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13 我が子の初恋《ヘーゼルダイン公爵》

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 久し振りに夕食前に帰宅したアイザックの父、ヘーゼルダイン公爵は、以前よりも痩せて窶れた顔をしていた。

「まだフレデリカは臍を曲げているのか?」

 食卓に娘の姿が見えない事に、彼は微かな苛立ちを浮かべる。

「臍を曲げているのか、塞ぎ込んでいるのかは分かりませんが、今日も部屋から出て来ませんでしたわ。
 本当に、何であんな風になってしまったのかしら?」

 妻も頬に手を当てて眉を下げると、大きな溜息を吐き出した。

「扉を開けてくれるか分からないが、私も後で部屋を訪ねてみるよ。
 今後は教育方針の見直しも必要かもしれんな……」

 仕事を言い訳に、子供達の教育が疎かになってしまっていたのかもしれない。
 使用人達も、多忙な両親を持ったせいで常に淋しい思いをしているフレデリカには同情的で、厳しく叱る者がいなかったのだ。

「……そうですわね」

「まあ、取り敢えず、食事にしようか」

 公爵が席に着いたのを合図に、給仕のメイド達が音もなく動き出す。



「ところで、数日前は確か、例のご令嬢との顔合わせだっただろう?
 アイザック、どうだった?」

 公爵は少し緊張気味に、自分の息子へ問い掛けた。

 先の竜巻では、短時間で多くの建物が瓦礫と化し、人命も失われた。
 寸断された道の整備や瓦礫の撤去、行方不明者の捜索、怪我人の受け入れ先や医療従事者の確保、被災者への支援など、やる事は山積みで、時間も人手も全く足りていなかった。
 だから、『フレデリカが森でお茶会をしたいと言い張って困っている』との手紙を読んでも、つい『茶会くらい好きにやらせてやれ』と返信をしてしまったのだ。
 まさか、充分な準備期間もなく決行されるなんて、夢にも思わずに。

 その結果、怪我人が出てしまったのを、公爵は深く後悔していた。


「なかなか面白いご令嬢でしたよ」

 オフィーリアとの交流を思い出したのか、少し頬を染めて嬉しそうに答えたアイザック。
 女性を苦手としていたはずの彼の意外な反応に、公爵は目を見張った。

「…………そうか、それは良かった」

 まだ幼い息子に責任を押し付ける形で婚約を結ばせる事を申し訳なく思っていたのだが、お相手の令嬢を気に入ったのならば僥倖である。
 しかし、次の瞬間、アイザックの顔色が僅かに曇った。

「いや、でも……、やっぱりちょっと面白くなかったな」

「は? どっちだ?」

 (面白いのに面白くないとは……???)

 意味不明な言葉を零したアイザックへ、公爵は怪訝な眼差しを向ける。

「貴方は相変わらず鈍いですわね。
『自分はオフィーリア嬢に興味を引かれたのに、向こうは自分に対して全く、少しも、これっぽっちも興味を示してくれなくて面白くなかった』って意味ですわ」

(全く? 少しも? これっぽっちも?)

「……何もそこまで強調しなくても」

 余りにも辛辣な母親の解説に、アイザックが苦い表情を浮かべた。

「ハハッ。そうか、あちらは無関心だったのか。
 それは面白くなかっただろうな」

「ええ、歯牙にも掛けない様子でしたわ」

 息子が振られたと言うのに、妻はなんだか楽しそうだ。
 きっと、妻もその令嬢の事を気に入ったのだろう。

「いや、全く無関心という訳では……」

「違うのか?」

「………………………違いませんけど」

 拗ねた様子のアイザックはボソッと呟いた。

「まあ、挫折も人生に必要な経験だからな。
 ここから頑張って挽回してみろ」

「そうよね。
 一応、友人のポジションは確保したのだから、これからの頑張り次第よ。
 偉大な母が口添えしたお陰なのだから、存分に感謝するが良いわ」

「…………はい」

 母親の恩着せがましい励ましに、アイザックは眉根を寄せながら不服そうに返事をする。

「だが、無理強いだけはするんじゃないぞ。
 彼女をこれ以上傷付けたり困らせたりしない様にな」

「分かってます」

 真面目な表情で念を押せば、アイザックも今度はしっかりと頷いた。



(アイザックの拗ねた表情なんて、初めて見たかもしれんな)

 なんでも淡々とこなしてしまう息子にとって、上手く行かなくてもどかしい思いをするのは珍しい経験なのだろう。

(いつか、オフィーリア嬢がアイザックの想いを受け取ってくれると良いのだが……)

 女嫌いだった息子の甘酸っぱい初恋が叶う事を、公爵は心の中で密かに願った。

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