【完結】死を回避したい悪役令嬢は、ヒロインを破滅へと導く

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108 犯人は誰か?《アイザック》

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 淡い笑みを浮かべながら、オフィーリア達の乗った馬車に小さく手を振って見送るアイザック。
 しかし、角を曲がった馬車が見えなくなった途端、彼はスッと瞳を細め、ピリピリと肌を刺す様な怒気を放ち始める。

「なぁ、僕の婚約者に怪我をさせるなんて、犯人は自殺願望でもあるのかな?」

「……そうとしか思えませんね」

 てっきり先程邪魔した件で自分が叱責される物だと思い込んでいた侍従は、苦笑しながら賛同を示した。

「まあ、簡単に殺してなんかあげないけどね」

 そう呟いてフッと嗤ったアイザックに、流石の侍従も思わず身震いした。
 犯人を見つけたら、きっと『頼むから早く殺してくれ』と懇願するくらい酷い目に遭わせるのだろうと、容易に想像出来たから。



 アイザックは足早に自分の執務室へ向かい、棚の中から数冊の分厚いファイルを取り出した。
 ソファーにドカッと腰を下ろすと、長い脚を組んで赤い表紙のファイルを捲り始める。

「コイツと、コイツ……、あとこの女もか……」

 アイザックが目を通しているのは、オフィーリアに害を成そうとして排除された者達に関する資料だ。
 容姿は勿論、思想や性格、能力、趣味趣向、家族構成、どの様に排除したかなどが、一人一人詳細に記録してあった。
 そして彼等の状況は定期的に確認させており、現在どうしているのかについても、常に最新の報告書がファイリングされている。

「多過ぎるな……」

 ザッと目を通したアイザックは指先で眉間を揉み解しながら、苛立った声で呟いた。

 やはり『琥珀色の瞳の若い女』というキーワードだけでは、なかなか容疑者を絞り込めない。
 寧ろ、その女が金で雇われただけの捨て駒である可能性も考慮すると、容疑者を探さねばならない範囲は更に広がる。

 だが、逆にオフィーリアに強い恨みを持っていそうな者は少ない。
 オフィーリアに対する逆恨みを防ぐ為、アイザックは出来るだけ自分が関与していると悟られない様に相手を排除していたし、それが不可能な場合は、あの伯爵令嬢の時の様に強制労働施設など簡単には戻れない場所へと送っている。
 ヤバそうな相手に関しては念の為に監視も続けさせているし、何か妙な動きをすれば直ぐに報告が上がるはずだ。

(となると、このファイルの中の人物である可能性は低いか……)



 事件の容疑者として次にアイザックが疑ったのは、オフィーリアの元婚約者だった。

 アイザックはクレイグ・ボルトンの資料が入っている黄色のファイルに目を通す。

 ボルトン子爵家は資金集めに失敗したせいで既に没落している。
 領地の経営はかなり前から悪化しており、領民達に恨まれていた一家は、縁戚の伝手を辿って国外での仕事を紹介してもらい、逃げる様に国を出たという。
 逆恨みしている可能性がないとは言い切れない。

 しかし、奴の資料を見ればクレイグの姉や妹など近しい関係の女性には、琥珀の瞳を持つ者はいないみたいだ。
 現在のボルトン家では実行役を雇うほど懐に余裕もないだろう。
 それに、あの男がオフィーリアにしつこく言い寄っていたのは、再婚約を王子に強く勧められたのと、彼女が自分に惚れていると思い込んでいたせいであり、クレイグ自身は元々そんなに執念深い性格ではないらしい。
 その有り得ない思い込みについては腹立たしくて仕方がないが、容疑者からは外しても良さそうだ。


 何故かオフィーリアを敵視して、執拗に絡んでくる相手といえば、プリシラやクリスティアンも挙げられる。

 しかし、彼等に関しては『思い込みが激しくて傍迷惑な馬鹿』といった印象しかない。
妙な言い掛かりを付けて来て鬱陶しい相手ではあるが、オフィーリアに対して身体的な危害を加えるとは思えなかった。
 少し前ならプリシラの狂信的な取り巻きの暴走という線も考えられたが、現在の彼女にそんな人望は残っていないと思う。


 姫殿下を標的にしたのが、クリスティアンを担ぎ上げようとしている連中だった場合はどうだろうか?
 今回の事件の犯人と同一である可能性は?

 あちらの事件では、今の所教皇が容疑者の最有力候補だが、教会関係者や信者の中には琥珀の瞳の若い女性がわんさか居そうである。

 もしも彼等が首尾良くサディアスを失脚させる事に成功したとすれば、クリスティアンの名も王太子候補には挙がるだろう。
 現在の国王には二人しか子がいないのだから。

 だが、何も王子達だけが王位継承権を持つ訳ではないのだ。
 斯く言うアイザックだって、順位こそ低いが一応継承権を持つ者の一人である。
 高位貴族からの支持を得られていないクリスティアンを祭り上げても、直ぐに内乱が起きて引き摺り降ろされてしまう可能性が高い。

 クリスティアンの立太子を確実な物にさせたいなら、高位貴族の後ろ盾が不可欠だ。
 おそらくプリシラ達もアイザックを取り戻す事を狙って、オフィーリアにちょっかいを出しているのだろう。

 だが、思い込みの激しい馬鹿二人は別として、普通に考えればそれが完全に逆効果であると簡単に分かるはずだ。
 アイザックがオフィーリアをところかまわずで捲っているせいで、二人の熱愛っぷりは今や社交界における大きな話題の一つとなっているのだから。

 そんなアイザックからオフィーリアを奪っても、クリスティアンの側近に戻る可能性は皆無である。
 寧ろ、今までオフィーリアに何かと絡んでいたクリスティアン達に疑いの目を向けて敵視する可能性の方が高いと容易に想像がつくだろう。
 オフィーリアを籠絡しようとするならまだ分かるが、傷付けてしまったら意味がないのだ。

 しかも教皇が犯人だとしたら、高位貴族への伝手も色々と持っているはず。
 ヘーゼルダインやアディンセルは、既にクリスティアンに対する負の感情を強く持っているのだから、その他の高位貴族を引き込む方が簡単だと考えるだろう。

 何より、馬を興奮させるだけなんて、手段が不確実過ぎる。
 だが、薬ではなく菓子を与えたところ辺りは、狡猾なやり口だと言えるかもしれない。
実行犯が捕まっても「そんな効果があるなんて知らなかった」と言い訳が出来るのだから。


「犯人の目的が見えないな……。
 やはり、筆頭公爵家の夫人の座を狙う者の犯行か?」

 アイザックは青い表紙のファイルを手に取る。
 こちらは直接オフィーリアに危害を加えようとはしなかったが、アイザックに言い寄った事がある令嬢のリストだ。
 その中から、性格に問題があったり執着が強いタイプの令嬢をピックアップしていく。

 琥珀の瞳を持つ者も何人かいた。
 しかし現在は、別件で問題を起こして更生施設に入れられていたり、流行り病で若くして亡くなっていたり、既に別の令息と婚約して円満な関係を築いていたり……と、未だにアイザックの婚約者の座に執着していそうな者はなかなか見付からない。

「そもそも、過去にアイザック様を狙っていたご令嬢の線は薄いのでは?」

 疑問を呈する侍従に、アイザックはファイルを睨んでいた視線を上げた。

「何故そう思う?」

「だって、彼女達の多くはアイザック様自ら『おかしな夢を見ない様に』と牽制したではないですか。
 殺気を浴びてボロボロ泣いたり、腰を抜かしていた彼女達が、トラウマの元凶であるアイザック様の妻の座を未だに望んでいるとは思えません」

「……」

 主を『トラウマの元凶』呼ばわりする侍従を睥睨したが、彼の言う事も一理あるなとアイザックは考える。

『今後、僕に近付いたりオフィーリアに危害を加えたら、命の保証はしない』

 令嬢達一人一人に会いに行ったアイザックは、口元に笑みを湛えながらそう宣言した。
 その時に放っていた殺気は、いつも飄々としている従者でさえ若干ちびりそうになるくらいであり、温室育ちで荒事に慣れていない令嬢達は皆ガタガタと震えていた。

 そんな恐怖の対象となった男と結婚したいなんて思うだろうか?
 流石にそんな物好きは居ない気がする。


「この時点で容疑者を特定するのは不可能かもな……。
 取り敢えず、犯人である可能性が捨てきれない者については監視を強化させろ」

 アイザックは数名の名を記したメモを従者に手渡す。

(今は護りの方に重点を置いた方が良いのかもしれないな。
 だが、もしも、護り切れなかったら……)

 アイザックの脳裏に、あの時の絶望的な光景が蘇った。
 蹴り上げられた馬の前脚と、怯えた表情で固まるオフィーリア。
 再びドクドクと心臓が嫌な音を立て始める。

 最悪の想像を打ち消す様にアイザックは軽く被りを振り、大きく息を吐き出した。
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