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13.「今」が「過去」に食べられる

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目の前にはいつでも、春と夏と秋と冬がある。
散る桜、きらめく木漏れ日、舞う落ち葉、降る雪の下に、汐崎さんがいる。
私はそれらをいつでも再生をすることができる。
決して汐崎さん本人にはできないだろう細かさで、日常の場面を再生する。

そう、今実際生きている時間を、再生の時間にあてる。
「今」が「過去」に食べられる。
私の心が満ちてゆく。

ただ、再生を終えると目の前には何も残っていない。
それでも私は、再生を繰り返すことしかできない。

実際に会っている時間と、会っていた記憶の再生の時間。
その二つで、汐崎さんが私の世界からいなくなることはなかった。





灰色に似た白い空、銀色に似た白い街、混じる。

このあたりで雪が深く積もるのは年に1、2回のことだ。とりわけ、今日の積もり方には目を見張る。

出社早々、呑気に窓からの白銀世界を眺めていたら所長にシャベル部隊の一員に任命されてしまった。駐車場の雪かきですと。

着くと、2、3人が作業しようとしていて、その中に汐崎さんもいた。それだけで嬉しい。

「隊長、雪かきの作戦を立ててください」

そう言って近づくと。

「佳代ちゃん、一人で楽しそうだねー。俺、シャベル隊長?かっこ悪いなー、そんなの誰もついてこないよ」

いや、ついていっていいなら、どこまでも。

「隊長、すごいです。真っ白ですよ」

私は、まだ誰も踏み入れてないふんわりした雪の絨毯じゅうたんのようなところをシャベルで指す。我ながら少しテンションが高いようだ。

「おー、すごいね」
「なんだか、崩すのもったいないですね」

そう、その“もったいなさ”については何の説明もできない感覚的なもの。

「それじゃあここを有効活用してから、片付けることにしよう」

汐崎さんがシャベルの先でその白い絨毯に、雪の結晶のような模様を大きく丁寧にいくつか描き始めた。

それは本当に見事なもので、中心の六角形から溢れ出る細かい線の均衡の美しさ。

雪の絨毯に、繊細で大胆な結晶の花が咲いてゆく。

私の心は、満ちる。

「ほら、綺麗に有効活用できました」

汐崎さんはいくつか描き終えてにっこり笑った。

そしてすぐに、何のためらいもなくその結晶にシャベルの平たい部分を振り下ろした。

衝撃で細かい雪の粒が四方八方にきらきら飛び散る様子は、まるでスローモーションかのような流れで私の記憶の中に残っている。

きっと汐崎さんは「仕事前に遊びすぎたかな」と思って、急いでその落書きを消したのだろうけど。

私はなんだかその瞬間に、自分の恋心がきらきら割られてしまったかのような気がしたんだ。

描かれた結晶の花に満ちた心、飛び散る雪の粒に重ねた切なさ。

私は例え今が夏でも、冬を見ることができる。
冬の汐崎さんを見ることができる。
私はそんな再生の繰り返しをやめなければいけない。
やめるために、彼に何かを伝えなければいけない。
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