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私を忘れたお姉様

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 一ヶ月もの間、リリーシアがどこにいたのか。

 それは今の状況では、誰にも分からない。

 語れるのは本人だけだろうし、その本人が記憶を失っているというのだから。

 医者に見せ、辺境伯家の屋敷で休ませたリリーシアが目覚めた時、何ひとつ覚えていなかったらしい。

 自分の名前も。何故こんなところにいるのかも。

 色々と聞こうと思ったらしいのだが、男性、幼い子供は除く、がそばに寄るとどこか怯えた様子があることから、辺境伯様もご子息も近付きにくいのだそう。

 医者からも、記憶は自然に戻るのを待つべきだと言われて、夫人がずっと付いていてくれているそうだ。

 そんな状態のリリーシアが、オズワルド公爵令嬢だと知れたのは、辺境伯家がドレスやワンピースなどを購入しているという情報を商人から手に入れたお祖母様の側近の方の手柄だ。

 いや。
お祖母様の側近、凄すぎない?

 まぁ、お祖母様が王女だった頃から仕えている方らしいから、優秀なのは当然なのかもしれないけど。

 でも、今の王家より先に情報得てくるって。

「それで・・・リリーシアお姉様は?」

「ああ、今ちょうど庭に」

 辺境伯様に言われて、窓の外に目を向ける。

 庭、多分辺境伯夫人の趣味なのだろう、野の花のような、素朴な花が植えられた庭に二人の女性の姿が見えた。

 一人は緑色の髪をアップにした女性。辺境伯夫人だと思う。

 そしてもうひとり。

 肩より短いくらいに、バッサリと切り揃えられた銀色の髪。

 煌めく金色の瞳。

 シンプルなワンピースを着て、穏やかな笑顔を浮かべながら夫人と話しているリリーシア。

「髪が・・・」

「見つけた時にはあの状態でした。妻が長さを揃えましたが」

「怪我は?」

「擦り傷とか打ち身はすでに癒えておりますが、記憶はまだ・・・」

 窓から見る私たちに気付いたのか、リリーシアが夫人に何かを尋ねるようにこちらを指差しているのが見えた。

 私を見ても、全く表情の変わらないリリーシア。

 ゲーム内でも、現実でも、どこか私に執着していたけど、そんな気配もない。

 そして窓に近寄って来たかと思うと、声をかけてきた。

「こんにちは。可愛らしいお嬢さんね。髪も瞳も黒曜石みたい。素敵だわ」

 止めようとする辺境伯夫人を視線で止める。
 他意のない褒め言葉は、ストンと私の胸の中に落ちた。

 不思議。
リリーシアの執着がないだけで、こんなに穏やかな気持ちになれるのね。

「ありがとうございます。お名前をお聞きしても?」

「ふふっ。私、記憶がないんですって。だから、自分の名前が分からないのよ。名無しでは困るから、みんなレディって呼んでくれてるの。貴女のお名前も教えてくれる?」

「私はローズと言いますわ」

「まぁ!名前も綺麗ね」

 ニコニコと笑うリリーシアは、平民の少女のようで、どうしてリリーシアが失踪したのかわからないけど、このまま記憶が戻らない方が幸せなのかと私に思わせた。
 
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