ直ぐにこちらへ向けられてドキッとする。
「オレのところへ来い。皇后の椅子を約束するぞ」
「……は?」
え……と……。
さらっと凄いことぶっこんできましたね?
なんか回りも固まってますけど、それってなんの罰ゲームですか?
「オレの食事は作って貰うがな。もちろんえみ専用の厨房を作らせよう。どうだ?」
「ふざけんな。却下だ。お前の冗談は冗談に聞こえないからやめてくれ」
あははと笑って誤魔化す。
王子様まで虜にしてしまうパウンドケーキ……恐るべし。
カラカラと笑うハワード様は食べ終えて席を立つともう一度こちらへ視線をよこした。
「確かに今は冗談だが、アルに愛想つかしたらオレのところへ来いよ。いつでも歓迎だ」
最後に爆弾を残して笑いながら席を後にするハワード様。
真に受けるなよと真剣な顔で釘を差してその後へ続いて行くアルクさん。
まわりでメアリとメリッサが殿下の求婚だわなんて大騒ぎしていたけど私の口からは溜め息しかでないのだった。
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