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第1章
幕間:その頃の第2王子
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今日もこっそりと街へとお忍びで出かけようと支度をしていたら、宰相の息子で僕の側近候補のユサールがチラリと僕を見て、ため息をついていた。
僕の名前は、サイード・エトワール。このカムシーナ王国の第2王子である。
カムシーナ王国では、第2王子までは王太子となるべく教育される。そして、王太子が決まれば、そのまま王子として王太子を支えるべく王家に残ることとなる。
我がエトワール家の場合、おそらく99%の確率で兄上であるサイラス第1王子が立太子することになるだろう。
僕には兄上のような、聡明さも剣の腕も、魔法の能力もない。
平凡な、ありきたりな王子。それが僕だ。
そんな僕にも、平凡でないものがある。それが婚約者であるヴィヴィ・ヴァレリア公爵令嬢だ。
銀色の髪と瞳をした婚約者殿は、冷たいまでに美しく、そして非凡だ。語学も歴史も話術もマナーも魔法も、全てにおいて僕よりも優れている。
僕が彼女に勝てるものなど、剣と魔力量くらいのものだろう。
公爵令嬢たる彼女が剣を握ることなどあり得ないし、王族の僕の魔力が多いのは当然である。
つまりは、僕には彼女より勝る要素がないということだ。
そんな婚約者殿は王子妃として、相応しい女性だと思う。
大体、王族や高位貴族の結婚など、政略結婚、つまりは家と家の契約である。
だから、僕は彼女に文句などなかった。
彼女に会うまでは。
気晴らしに訪れた街で出会ったキャンディは、とても愛らしい女性だった。
クルクルとよく変わる表情、屈託のない笑顔、笑い声。全てが、新鮮で、僕の胸を締めつけた。
サーモンピンクのクルクルとした髪に、ピンク色のクリっとした大きな瞳。僕に触れる手の小ささ。
そのどれもが僕を捉えて離さない。
容姿だけなら、ヴィヴィ嬢の方が美しいだろう。
だが、婚約者殿が僕の前で心から笑ってくれたことがあるだろうか。
わかっている。彼女は貴族の、しかも公爵家のご令嬢だ。
貴族は見た目ほど優雅なものではない。その仮面の下で、腹と腹の探り合いをしなければならないのだ。
だから、人前で表情を変えたりしないことなどわかっている。
大きな声を出して笑ったり、異性に触れたりすることも淑女としてありえないことも理解している。
だけど、僕たちは婚約者だ。
もっと彼女が僕に心を開いてくれたなら、こんなことにはならなかった、と僕は自分に言い訳をする。
そう。言い訳だ。
どんな理由があろうと、婚約者以外の女性の肩を抱き、その震える唇に触れるなど、絶対にあってはならないのだ。
だけど、僕にはもうキャンディしか見えなかった。
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我がエトワール家の場合、おそらく99%の確率で兄上であるサイラス第1王子が立太子することになるだろう。
僕には兄上のような、聡明さも剣の腕も、魔法の能力もない。
平凡な、ありきたりな王子。それが僕だ。
そんな僕にも、平凡でないものがある。それが婚約者であるヴィヴィ・ヴァレリア公爵令嬢だ。
銀色の髪と瞳をした婚約者殿は、冷たいまでに美しく、そして非凡だ。語学も歴史も話術もマナーも魔法も、全てにおいて僕よりも優れている。
僕が彼女に勝てるものなど、剣と魔力量くらいのものだろう。
公爵令嬢たる彼女が剣を握ることなどあり得ないし、王族の僕の魔力が多いのは当然である。
つまりは、僕には彼女より勝る要素がないということだ。
そんな婚約者殿は王子妃として、相応しい女性だと思う。
大体、王族や高位貴族の結婚など、政略結婚、つまりは家と家の契約である。
だから、僕は彼女に文句などなかった。
彼女に会うまでは。
気晴らしに訪れた街で出会ったキャンディは、とても愛らしい女性だった。
クルクルとよく変わる表情、屈託のない笑顔、笑い声。全てが、新鮮で、僕の胸を締めつけた。
サーモンピンクのクルクルとした髪に、ピンク色のクリっとした大きな瞳。僕に触れる手の小ささ。
そのどれもが僕を捉えて離さない。
容姿だけなら、ヴィヴィ嬢の方が美しいだろう。
だが、婚約者殿が僕の前で心から笑ってくれたことがあるだろうか。
わかっている。彼女は貴族の、しかも公爵家のご令嬢だ。
貴族は見た目ほど優雅なものではない。その仮面の下で、腹と腹の探り合いをしなければならないのだ。
だから、人前で表情を変えたりしないことなどわかっている。
大きな声を出して笑ったり、異性に触れたりすることも淑女としてありえないことも理解している。
だけど、僕たちは婚約者だ。
もっと彼女が僕に心を開いてくれたなら、こんなことにはならなかった、と僕は自分に言い訳をする。
そう。言い訳だ。
どんな理由があろうと、婚約者以外の女性の肩を抱き、その震える唇に触れるなど、絶対にあってはならないのだ。
だけど、僕にはもうキャンディしか見えなかった。
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