【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

miniko

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 私は羞恥のあまり、そのまま逃げ出し、控室としてお借りしていた部屋に閉じ籠った。

 二度も誓いのキスをして、その上新婦が新郎を引っ叩くなんて、前代未聞の珍事である。

 私が逃げた後の様子を確認してきてくれたユーニスの話によれば、お父様は泡を吹いてぶっ倒れ、ジョエルはアイザックに決闘を申し込もうとして、皆んなに全力で止められたらしい。
 公爵夫人は『神聖な誓いの口付けをお代わりするなんて!!』と、アイザックを叱り付けたそうだ。

(間違ってはいないけど、『お代わり』って……)

「『愛が深い故の暴走』って事で、概ね好意的に見られていますから大丈夫ですよ。
 ご親戚の皆様や王太子ご夫妻は、面白がっていらっしゃいましたし」

「いや、全然大丈夫じゃないわ。
 面白がられてるのが、一番厄介じゃない」

「まあ、そうとも言いますね」

「う゛ぅ……」

 本当は分かってる。
 私が彼を叩いたりしなければ、ここまで事態は大きくならなかったのだと。

 だけど……、だって…………。

 ───コンコンコン。

 控えめなノックの音が鳴り、私の肩がピクッと跳ねた。

「フィー?
 顔を見て謝りたい。話を聞いてくれないか?」

 自信の無さそうな声で、扉の向こうからおずおずと問い掛けられる。

「…………」

「お嬢様」

 黙っている私を、リーザは少しだけ咎める様な声色で呼んだ。
『ちゃんと話し合え』と、その目が語っている。


 逡巡しながらも扉を開くと、廊下で俯いていたアイザックがパッと顔を上げた。

「……中に、入っても?」

 コクリと小さな頷きを返すと、彼は安堵の表情を浮かべる。
 アイザックと入れ替わりに、侍女達がさり気なく退室し、扉が静かに閉められた。
 神の御前で誓った私達は、既に夫婦と見做されるので、二人きりで部屋に篭っても問題は無い。

 私達は向かい合ってソファーに腰を下ろした。

「ごめんね。
 愛の言葉と愛称呼びの組み合わせは思った以上に破壊力があって、歯止めが効かなかった」

(私のせいだって言いたいの?)

 キッと睨むと、アイザックは泣きそうな顔になった。


「目立つのは、嫌なのに……」

「うん、知ってる。ごめん」

「これから先も、絶対に揶揄われるじゃないですか……」

「うん、ごめんね」

「は、初めて、だったのに……」

 そう言った瞬間、ポロリと涙が零れた。

 そう、誓いの口付けは、私達にとって所謂ファーストキスだったのだ。
 普段からあんなにベタベタしていて、額や頬への口付けは日常茶飯事だったが、唇へのキスは初めてだったのである。
 これまでも良い雰囲気になった事は何度かあったが、いつも何かしら邪魔が入って、なかなかタイミングが合わなかった。
 その内に諦めてしまい、『まあ、どうせ結婚式でするんだし、誓いのキスが初めてでも良いか…』なんて思っていた。

 だけど、人前で二度もして良いなんて言ってない!!

 誓いのキスは神聖な儀式だからノーカウントで、二度目のキスが、実質のファーストキスになるんだと思ってたのに!
 二人きりで甘い雰囲気の時に……なんて、柄にも無く、ちょっと乙女チックな事を考えたりしちゃってたのに!!

 いつの間にか私のそばに移動していたアイザックは、床に跪いて頬の涙を親指で拭った。

「ごめん。反省してる」

 悲しそうに眉を下げて謝罪を繰り返すアイザックの左頬は、まだ微かに赤くなっていた。

「……私も、叩いてごめんなさい」

「全然大丈夫だよ」

 結婚式にだって人並み程度には憧れがあったのに、思い出す度に羞恥するような式になるなんて……っていうショックと、ファーストキスがこんな形になってしまったショックとで、気付いたら彼の頬を思い切り叩いていた。

 でも、勿論そんな事でアイザックを嫌いになった訳じゃない。

 手形の残る左頬をスルリと撫でて、彼の唇に軽い口付けを落とす。

「……今なら誰も見てないから、ファーストキスのやり直しです」

 そう囁いた瞬間、再び深く唇が重なった。

 いつも色々と上手くいかない私達だが、二人で過ごすこれからの人生はまだまだ長い。
 大失態だとしか思えない今日の出来事だって、いつか幸せな思い出に変わる日がきっと来るだろう。



 頬が赤いままのアイザックと、目元が赤くなった私が手を繋いで一緒に戻ると、参列者達は一様にホッとした表情を浮かべる。

 私は両親に少し叱られながら、まだ拗ねたままのジョエルを宥めた。
 そして、アイザックのご両親には「馬鹿息子が暴走してごめんなさい!」と、平謝りに謝られたのだった。




 夜も深まり、シンと静まり返ったヘーゼルダイン公爵邸の一室。
 三人の侍女達にこれでもかと磨き上げられた私は、大きなベッドの周りを落ち着きなくウロウロしていた。

 ガウンは羽織っているが、その下はランジェリーも着けずに肌が透ける様な夜着だけを着ているので、なんとも心許ない。

 サイドボードの上にはアルコール類と共に、軽い媚薬のような小瓶や潤滑剤まで並べられている。
 貴族の婚姻は血を繋ぐのが一番の目的だから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、用意周到過ぎる。

 小さなノックの後、入室してきたアイザックも、私に負けず劣らず緊張しているみたい。

 互いにぎこちない笑みを浮かべながら、ベッドの縁に並んで腰を下ろす。
 サイドボードの媚薬と潤滑剤を目にしたアイザックは、気まずそうにその隣にあったワインボトルに視線を移した。

「少し飲まない?」

 そう聞かれたが、私はかぶりを振った。

「いいえ。やめておきます。
 酔って忘れてしまうかもしれないのは、嫌だから」

「そうか……。そうだね。
 ……その、実は僕、閨教育は座学しか受けていないんだ。
 だから、もしも上手くいかなかったら、ごめん」

「失敗しても良いじゃないですか。
 それよりも、アイクの手がまだ誰にも触れていない事が嬉しい」

 微笑みながらそう言うと、アイザックはギュッと強く両目を閉じながら深く息を吐き出した。

「ハァ……。フィーは僕を煽るのが上手い。
 どうなっても知らないからね」

 トンと軽く肩を押されて、ベッドに仰向けに倒れた。



 長い長い夜が始まる。



 アイザックは熱を帯びた眼差しを向けながら、何度も私を『フィー』と呼び、『愛している』と甘く囁いた。

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