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98 《番外編》忠誠を誓う者③

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「だから言ったじゃないですかぁ~~!!」

 青い顔をしたレオがパトリックに駆け寄り、引っ張り起こす。
 怪我が無いか入念に確認し、ズボンの尻に付いた土を丁寧にパンパンと叩き落としたが、残念ながら完全には綺麗にならなかった。

「ごめんっ、パトリック殿。痛かった?」

 心の底から心配そうに眉を下げるジェレミーは、剣を手にした時の殺気が消えて天使の顔を取り戻していた。

(二面性がエグいっ!!)

 あまりの変わり身の速さに少々動揺しながらも、パトリックはそれを隠して爽やかに笑った。

「怪我はありません。
 本気で戦ったのに、あっさり負けてしまいましたねぇ。
 胸を貸して下さり、ありがとうございました」

 それは取り繕った訳でも遜った訳でもなく、心からの言葉だった。
 気持ち良い位の完敗だったので、悔しさよりも、素直に凄いと思う気持ちの方が優ったのだ。

「たまたまだよ。
もしかして、僕みたいにすばしっこい相手が苦手なんじゃない?」

 図星だった。
 パトリックは、筋骨隆々の相手よりも、細身で素早い動きの相手の方が相性が悪いのだ。

 この短い手合わせの間にそれに気付くなんて……。
 やっぱりこの人には敵わないなぁと、パトリックは改めて感嘆した。

(学園の中でジェレミー様を友人としてお護りする事が出来れば、ミシェル様への恩返しにもなるかと思ったけど……。
 このままでは、俺の方が護られる形になってしまうのでは!?)

 危機感を覚えたパトリックは、今後はより一層鍛錬に励もうと密かに心に決めた。

「レオもごめんね? 僕も一緒に母様に謝るから」

 ジェレミーが謝罪をすると、レオは必死な顔でジェレミーの肩をガシッと掴んで懇願した。

「マジで、お願いしますよっ!!」



 結局、三人とも、ミシェルとメルレ夫人にこってり絞られた。
 だが、天使ジェレミーの申し訳なさそうな謝罪のお陰で、多少はお説教の時間が短縮された様な気もする。



 そして、二人は学園での再会を約束して別れた。

 本当はその前にも会える機会があれば良かったのだが、パトリックが居住している王都と国境の近くのジェレミーの邸とではかなりの距離がある。
 結局二人はジェレミーの学園入学まで一度も顔を合わせる事が叶わなかった。

 しかし、手紙の遣り取りだけは頻繁に続けていた。
 お陰で一度しか会った事が無いとは思えないくらいに、互いの存在を身近に感じる様になっていった。

 ジェレミーからの手紙の内容は、八割がたミシェルの事であったが、パトリックはミシェルファンなので、それについての不満は無い。
 一度、冗談で『マザコン』と揶揄う内容を書いたことがあったが、『それが何か?』と開き直った返事が返って来て、ちょっと笑った。

 そんな風に手紙を通してジェレミーの為人を知るに連れて、パトリックはいつの間にか『彼に仕えたい』と思う様になっていた。
 それは、命の恩人であるミシェルの最愛の息子を支えたいという気持ちでもあったが、単純にジェレミー自身が好きだからでもあった。(決して変な意味では無い)


 だが、自分はメルレ家の嫡男である。

 家を継がねばならない責任と、新たに見つけた夢の間で揺れていたパトリックは、意を決して両親に自分の気持ちを吐露した。


「良いんじゃないか?」
「ええ、私も、良いと思うわ」

「……へ?」

 決死の覚悟で打ち明けたにも関わらず、予想外に肯定的な答えが返って来て、パトリックは思わず間抜けな声を漏らした。

「折角助けてもらった命なのだから、自分の思う様に生きなさい。
 ウチには次男もいるし、もしも二人とも継ぎたくないと言ったとしても、領地は持っていないのだから、私の代で爵位を返上すれば良いだけの話だ」

 そう言った父の表情が少し淋しそうに見えて、パトリックは申し訳ない気持ちになった。

 だが、その後の家族会議によって、幸いにもパトリックの弟がメルレ伯爵家を継ぐ事に意欲的であると判明し、全ては丸く収まった。


 パトリックは、直ぐにデュドヴァン侯爵に手紙を書き、『ジェレミー様の従者になりたい』と願い出ると、『大人になっても気持ちが変わらなければ、雇っても良い』との返事が来た。
 パトリックが大喜びしたのは言うまでも無い。




 そして、ジェレミーの入学式当日。

 パトリックは学園の門の中で、次々と敷地内に入って来る生徒たちを乗せた馬車の行列を眺めながら、ジェレミーの到着を待ち侘びていた。

「来た」

 行列の中に目当ての家紋が付いた馬車を見付けると、足早に近付く。

「あ、もしかして、パトリック?
 前に会った時より大人っぽくなったね」

 馬車から出て来たジェレミーは、人懐っこい笑みを見せた。
 周囲の生徒たちが俄に騒つく。

 久方振りに見たジェレミーは、身長も伸びて精悍な顔つきになり、すっかり青年らしくなっていたが、無邪気な笑顔にはあの頃の天使の面影が微かに残っていた。

「お久し振りです、ジェレミー様。
 ご入学おめでとうございます」

「そんな畏まらないでよ。
 学園ではパトリックの方が先輩なんだから」

「そういう訳には行きませんよ。
 卒業してからもジェレミー様にお仕えするのですから」

 パトリックの言葉に、ジェレミーは僅かに眉根を寄せた。

「父上に聞いたよ。アレ、本気だったんだ。
 伯爵家の嫡男なのに、勿体無いんじゃない?」

「両親も応援してくれています」

「まあ、パトリックの卒業まで後二年あるから、もう少しゆっくり考えなよ」




 あっという間に時が過ぎ、卒業まで一年を切っても、当然ながらパトリックの気持ちは変わらなかった。
 その頃にはジェレミーもすっかりパトリックが隣にいる事に慣れて、呆れながらも彼が側近になる事を許可してくれた。


 そんな主は、春のガーデンパーティーで運命の恋に落ち、少々強引な手段で入籍をした。


「次はパトリックの番だね」

 ニヤニヤと笑うジェレミーに、パトリックは重い溜息を零した。

「そう簡単じゃぁ無いんですよ」

 エリザベートに恋をした時に散々揶揄ったのを根に持っているのか、パトリックが片思いの相手に何度もやんわり拒絶されているのを知っていて、軽い調子で激励して来る。

 まあ、これまで彼女へのろくでもない縁談を潰してくれていたのは、ジェレミーの指示を受けた侯爵家の手の者達なので、その点に関しては感謝しか無いのだが。

「そろそろ本気で頑張れよ。
 彼女には、僕のリズの侍女になって貰いたいんだから」

 現在、侯爵家のタウンハウスで暮らしているエリザベートに仕えている侍女は、王都にいる間の期間限定で契約している人間だ。
 デュドヴァン侯爵は女嫌いなので、女性の使用人の選定が難しいのだ。

「それが狙いですかっ!?」

「まあ、半分は。
 残りの半分は、ちゃんとお前の幸せも願ってるよ」

 フフッと笑った主に、パトリックは胡乱な視線を向けた。



 だが、ジェレミーの言う通り、そろそろ決着を付けなければいけないという事は、パトリックだって分かっていた。
 全力で口説いて、それでも無理ならもう良い加減諦めるしかない。

「諦められるだろうか……」

 無意識のうちに漏れてしまった呟きを耳にしたジェレミーは、先程までの揶揄いの表情を消して、心配そうにパトリックを見ていた。




※パトリック視点はここまで。明日はお相手の女性の視点です。

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