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第二十一話 実践あるのみ

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 バーランド家にお世話になるようになってから、一週間の時が過ぎた。あの日から大きな問題は起こらず、なんとかこの家でやっていけている。

 あれからちょっとだけ変わったことがある。それは、自分が使っている部屋の掃除をしていることだ。

 普段から整理整頓をし、拭き掃除や掃き掃除をしておけば、ここの部屋の掃除に来る人の仕事が減らせるという寸法だ。

 これですらも、最初はミスをしてしまっていたが、何度かやるうちにミスは無くなっていた。

「…………」

 掃除も終わった後、読んでいた本の半分ぐらいを読み終えた私は、一度本を閉じて体を大きく伸ばした。

 今読んでいるのは、若い子の間で流行している、胸キュン仕草というものを集めた雑誌だ。

 色々な胸キュンがあったけど、読んでるだけだとイマイチわからない。こういう時に実践が出来る人がいれば……。

「実践っていってもな~……ラルフしかそんなのお願いする人がいないし……」
「お呼びですか?」
「うん、呼んだよ……えっ? ラルフ?」
「はい。ラルフでございます」
「ひにゃああ!?」

 隣にラルフがいるのに気が付かなかった私は、驚きすぎて飛び上がってしまい、本棚に勢いよくぶつかった。その勢いで本が何冊か落ちて来て……不幸にも、私の頭に直撃した。

「ふぎゃ!」
「し、シエル様!? お怪我は!」
「ひ、ヒヨコが目の前に……ピヨピヨ……ピヨピヨ……じゅるり……きゅう……」

 変な声を漏らしながら、私はそのまま意識を手放した――


 ****


 頭の痛みを感じながら目を覚ましたら、自分のベッドの上だった。どうやらラルフが運んでくれたようだ。

「シエル様、お目覚めになられたのですね」
「うん。心配かけてごめんね」

 まだ少しだけボーっとしているけど、ちゃんと返事を返したからか、ラルフはホッと胸を撫でおろしていた。

 ……あれ、なんでラルフの顔が、私の前にあるんだろう?  私はベッドに寝ているんだから、横から覗き込むような形になるよね?

「痛む所はございませんか?」
「大丈夫だよ。ところでラルフ、あなたは何をしているの?」
「シエル様の介抱をしつつ、以前本で読んだ膝枕というものを実践しております」

 ラルフはわかりやすく答えると、私の頭を優しく撫でた。

 なんかラルフの頭の位置が変だと思ったら、膝枕をされているからだったんだ! それにこの暖かくて、柔らかいような硬いような不思議な感触は、ラルフの膝ってこと!?

 確かに私が読んだ本にも、こういった描写はあった。読んでる時は、これの何が良いのかよくわからなかったけど、いざ実践すると想像以上にドキドキするんだけど!

「どうですか? なにか掴めそうですか?」
「ど、ドキドキして、よくわからない……とにかく、看病してくれてありがとうね!」
「頭を打ったのですから、まだ起きない方がよろしいかと」
「わわっ」

 このままだと恥ずかしいから、起きて離れようと思ったけど、ラルフに軽く押さえつけられて立てなかった。

 これ、私のことを心配しつつも、合法的に私に触れるための口実だと思うのは、気のせいかな? いや、ラルフの最近の直球な言動を見ていると、気のせいじゃない気がする。

「そういえば、ラルフはいつここに来たの?」
「シエル様がお気づきになる三十分程前です」
「えっ……? わ、私……そんなに長い間、ラルフに気づがないで読書してたの……?」
「はい。なので、お邪魔にならないようにしておりました」

 うわあぁぁぁ!? 私のバカバカ!! 普通なら近くに人がいたら気づくよね! それ以前に、ラルフがノックもせずに入ってくるわけがないんだから、その音でも気づくよね!?

「私のことはお気になさらず。シエル様が読書を始めたら夢中になってしまうのは、わかっておりましたから」
「その時から改善がない時点で、相当なバカなんだよ~! バカな私を叱って~!」
「シエル様、落ち付いてください」

 あまりにも酷い自分のバカっぷりに直面してしまい、ボロボロと涙を流していると、ラルフは私の涙を指で拭ってくれた。

「どんなことでも、夢中になれるというのはとても素晴らしい才能です。だから、己を貶すようなお言葉は控えてください」
「でも、ラルフにこうやって迷惑をかけちゃってるよ?」
「迷惑なんて思っておりません。むしろ私は、夢中でなにかをしているあなたが、大好きなのです」

 うっ……いきなりそんなことを言うなんて、すっごくズルいよ。嬉しさと恥ずかしさで、顔が熱くなっちゃう……。

「ラルフは本当に優しいね。そうだ、ラルフに気づかなかったお詫びに、なにかさせてほしいな」
「そのお気持ちだけで十分でございますよ」
「そういうわけにはいかないよ!」
「……では、お詫びというわけではございませんが……一つ提案がございます」

 ラルフは、私の頭をゆっくりとベッドに降ろしてから、机の上に置かれた本を手に取った。

「それ、さっき私が読んでた本だね」
「はい。この本に記載されていることを、実際にやってみませんか?」
「その本の? 随分唐突だね」
「シエル様が、これをやれるのは私だけと仰っていたのを覚えておりましたから。それと、実は私も少々興味がございます」

 なるほど、これなら私の恋心を学ぶ勉強にもなるし、ラルフの興味も満たすことが出来る。まさに互いに得がある提案だ。

「そうと決まれば、早速やってみよう! とりあえず、適当に開いたページに書いてあるのから試してみない?」
「運試しのようで、面白そうですね。それでやってみましょう」
「それじゃあ……このページだ!」

 まだ読んでいない後半の部分を開いて、そこに書いてあった胸キュン仕草を確認する。

 そこに書いてあったのは……カバドンというものだった。

「カバドン? なんか凄く強そうな名前だね。新種のカバかなにか?」
「よくご覧ください。カベドンでございます」
「あ、本当だ! って……カベドン? 壁を叩くの??」
「そのような物騒なものではないかと」
「ラルフは知ってる?」
「いえ。少なくとも、私が読んだ本には、このようなものは登場しておりません」
「私も!」

 一応胸キュンをまとめた本だから、壁を叩くなんてことは書いてないのはわかっているけど……この文字だけだと、そうにしか見えない。

「試しに二人で壁を叩いてみる?」
「それはやめておきましょう。まずは、どういったものか確認をするのが先決です」
「それもそうだね」

 二人で寄り添いながら雑誌を読み進めると、そこにはカベドンのやり方が書いてあった。

 なになに、女の子が壁側に行って、男のが片手を壁について……? えっと、これの何が胸キュンなんだろう?

「実践してみましょうか」
「そうだね」

 試しに書いてある通りに、ラルフに壁ドンをしてもらった。

 確かにかなり近くに来られると少しドキドキするけど、これなら抱きしめられたりとか、膝枕の方が胸キュンって感じだと思うなぁ。

「ふむ、しっくりきませんね。何か見落としがあるのかもしれません」

 ラルフも納得がいっていないのか、再び雑誌に目を通すと、再び私にカベドンをした。

 すると、なんとラルフは私の顎を優しく持ち上げて、じっと私の目を見つめてきた。

「ら、ラルフ……?」
「シエル様は本当に美しい方でございますね」
「え、えぇ……?」
「あなたのことを、心より愛しております」
「ラルフ……!?」

 とても真剣な表情、そして一切逸らさない視線。それは、今ここで私の全てを己の物にしようとするような感じがした。

 これがカベドン……!? さっきまでとは全然ドキドキが違う! 仕草や言葉を加えるだけで、こんなに破壊力が増すものなの!?

「シエル様……」
「っ……! だ、ダメだよ……」

 ゆっくりと、ラルフの顔が近づいてくる。いくらバカな私でも、この後になにをされるかの想像はできた。

 私は告白をされたし、ラルフのことは男性の中で一番信頼をしている。でも、まだ付き合ってすらもいないのに、こんなことはいけないと思う。

 思う、けど……私はカベドンのせいで逃げられない。それに、心のどこかで今の状況を受け入れている自分がいるのも確かで……。

 私は、受け入れるように目を固く閉じた。
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