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第四十四話 倒れた婚約者
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レナード様の病気を知ってから三日間、私は寝ずにレナード様の体を調べ、持てる限りの方法で治療を試みましたが……どれも失敗に終わりました。
瘴気の残滓の数が尋常じゃないくらい多く、一つ一つの大きさもあるという問題もございますが、なによりも残滓が体に根付いてしまっているのが、本当に大問題です。
今の私では、この異様なまでに根付いた残滓を、負担なく体から引きはがすことが出来ないのです。
極論を言ってしまえば、レナード様の体のことなど考えなければ、時間はかかるでしょうが残滓を消すことは可能ですが……レナード様が助からなければ、なんの意味もございません。
「ぜぇ……はぁ……また、失敗……」
何かの手がかかりになればと思い、書庫から持ち出した多くの本が乱雑に置かれて散らかる部屋に、私の荒れた呼吸が虚しく響いていました。
「サーシャ、もう何日もまともに休んでいないだろう。俺は大丈夫だから、ちゃんと休んでくれ」
「だいじょうぶ……ですわ……」
「何が大丈夫なものか。そんなに髪がボサボサで、目の下にクマまで作って……食事もほとんど摂っていないじゃないか」
「一秒でも、無駄にしたく……ないので……」
体調が悪いはずのレナード様に心配されているなんて、何とも情けない話です。
変に心配をかけて、レナード様に負担をかけてはいけないとわかっていますが、これだけ休みなく聖女の力を使っていると、疲労を隠すことすら困難ですわ……。
「……サーシャ、相談があるんだが」
「相談……?」
「実は、ずっと治療を受けてて少し疲れてね。休ませてほしいんだ」
「そ、そうでしたの? 申し訳ございません……全然気づきませんでしたわ」
疲労で鈍る頭では、なんとか治すことだけしか、考えられていなかったようです。あまり時間が無いのは確かですが、レナード様の負担になっては意味がありません。
「では……私は何か方法がないか、もう一度屋敷の書庫で調べてまいりますので……」
「ああ、待ってくれ。まだ相談は終わってない」
「は、はい……?」
「俺一人では、少々心細くてね。一緒にいてほしいんだ」
レナード様らしくない、まるで子供のような言葉には、レナード様の不安が見え隠れしておりました。
ずっと苦しくても、隠し続けていた病気が、本格的に表に出てきたのですから、不安にならない方がおかしいですよね。レナード様のためにも、言う通りにしましょう。
「わかりました」
「ありがとう。そうだ、手を繋いでくれないか?」
「もちろんいいですよ。これで――きゃっ」
手を握った瞬間、レナード様に引っ張られて、ベッドに無理やり寝かされてしまいました。
そして、あれよあれよと体制を変えられて……気づいたら、レナード様に抱きしめられる形になっておりました。
「ふふっ、これでもう逃げられないよ。さあ、一緒に休息を取ろう」
「も、もしかして……先程の言葉は、嘘だったのですか?」
「ああ。こうでも言わないと、君は休まないだろうからね。ああ、一緒にいてほしいのは本当だよ」
「私も一緒にいたいですけど……時間が無いのです。だから……離してください」
「離さないよ。俺のためにそんな疲れるだなんて、絶対に許さない」
相手は病人ですので、やんわりと離れようとしましたが、思った以上にレナード様の力が強くて、離れることが出来ません。
「……お願いですから、自分を大切にしてください……」
「ははっ、これは俺のためでもあるんだよ。君が疲れている状態で診ても、効率よく治療できないだろう? それに、こうやって君とイチャイチャしてるのが、俺にとって何よりも薬なのさ」
レナード様は、いつものように恥ずかしいことを言いながら、楽しそうに笑いました。
……実際問題、私の体は疲労困憊なのは間違いございませんし、こんな状態で頑張っても成果は出ないという指摘は否定できませんし、こうすることで、少しでもレナード様の気が紛れて楽になるのなら……。
「わかりました」
「ありがとう。ふふっ……俺の大切なサーシャ……」
満足げに笑いながら、私の頭を撫でるレナード様の姿を見ていると、これでよかったんじゃないかと思わされてしまいます。
時間がどれだけ残っているのかわからないのですから、のんびりしている場合ではないのですけどね。
「ただ休んでいるだけなのは、時間がもったいないので、今回の症状について聞かせてもらえませんか?」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「では……症状については、この三日間で出ていた、咳や吐血以外にはありましたか?」
「気分が悪くなったり、熱っぽくなったり……色々あるが、主な症状はその辺りだね」
「では、瘴気の残滓が体に巣食うような出来事に心当たりはありますか?」
レナード様の顔を見上げて、核心に迫る質問をさせていただくと、気まずそうに視線を逸らされてしまいました。
「……俺が元々この家の人間じゃなくて、とある田舎町に住んでいたことは、前に話したな?」
「はい、覚えておりますわ。たしか、事情があって世界を渡り歩いていて、最終的にジェラール様に引き取られたのですよね」
「ああ。その話は、途中をだいぶ端折っていてね。それが、今回の件に大きく関わっているんだ。ちょうどいい機会だから、その件も含めて、君との過去について話してもいいかな?」
放浪の旅と、瘴気がどのように関係しているのでしょう? それに、私が忘れてしまった過去を知る絶好の機会ですわ。
「はい、もちろん」
「ありがとう。あれは忘れもしない……俺がまだ八歳の頃の話だ……」
瘴気の残滓の数が尋常じゃないくらい多く、一つ一つの大きさもあるという問題もございますが、なによりも残滓が体に根付いてしまっているのが、本当に大問題です。
今の私では、この異様なまでに根付いた残滓を、負担なく体から引きはがすことが出来ないのです。
極論を言ってしまえば、レナード様の体のことなど考えなければ、時間はかかるでしょうが残滓を消すことは可能ですが……レナード様が助からなければ、なんの意味もございません。
「ぜぇ……はぁ……また、失敗……」
何かの手がかかりになればと思い、書庫から持ち出した多くの本が乱雑に置かれて散らかる部屋に、私の荒れた呼吸が虚しく響いていました。
「サーシャ、もう何日もまともに休んでいないだろう。俺は大丈夫だから、ちゃんと休んでくれ」
「だいじょうぶ……ですわ……」
「何が大丈夫なものか。そんなに髪がボサボサで、目の下にクマまで作って……食事もほとんど摂っていないじゃないか」
「一秒でも、無駄にしたく……ないので……」
体調が悪いはずのレナード様に心配されているなんて、何とも情けない話です。
変に心配をかけて、レナード様に負担をかけてはいけないとわかっていますが、これだけ休みなく聖女の力を使っていると、疲労を隠すことすら困難ですわ……。
「……サーシャ、相談があるんだが」
「相談……?」
「実は、ずっと治療を受けてて少し疲れてね。休ませてほしいんだ」
「そ、そうでしたの? 申し訳ございません……全然気づきませんでしたわ」
疲労で鈍る頭では、なんとか治すことだけしか、考えられていなかったようです。あまり時間が無いのは確かですが、レナード様の負担になっては意味がありません。
「では……私は何か方法がないか、もう一度屋敷の書庫で調べてまいりますので……」
「ああ、待ってくれ。まだ相談は終わってない」
「は、はい……?」
「俺一人では、少々心細くてね。一緒にいてほしいんだ」
レナード様らしくない、まるで子供のような言葉には、レナード様の不安が見え隠れしておりました。
ずっと苦しくても、隠し続けていた病気が、本格的に表に出てきたのですから、不安にならない方がおかしいですよね。レナード様のためにも、言う通りにしましょう。
「わかりました」
「ありがとう。そうだ、手を繋いでくれないか?」
「もちろんいいですよ。これで――きゃっ」
手を握った瞬間、レナード様に引っ張られて、ベッドに無理やり寝かされてしまいました。
そして、あれよあれよと体制を変えられて……気づいたら、レナード様に抱きしめられる形になっておりました。
「ふふっ、これでもう逃げられないよ。さあ、一緒に休息を取ろう」
「も、もしかして……先程の言葉は、嘘だったのですか?」
「ああ。こうでも言わないと、君は休まないだろうからね。ああ、一緒にいてほしいのは本当だよ」
「私も一緒にいたいですけど……時間が無いのです。だから……離してください」
「離さないよ。俺のためにそんな疲れるだなんて、絶対に許さない」
相手は病人ですので、やんわりと離れようとしましたが、思った以上にレナード様の力が強くて、離れることが出来ません。
「……お願いですから、自分を大切にしてください……」
「ははっ、これは俺のためでもあるんだよ。君が疲れている状態で診ても、効率よく治療できないだろう? それに、こうやって君とイチャイチャしてるのが、俺にとって何よりも薬なのさ」
レナード様は、いつものように恥ずかしいことを言いながら、楽しそうに笑いました。
……実際問題、私の体は疲労困憊なのは間違いございませんし、こんな状態で頑張っても成果は出ないという指摘は否定できませんし、こうすることで、少しでもレナード様の気が紛れて楽になるのなら……。
「わかりました」
「ありがとう。ふふっ……俺の大切なサーシャ……」
満足げに笑いながら、私の頭を撫でるレナード様の姿を見ていると、これでよかったんじゃないかと思わされてしまいます。
時間がどれだけ残っているのかわからないのですから、のんびりしている場合ではないのですけどね。
「ただ休んでいるだけなのは、時間がもったいないので、今回の症状について聞かせてもらえませんか?」
「ああ。何でも聞いてくれ」
「では……症状については、この三日間で出ていた、咳や吐血以外にはありましたか?」
「気分が悪くなったり、熱っぽくなったり……色々あるが、主な症状はその辺りだね」
「では、瘴気の残滓が体に巣食うような出来事に心当たりはありますか?」
レナード様の顔を見上げて、核心に迫る質問をさせていただくと、気まずそうに視線を逸らされてしまいました。
「……俺が元々この家の人間じゃなくて、とある田舎町に住んでいたことは、前に話したな?」
「はい、覚えておりますわ。たしか、事情があって世界を渡り歩いていて、最終的にジェラール様に引き取られたのですよね」
「ああ。その話は、途中をだいぶ端折っていてね。それが、今回の件に大きく関わっているんだ。ちょうどいい機会だから、その件も含めて、君との過去について話してもいいかな?」
放浪の旅と、瘴気がどのように関係しているのでしょう? それに、私が忘れてしまった過去を知る絶好の機会ですわ。
「はい、もちろん」
「ありがとう。あれは忘れもしない……俺がまだ八歳の頃の話だ……」
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