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第1章

25話―いよいよ王都へ行く時が来たようです。

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 襲撃事件の事後処理翌日、午後になると早速王都から支援物資の荷車が続々と届いた。
 この対応も異例の速さだったが、ハインヘルトさんが『勇者を育んだ村』だと報告したことがあげられる。
 荷車と共に、シャルくんの迎えの馬車もやって来たのだ。
 四頭立ての真っ白な女神像に護られた、豪奢な馬車だった。
 教会からの迎えだ。
 すぐにでもシャルくんの身柄は王都の中央教会へ移され、そこで勇者としての武術や勉学の修行に入るという話だった。
 せっかく知り合ったのにもうお別れだ。
 神父様も寂しそうに騎士たちに囲まれるシャルくんを見つめている。


 神父様へのお咎めは無かった。
 それどころか、『勇者を育んだ村』として、教会の直轄に置かれることとなり、護衛の為の聖騎士団が常駐することになったらしい。
 住居の建て直しと共に宿舎の建設もすぐに始まるとのことだった。


「シャルくんの精霊たちは大丈夫?」

 こそっとソラに確認するが、魔力は抑制出来ているし問題ないとの回答だった。
 良かった。これでシャルくんにも友だちが出来るかもしれない。


 騎士たちをすり抜けてシャルくんがこちらへと走ってくる。

「えみ。せっかく会えたのに、しばらくお別れだ。でも今よりずっと強くなって迎えに行くから!   オレのことちゃんと覚えてろよ」

 出会った時の瞳とはまるで違う、強い光を宿したブルーが真っ直ぐこちらへと向けられている。

「無理しないでね。怪我もしないように気をつけて。それからちゃんとご飯食べてね。手紙書くから!」

 シャルくんは母親かよと笑った。
 私の右手をそっと掴むと甲へと軽くキスをした。
 その仕草がなんだか物語に出てくるような王子様のようで、心臓がうるさく鳴った。

 とっ年下のくせに、そういうことするの反則だから!
 勇者で王子っぽいとか反則だから!!
 上目遣いも反則だからぁ!!!
 一人で悶えました。


 今度は神父様へと向き直る。

「神父様。今まで俺を育ててくれてありがとうございました。こんな形で離れる事になったけど、このご恩は絶対に忘れません」

 深々と頭を下げる。神父様はシャルくんの肩をがしっと掴んだ。

「何言ってんだ!   今さら。シャルは私の息子だ。そんなことは当たり前じゃないか!!」

「!!」

「いつでも帰っておいで。私はシャルを待ってる。いつでも。ここがシャルの故郷だからな!」

「……父さん」

 シャルくんは小さく呟くと神父様と抱き合って別れを惜しんでいた。
 私もナシュリーさんと一緒にもらい泣きしてしまった。


 騎士たちに呼ばれて、シャルくんは馬車へと歩き出す。
 途中で一度振り返ると、こちらへ向かって深々と頭を下げた。
 今何を思っているのだろう。
 その胸中は私なんかには計り知れない。
 頭を上げると村の外に停められた馬車へと歩を進める。
 その後はもう振り返る事はなかった。青く澄んだ瞳は真っ直ぐ前を見据えていたことだろう。
 その背中は覚悟を決めた男の背中だった。


 私はアルクさんとナシュリーさん、レンくんと共にお屋敷へと帰ることになった。
 アーワルドさんは村長さんや神父様と王都からの使者を交えて最終的な打ち合わせをしてから帰るということだった。
 神父様にくれぐれもシャルをよろしくお願いしますと頭を下げられ恐縮した。
 復興が済んだらまた遊びに来てくださいと見送られ、私はアルクさんの馬に乗せてもらって帰路へとついた。


「シャルくんは大丈夫でしょうか」

 前を向いたまま私の後ろで馬を操るアルクさんへと話し掛ける。

「ちゃんとやっていけるかな。今度こそお友達、出来るといいけど」

「随分気になるみたいだね。シャガールのことが」

「それは、まぁやっぱり。私にも責任があると言うかなんというか」

「責任、ね。何の事を言ってるのやら?」

 なんか黒い。背中にひしひしと黒いオーラを感じますが。

「えみからしたら、私はただのお友達のようだから、あんまり余計なことは言えないけど。私はただの友達のつもりは全くないがね」

 ひええええっ。
 根に持ってる!
 絶対根に持ってる!!
 アルクさんの前ではシャルくんの話題は禁物のようです。

「王都へはいつ向かうことになるんですかね~?」

 わざとらしいとは思ったが話題を変えずにはいられなかった。

「そうだな。ハインヘルトから連絡が入ってからになるだろうね」

「私、お世話になった皆さんにお礼がしたいのです」

「お礼?   えみのお礼とはやっぱり?」

「もちろん、美味しいご飯です!!」

 そうだと思ったとアルクさんはクスクス笑った。
 ちょっと機嫌が直ったようでほっと胸を撫で下ろした。


 帰って来てからは、どうしてもウインナーとふわふわパンを再現したいというライルさんとホーンさんの達ての希望で、ポーチが無くても作れるかどうか試行錯誤に費やした。
 ウインナーというか、ソーセージは再現出来そうだと思う。
 合挽き肉を味付けして動物の腸に詰め、燻製させれば良いということは知っていた。
 だから、いつも塊肉を卸してくれている業者さんから、腸を譲ってもらい何度か作ってみた。
 燻製にするためのチップは、植物博士のワサビちゃんと相談して種類を絞り混み試してみる。
 思ったよりも美味しく出来上がった。
 驚いたのは、業者さんから『ソーセージ』の生産加工をする許可が欲しいと言われたことだった。
 いつも捨てるだけの腸を一体何に使うのかと聞かれて、ソーセージを試食してもらったら、直ぐ様そんな話になった。
 私は運営や経営の事は一切わからないので、アーワルドさんに事情を話して代わりに色々と交渉してもらった。
 近々アルカン領で『ソーセージ』が発売されるかもしれない。

 難しいと思ったのは『パン』の方だ。
 パンを膨らませる為には『イースト』かもしくは『酵母』が不可欠だ。
 私はポーチがあるから、いつでもどこでも手に入るが、ライルさん達はそうはいかない。
 やった事はないが、フルーツから酵母が作れるはずだから挑戦してみようかと思っていたら、ありました。酵母。
 固くて巨大なパンを作って卸してくれているパン屋さんが、まさかの天然酵母を使っていることが判明したのだ。
 踊り出してしまう程嬉しかった。
 では何故こちらのパンはあんなに固いのか。
 恐らくだが、酵母の元気が足りない、粉に対して酵母が少ない、お砂糖が足りない、捏ねすぎ等があげられるのではないかと思う。
 なので、『元種』を分けてもらいこちらも試行錯誤してみた。
 そこに何故か本職のパン屋さんが混じっていたのも気になるが。
 焼けた事は焼けたが、やっぱりちょっと固かった。
 どうしてだろうかと思ったら、粉の違いではないかとワサビちゃんが教えてくれた。なるほど!  さすが先生。目の付け所が違いますね!
 というわけで、ポーチから取り出した薄力粉と強力粉を見せ、パン屋さんに確認してみる。水を混ぜて練ったときの粘りや弾力の違いなんかも見せてみる。
 すると、やはり強力粉ではなく、薄力粉の方をパン作りに使用していたようだ。
 正確にはパンには適さない小麦粉を使っていたということだ。
 小麦粉の元となる麦の種類が違うため、こればかりは時間がかかりそうだ。
 しばらくもつように、たくさんの強力粉を置いていこうと思っていたら、ふわふわパンを試食したパン屋さんの職人魂に火がついたようだ。
 そう時間が掛からずに、強力粉が流通しそうだ。


 そうして帰って来てから一週間程が経過した頃、お城からハインヘルトさんがやって来た。

「明日、えみ様をお迎えするための馬車が参ります」

 そう言われて覚悟はしていたけど、胸が苦しくなった。
 いよいよここを出て行かなくちゃいけないんだ。
 そう思うと気分が沈んでいく気がした。

「わかりました。お世話になりますが、よろしくお願いします」

 ハインヘルトさんへと頭を下げる。
 顔を上げると驚いたような表情のハインヘルトさんと目が合った。

「何か?」

「いや。貴女は恐くないのですか?」

「え?」

「これから遅かれ早かれ大きな戦いが起こります。それに巻き込まれるかもしれないんですよ?   以前に王都へ来てもらう事になると伝えた時も、貴女は即答しました。それが不思議だった。普通の女性は泣いて嫌がるか恐怖に震えるものでしょう」

 さりげなく失礼な事を言いましたねハインヘルトさん。
 私が普通の女ではないと?
 思ったけど、口には出しません。
 日本人には本音と建前がありますから。私は京都出身ではないけれども。

「実感がわかないのもありますが、私にはソラとワサビちゃんがついてますから。それに、アルクさんとレンくんもいます!   今は離れ離れになったけど、シャルくんも。だから平気です。ここを出ていくのはとても寂しいですけどね」

 そう伝えるとそうですかといつもの表情に戻っている。

「貴女はとても強い女性なのですね」

「そんなことありません。私はいたって普通の元女子大生です」

 嫌なことは嫌だし、怖いのは怖い。
 でももう沢山悩んだし、泣きもした。
 答えがないことをいつまでも考えても無駄だし、今答えがないのなら前へ進むしかない。
 一人なら多分無理だけど、皆がいるからきっと大丈夫。
 大分時間はかかったけど、やっとそう思える事が出来た。
 あとは自分が出来ることをするだけだ。


「アルクさん!」

 ハインヘルトさんと共に執務室へ向かっていたアルクさんを呼び止めた。

「今晩、実行しようと思うのですが、いいですか?」

 アルクさんはにっこり笑うと楽しみにしてると、おでこのキスつきで答えてくれた。
 ハインヘルトさんが見てるのに!
 そうと決まれば時間がない!   急いで準備しなくては!!
 はやる気持ちかアルクさんのせいかバクバクと暴れる胸を押さえながら、私は厨房へと走ったのだった。
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