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109 紅葉を愛でる会

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 あの事件以降、アイザックと公爵様のご厚意により、ヘーゼルダイン家の私兵がエヴァレット家の警備をしてくれる様になった。
 犯人は未だ不明だが、意図的に私の命を狙ったのだとしたら家族の事も心配だと思っていたので、アイザックの心遣いはとてもありがたい。

 更に、学園への登下校時は必ずアイザックが送り迎えしてくれる様になった。
 しかも、徒歩移動の際は常にお姫様抱っこ状態だ。
 お陰ですれ違う全ての人から生温かい眼差しを向けられている。

「アイザックは側近としてのお仕事もあってお忙しいでしょう?
 毎日送り迎えをしてくださらなくても大丈夫ですよ」

「いや、サディアス殿下に話はつけてあるから心配要らない」

 やんわりとお断りしようとしたのだが、あっさり却下されてしまった。

「あの、重いでしょうから、降ろしてください」

「全然。空気みたいに軽くて、本当に存在してるのか心配になる」

 ちょっと何言ってるのか分からない。

「……でも、流石にいつも抱き上げられているのは恥ずかしいです。
 杖を使えば自分で歩けますから、やっぱり降ろしてください」

 私は必死にお願いしたのに、アイザックはスッと瞳を細めて「ダメだ」と即座に却下した。

「もしも悪化したら、婚約披露パーティーが延期になってしまうだろう?」

「……」

 ダドリー先生も軽症だって言ってたし、多分大丈夫だとは思うんだけど……。

 まあ、パーティーは大勢の人が協力して準備を進めてくれているから、それを無駄にはしたくない。
 公爵家自慢のお針子さん達も、総力を上げてせっせと私達の衣装を作ってくれている。パーティー開催の季節がずれれば、その衣装だって作り直しだ。
 料理長さんが考えてくれた旬の食材をふんだんに使ったメニューも、勿論見直しが必要になる。
 既に招待状も発送済みだから、万が一にも延期となってしまったら色々と大変な事になるだろう。

 そう考えて抵抗を諦めた私に、アイザックは満足そうに微笑んだ。



 チクチクと肌を刺す様な視線に晒されながら、耐え忍ぶ事、二週間。
 漸くダドリー先生から『完治』のお墨付きを頂いた。

「しかし、大事を取ってもう暫く安静にした方が良いのではないか?」

 神妙な顔でアイザックはそう言ったが、ダドリー先生は静かに首を横に振る。

「怪我はもう治ってますので、そろそろ自力で歩かないと、筋肉が落ちてしまいます。
 婚約パーティーの時にダンスを踊れなくなりますよ?」

「……そうか。分かった」

 ダドリー先生の言葉に、アイザックは少し残念そうに頷いた。


 皆んなが頑張って準備してくれている婚約パーティーだし、私も楽しみではあるけれど……。
 既に披露なんて必要ないくらいに、私達の婚約は徹底的に周知されてると思うのは自意識過剰かしら?
 だって二週間ずっとお姫様抱っこだったんだから、もう知らない人なんていないよね?





 私の怪我が完治して数日。

 秋晴れの空が広がり季節外れのポカポカ陽気だったその日は、通常の授業が午前中のみで終わり、午後からは『紅葉を愛でる会』という雅なイベントが学園内で開催された。
 ちょいちょい垣間見える和風テイストがヨーロッパ的な世界観とミスマッチだが、そこはやはり日本人が作ったゲームの世界だからなのだろうか?

 まあ、大仰な名前が付けられているが要するに大規模なお茶会の様な物だ。
 貴族の子女のみが通う我が学園において、こういったイベントは生徒達が社交を体験する授業の一環でもあり、なんだかんだと理由つけては頻繁に開催されている。

 学園の庭園には、友好国から贈られたという楓の木があちこちに植わっていた。

 私達が大きな楓の木の下に配置されたテーブルに着くと、入れ替わり立ち替わり生徒達がやって来る。
 なにせこのテーブルには、アイザック、ベアトリス、メイナードが揃っているのだから、『あわよくばお近付きになりたい』と考える者は多いのだろう。
 三人は微笑みを浮かべつつも素っ気ない対応を取り、ほとんどの生徒を一瞬で追い返す。

 そんな中、アイザックと砕けた口調で会話を交わす男子生徒のグループがいた。

「久し振りだな」

「パーティーの招待ありがとう。楽しみにしてる」

 など、当たり障りのない会話が少し続いた後。

「あ、そちらの彼女が……」
「お前等、もう良いからそろそろ他のテーブルに行けよ」

 その中の一人が何かを言い掛けると、すかさずアイザックが遮った。

「はいはい。分かりましたよ」

 男子生徒達は意味あり気に笑いながら去って行った。
 直ぐに追い返されるのは他の人達とあまり変わらないのね。

「もしかして、先程の方々はアイザック様のご友人ですか?」

 私の問いに「そうだけど」と短く答えたアイザックは、何故か少しだけ不機嫌そう。

「アイザック様にもご友人がいらしたのですねぇ……」

 思わず呟いたら、ベアトリスが可笑しそうにクスクスと笑った。

「普通に考えれば、友達くらいいるでしょう?
 オフィーリアはアイザックを何だと思ってるのよ?」

「だって、一度も紹介してくださらないのですもの」

 学園で昼食をとる時、稀に私やベアトリスの友人も加わる事がある。例えばハリエットとかね。
 でも、アイザックが友達を連れて来た事は一度もない。
 パーティーやお茶会で紹介された事もない。
 だから、実は心を許せる友達がいないんじゃないかなって、ちょっとだけ心配していたのだけど……。

「まあ、それは仕方ないかもしれませんね。
 アイザック様が、オフィーリア嬢に男性を近付けるはずがないですから」

 メイナードが苦笑いした。

「基本的に余裕がないのよね。カッコ悪いわぁ」

「煩いよ」

 相変わらず辛辣なベアトリスに、アイザックは鬱陶しそうに呟いて眉根を寄せた。


 挨拶という名のごま擦りが一段落し、私達のテーブルにもやっと静かな時間が訪れた。
 秋風が木々の葉を撫でるサワサワという音を聞きながら、のんびりとお茶を頂く。

「楓という木は学園以外では見た事がありませんが、こんなに鮮やかに赤くなるのですね」

 メイナードは興味深そうに木々を眺めながら、小さくカットされたサンドイッチを口に運ぶ。
 いつも落ち着いていて大人びた雰囲気のメイナードだが、無邪気なその表情は珍しく年相応に見えた。

 この国には楓は自生していないから珍しいのだ。
 自生している植物の中で真っ赤に色付く葉といえば、蔦の葉くらいだろうか?

「去年より少し色付くのが遅いみたいだけど、所々に青葉が混じっているのもまた美しいわよね」

 ベアトリスが温かな眼差しを弟に向ける。


 そんな優しくて穏やかな時間は唐突に終わりを迎えた。

「キャアッッ!!」

 遠くから、絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえ、同時に広がった騒めきが徐々に大きくなる。


「一体何事かしら?」

「さあ? 見に行ってみますか?」

 ベアトリスと顔を見合わせて首を傾げていると、私達が足を運ぶまでもなく、騒めきの元凶がどんどん近付いて来た。


「殿下、おやめ下さい。
 何も証拠が無いではないですか!」

「お前は黙ってろ!
 そんなに嫌なら、ついて来なければ良いだろうが」

「一応護衛なので、そういう訳にも行かないのですよ」

 会話の内容とその声から、クリスティアンとニコラスが言い争いながらこちらへ向かっている様だと判明する。
 面倒な事が起こる予感しかしない。


「ベアトリスッッ!!」

 怒気を孕んだ鋭い声でベアトリスの名を叫んだのは、やはりクリスティアンだった。

 いや、ホント。邪魔しかしねぇな、この王子!
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