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第二十二話 怪しい行動

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「んっ……!」

 暗闇の向こうで、何をされているのかわからない。唯一わかるのは、私の唇に何か柔らかいものが当たっているということだ。

 あぁ、私……ラルフに初めてを上げちゃったんだ……結婚どころか、お付き合いもしてないけど、ラルフならいいかな……。

「……?」

 全部の意識が唇に集中したおかげか、この極限までドキドキした状態でも、唇に感じる感触を確かめるくらいの余裕はあった。

 ……キスなんてしたことがないから、確かではないけど、こんなに唇の中心だけに感触を感じるものなのかな?

「シエル様、目をお開けください」
「……んむっ……?」

 ラルフの言葉に従って目を開けると、ラルフは私にぶつかる直前で止まっていた。そして、その間に割り込むように、ラルフの綺麗な人差し指があった。

 もしかして、この感触ってラルフの人差し指? だからこんな不思議な感覚だったの?

「まだ交際もしていないですし、こんな形で唇を奪うようなことは致しませんので、ご安心くださいませ」
「そ、そうだよね。ラルフみたいな真面目な人が、順番を間違えるはずがないよね!」
「そういうことです。許されるのなら、いくらでもしたいですが」

 サラッと発せられた爆弾発言に、思わず私の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。

「本音というか、欲望が出ちゃってるから!」
「これは失礼しました。しかし、誠に勝手ながら、多少はお許しを願いたい。これでも、長い間あなたへの想いを隠し続けていたので、機会があれば伝えたくて仕方がないのです」
「うっ……わ、私がドキドキしすぎない程度にね!」

 今までずっと立場を考えて、気持ちを押し殺していたラルフの気持ちを考えると、強く言うことなんて出来ない。

 でも、せめてもう少しだけ、オブラートに包む言い方をするか、頻度を減らしてくれないかな……そうじゃないと、ドキドキしすぎてまた気絶しちゃうかもしれないよ。


 ****


「シエル様、今日は少々用事があって出かけるので、お傍にいられません」
「用事? なにかあったの?」
「特に何かあったわけではないので、ご安心ください」

 ラルフと一緒に胸キュン仕草のお試しをした日から数週間後の午前。ラルフは私にそう言い残して、そそくさと部屋を出て行ってしまった。

 ……なんだろう、いつも何か用事があるなら、こういう理由だって説明をしてくれるのに、全然説明をしてくれなかった。

 それどころか、なにか隠し事をしてますよ~って雰囲気がプンプンしていた。

「もしかして、私の知らないところで、大変なことでもあったのかな……? 私に何か出来ることがあったら手伝いたいけど、相手は子供じゃないんだから、変に介入するのも……」

 一人でブツブツ言いながら、う~んと頭を悩ませる。その結果、私はラルフを追いかけて部屋を出て行った。

「ラルフ、どこに行ったのかな……あ、ラルフを見ませんでしたか?」
「ラルフ様ですか? 先程屋敷を出て行かれましたよ」
「どこに行くかとかは言ってませんでしたか?」
「それはちょっとわからないですね……急いでいたのと、何か思いつめたような顔をしていたのは見ましたよ」

 思いつめた!? や、やっぱりなにかあったんだ! もう、どうしてそういう大切なことは言わないのかなぁ!?

「わかりました、ありがとうございます!」

 教えてくれた女性の使用人にお礼を伝えてから、私は早足で玄関まで向かった――が、その途中の曲がり角で、誰かと正面衝突をしてしまった。

「ふぎゃあ!? いたた……ご、ごめんなさい!」
「大丈夫かい? 我が愛しの妻よ」
「えっ?」

 ぶつかった衝撃で尻もちをついた私は、差し出された手を取って顔を上げると、にこやかに笑うラルフ……ではなく、ナディア様の姿があった。

「はっはっはっ! どうだい、結構似ているだろう?」
「一瞬ラルフかと思っちゃいました……ごめんなさい、急いでてちゃんと前を見ていませんでした!」
「何かあったのかい?」
「ラルフが珍しく私に隠し事をして、出かけたんです。それに、なんだか思いつめていたみたいで……だから追いかけようと思ったんですけど、どこに行ったかわからなくて」
「なるほど」

 こうしている間に、ラルフに追いつけなくなってしまうかもしれない。そう思うと、気持ちばかりが焦っちゃう。

「ラルフは港町に用事があると言っていたよ。確か、人と待ち合わせをしているんだとか」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だとも! 十一時に町の中心にある公園で待ち合わせと言っていたはずだ!」
「ありがとうございます! すぐに行ってみます!」

 思わぬところで、ラルフの情報を手に入れることができた。こうしちゃいられない、早くラルフの所に行って、何を悩んでいるのか聞かないと!




「やれやれ、私の弟は隠し事がヘタクソすぎるな……よく今まで気持ちを隠し通せていたものだ。そんな弟の恋愛には、ちょっとしたスパイスがあってもいいだろう……ふふっ、仕事がなければ見に行きたいが、こればかりは仕方ないな」


 ****


 急いで身支度を整えた私は、ナディア様に教えられた、港町の公園へとやってきた。

 ここを目的地にしたことは無いけれど、何度か通ってはいるから、場所に関しては全く問題無かったよ。

「ふう、なんとか間に合ったかな」

 私は、つい最近おこづかいで買った懐中時計で時間を確認する。時計の針は、もう間もなく十一時を示そうとしていた。

 ギリギリ間に合ってよかった。ここまで走ってこなかったら、間に合ってなかったかも? 無駄にある体力に感謝だね!

「ラルフは……いたっ!」

 公園のどこにいるかはわからなかったから、手当たり次第に歩き回ると、ラルフは噴水の前に立っていた。

 うーん、声をかけようかやめておこうか、ちょっと悩みどころ……そんなことを思っていると、ラルフの元に知らない女性が近づいていった。

「あれ、誰だろう……? ラルフの知り合いかな?」

 この辺りはラルフの地元だから、私が会ったことがない知り合いがいてもおかしくないよね。

 ここからだと、さすがに話している内容は聞こえないな……。

「もう少し近づけば……あっ」

 他人を装って近づこうとした瞬間、ラルフは女性と一緒にどこかに向かって歩き出してしまった。

 それも……腕を組んだ状態で。

「え、うそ……ラルフって、あんな親しくする女性がいたの……?」

 べ、別にラルフが誰と仲良くしようとも、それはラルフの自由だ。だから、私にどうこう言う資格は無い。

 でも、それとは関係無しに、ラルフが知らない女性と親しくしているのをみて、ショックを受けている自分がいた。胸が苦しいし、今すぐにここから消えてしまいたい衝動に駆られた。

「き、きっと何か事情があるんだよね……そうに違いないよ!」

 目の前の現実から目を逸らすように、自分に必死にそう言い聞かせながら、私はラルフ達の後をこっそりと追いかけ始めた――
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