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76 明るい未来の為に

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 夜会の前日、私達は国王陛下からの呼び出しをくらってしまった。

 久々に見る白亜の宮殿は相変わらずの迫力である。
 あまり良い思い出の無い場所だけど、今はクリス様が隣に居てくれるので心強い。

 私達の来訪の予定はしっかり伝わっていたらしく、受付は顔パスで名を名乗るまでもなく直ぐに謁見の間まで案内された。
 案内を担当してくれた騎士は、私が見た事がない人だった。
 最近採用されたのだろうか?
 よく見れば、すれ違う文官達も、見覚えのない顔が多い。
 当時私を蔑んでいたような人達とは、全く顔を合わせる事がなかった。

「どうした? 何か気になる事でも?」

 キョロキョロしながら王宮内の廊下を進んでいる私を不思議に思ったのか、クリス様が問い掛ける。

「随分と王宮内の人員が入れ替わっているなぁ、と思いまして……」

「ああ、陛下は使えない者をどんどん切り捨てたらしいからな」

 成る程。感じの悪かった人達は、やっぱり仕事も出来なかったって事ね。

 私は妙に納得した。




 新たな王は、柔和な笑みの中にも王族特有のオーラを放つイケオジで、旧王家の二人よりもずっと威厳のある人物だ。
 玉座に座る彼の背後には、新しい宰相閣下と共にディオン兄も控えている。


「お目もじ叶いまして光栄でございます。
 即位一周年、おめでとうございます」

「君がデュドヴァン侯爵夫人だね。
 正式に挨拶を交わすのは初めてだったな」

 私が王太子の婚約者だった頃、当時モーリアック公爵だった陛下のお姿を遠巻きに拝見した事はあった。
 しかし、彼に脅威を感じていた当時の国王の意を汲んで、彼は王家とは関わらない様にしていたので、私と挨拶をする機会は無かったのだ。

「私の愚兄と甥が君にした仕打ち、本当に申し訳無かった」

 陛下は私に向かって深々と頭を下げた。

「そんなっ……、顔を上げてください!
 本人達は責任を取りましたし、もう済んだ事ですわ」

 私は慌てて言い募った。
 国王が臣下に頭を下げるなんて異例ではあるが、『新しい王家は、旧王家の過ちをしっかりと正していく』という決意表明の様な物なのかもしれない。

 クリス様の話では、陛下は当時の国王に手紙などで、私の扱いについての苦言を呈してくれていたらしい。
 だが、そもそも兄と甥とは言えこの国の最高権力者であり、自身とは良い関係性を保っていると言えない相手の愚行を制するのは難しいだろう。
 だから私に陛下を責める気持ちは無い。

「寛大な言葉に感謝する。
 ところで侯爵夫人は、聖女に復帰する気は……」
「ゴッホンッッ!!」

 陛下の言葉を遮る様に、大きく咳払いをして冷たい視線を投げたのはディオン兄だ。

「陛下、冗談は休み休み言ってください」

 私の隣に座るクリス様も、スッと目を細めながら不遜な言葉を投げつける。
 二人とも、相手は国王陛下だって事、忘れてない?

「本人の意思を確認してみただけじゃないか。
 無理強いするつもりはないよ」

 陛下は特に機嫌を損ねた様子も無く、鷹揚にそう言った。

「身に余るご提案ではありますが、お断りさせて頂きます。
 聖女というのは、必要に応じて王宮や大聖堂に直ぐに馳せ参じなければなりませんが、王都から距離のある領地に居住する私には、それは現実的ではありません。
 私は家族と領地を愛しておりますゆえ、王都に居を移す事は考えられないのです」

 深々と頭を下げると、陛下は諦めた様に溜息をつく。

「そう言うだろうとは思ったんだ。
 まあ、ダメ元で言ってみただけだから、気にしないでくれ」

「折角のお話でしたのに、申し訳ありません。
 その代わりと言っては何ですが、領地近くで疫病が発生したり災害が起こったりした場合には、私も現場に駆け付けさせて頂きたく存じます」

「夫人の言う様に、地方にも光魔法の使い手がいてくれた方が、問題が起きた時になにかと対処がしやすいかもしれないな。
 いざと言う時には、宜しく頼む」

「かしこまりました」

 現在、三人の聖女と、労役として魔力を提供している九人の元聖女達は、朝晩欠かさず神に祈りを捧げており、魔力の量も質も少しは回復して来ているらしい。
 このまま行けば、一年ほどで元の水準に戻るだろう。
 そうなれば、私が王都に居なくても、当面は光の魔力が不足する心配は無い。

 それに、陛下は近々魔力測定の範囲を平民にまで広げる計画をなさっていると聞く。
 もしも平民に光属性が判明した場合、今までの様に義務として聖女の任に就かせるのではなく、就労先として選んでもらえる様に聖女の待遇や報酬についても見直しを行なっているそうだ。

 私は以前から『平民に魔力持ちは生まれない』など、おかしな話だと思っていた。
 だって、王国の長い歴史の中では、没落して平民に落ちた貴族や、駆け落ちや夜逃げをした貴族、誰かさんみたいに市井にせっせと子種を振り撒く貴族などがそれなりの人数居たはず。
 つまり、貴族の青い血は、市井にも流出していて然るべきなのだ。
 平民に魔力が無いと言い出したのは、きっと既得権益を守りたがっている連中である。
 実際には、平民は検査をされないから、魔力を持っていても発見されないだけ。
 勿論、貴族ほど多くは無いだろうが、調べればかなりの人数の魔力持ちが見つかるだろうと思う。

 平民に魔力持ちが見つかった場合、奨学金を与えて学校に通わせ、魔法を学ばせるそうだ。
 魔法を使える様になれば、就職の幅が広がり、普通に働くよりも多くの賃金を得る事が出来るだろう。
 彼等にとっても悪い話では無いはずだ。


「それから、侯爵。例の件はどうなってる?」

「既に人員の選定は済ませてあります。
 後日、履歴書をお送りしますよ」

 陛下とクリス様の会話に、私は首を傾げた。

「例の件?」

「ああ、王宮騎士団のレベルがあまりにも酷いので、デュドヴァンやシャヴァリエを始めとした優秀な私設騎士団を持った家に、指導者を派遣して欲しいと依頼してあったんだよ」

 年に数回、騎士達が演習と称して結界の外の魔獣の森に出て、魔獣討伐をするという計画も進んでいるらしい。
 魔獣を倒すための実践練習にもなり、魔獣の絶対数を減らす効果も期待される。


 即位してまだ一年しか経っていないにも関わらず、聖女システムの改善や、騎士団の改革にまで着手している陛下。
 他にも新しい政策を次々と打ち出していると聞く。
 面倒な事は見て見ぬふりをする悪癖を持っていた前国王とは、雲泥の差である。


 その改革は直ぐに効果が出る物では無いが、きっと、ジェレミーやヴァレールが大人になる頃には、もう少し住みやすい国になっているだろう。

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