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26 可愛い贈り物
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入籍の記念に旦那様に頂いた万年筆は、その装飾の美しさも然る事ながら、グリップ部分は手にしっかりと馴染んで、書き心地も最高の逸品であり、とても気に入っていた。
だから、手紙を書くにも、日記をつけるにも、書類にサインをするにも、事務仕事を手伝う時にも、いつもあの万年筆を使っていた。
旦那様やフィルマンに呼び出された時などは、様々な手続きに関する話が多いので、直ぐにサインが出来るように持ち歩く事もあった。
最後に使ったのは、いつだったろう?
昨夜は、遅くまでクッキーを焼いていたせいで、疲れてしまって日記も書かずに眠っちゃった。
昨日の昼間はずっと畑仕事だったから、文字を書く機会は無かったと思う。
───いや、昨日の朝、使ったわね。
確か、フィルマンに呼ばれて応接室に行った時、書類にサインをしたんだった。
多分、それが最後。
その後自室に帰ったけれど、机の引き出しにしまった記憶は無い。
そう思い出して、応接室をくまなく探したけれど、万年筆は見つからない。
応接室と私室の間の廊下も探したけど、やっぱり見つからない。
よく考えれば、応接室も廊下も、侯爵家の優秀な使用人達が、毎日ピカピカに掃除をしてくれているのだ。
普通に落ちていたなら、とっくに見つかっているはず。
「じゃあ、どうして……? 何処に消えたの?」
「きっと見つかりますよ。
奥様は、昨日は外出なさらなかったんですから、きっと邸の何処かにあるはずです。
使用人全員にも周知したので、直ぐに誰かが見つけてくれますよ」
チェルシーが花瓶にバラを生けながら、私を慰めてくれた。
その華やかな香りに、少しだけ癒される。
「そうよね。ありがとう。
……綺麗なバラね」
「奥様が落ち込んでいるのを庭師も心配していて、お部屋に飾るようにって花束を用意してくれたんですよ」
お茶を淹れていたシルヴィが教えてくれた。
「まあっ。後でお礼を言わないとね」
「今はバラが満開だから、是非、庭園にも散歩にいらして頂きたいって言ってましたよ」
そう言いながらシルヴィがテーブルにソッとティーカップを置く。
その中身は、私が好きなロイヤルミルクティーだった。
ああ、皆んなが気を遣ってくれている。
心配させないように、早く元気を出さなきゃと思うんだけど、どうしても上手く行かない。
旦那様にも謝らなきゃ。
折角あんな素敵な贈り物を頂いたのに、まさかこんなに直ぐに紛失してしまうなんて……。
自分が情けないなぁ。
ハァ……。
あ、また溜息が出てしまった。
「万年筆、消えてしまったんだって?」
夕食の後、最近恒例になっている家族(?)三人でのお茶の時間に、旦那様にそう聞かれた。
使用人達にも探してもらっているので、旦那様の耳にも入ったのだろう。
「はい、済みません。折角頂いたのに……」
「気にするな。
ミシェルがあれを気に入って、大事に使ってくれていた事は、私も知ってる。
それだけでも贈った甲斐はあったよ。
それに形ある物はどんなに大切にしていたって、いつかは壊れたり無くなったりしてしまう物だろ?
今回はそれが少しだけ早かっただけさ」
「……ありがとうございます。
お陰で少し、元気が出ました」
普段は少し無口な旦那様が、言葉を尽くして慰めて下さった事がとても嬉しい。
「母様の元気が出るように、僕もプレゼントを用意しました」
ジェレミーが背後に視線を投げると、そこにいたフィルマンが頷き、筒状に丸めた紙にリボンを結んだ物を持って来た。
「広げてみて下さい。これ、僕が描いたんです」
「ありがとう。ジェレミーも心配してくれていたのね」
リボンを解いて、紙を広げる。
それは私の似顔絵だった。
まだ五歳の絵だから、決して上手いとは言えない。
でも、亜麻色の長い髪に、水色の瞳の女性の顔は、確かに私を描いた物だと分かった。
その女性は、幸せそうな笑顔を浮かべていて、ジェレミーには私がこんな風に見えてるのかなって思うと、嬉しさと共に少しだけ照れ臭さを感じる。
私はその絵を胸元にソッと抱き締めた。
「母様?」
「うん……、うん、ありがとう、ジェレミー。
とっても上手に描けているわね。
凄く嬉しい。最高に、嬉しい。大事にするね」
ジェレミーの柔らかな髪を撫でると、彼は擽ったそうに目を閉じた。
万年筆が未だに見つからないのは残念だけど、旦那様とジェレミーのお陰で、その夜、私はとても温かい気持ちで眠りにつく事が出来た。
だから、手紙を書くにも、日記をつけるにも、書類にサインをするにも、事務仕事を手伝う時にも、いつもあの万年筆を使っていた。
旦那様やフィルマンに呼び出された時などは、様々な手続きに関する話が多いので、直ぐにサインが出来るように持ち歩く事もあった。
最後に使ったのは、いつだったろう?
昨夜は、遅くまでクッキーを焼いていたせいで、疲れてしまって日記も書かずに眠っちゃった。
昨日の昼間はずっと畑仕事だったから、文字を書く機会は無かったと思う。
───いや、昨日の朝、使ったわね。
確か、フィルマンに呼ばれて応接室に行った時、書類にサインをしたんだった。
多分、それが最後。
その後自室に帰ったけれど、机の引き出しにしまった記憶は無い。
そう思い出して、応接室をくまなく探したけれど、万年筆は見つからない。
応接室と私室の間の廊下も探したけど、やっぱり見つからない。
よく考えれば、応接室も廊下も、侯爵家の優秀な使用人達が、毎日ピカピカに掃除をしてくれているのだ。
普通に落ちていたなら、とっくに見つかっているはず。
「じゃあ、どうして……? 何処に消えたの?」
「きっと見つかりますよ。
奥様は、昨日は外出なさらなかったんですから、きっと邸の何処かにあるはずです。
使用人全員にも周知したので、直ぐに誰かが見つけてくれますよ」
チェルシーが花瓶にバラを生けながら、私を慰めてくれた。
その華やかな香りに、少しだけ癒される。
「そうよね。ありがとう。
……綺麗なバラね」
「奥様が落ち込んでいるのを庭師も心配していて、お部屋に飾るようにって花束を用意してくれたんですよ」
お茶を淹れていたシルヴィが教えてくれた。
「まあっ。後でお礼を言わないとね」
「今はバラが満開だから、是非、庭園にも散歩にいらして頂きたいって言ってましたよ」
そう言いながらシルヴィがテーブルにソッとティーカップを置く。
その中身は、私が好きなロイヤルミルクティーだった。
ああ、皆んなが気を遣ってくれている。
心配させないように、早く元気を出さなきゃと思うんだけど、どうしても上手く行かない。
旦那様にも謝らなきゃ。
折角あんな素敵な贈り物を頂いたのに、まさかこんなに直ぐに紛失してしまうなんて……。
自分が情けないなぁ。
ハァ……。
あ、また溜息が出てしまった。
「万年筆、消えてしまったんだって?」
夕食の後、最近恒例になっている家族(?)三人でのお茶の時間に、旦那様にそう聞かれた。
使用人達にも探してもらっているので、旦那様の耳にも入ったのだろう。
「はい、済みません。折角頂いたのに……」
「気にするな。
ミシェルがあれを気に入って、大事に使ってくれていた事は、私も知ってる。
それだけでも贈った甲斐はあったよ。
それに形ある物はどんなに大切にしていたって、いつかは壊れたり無くなったりしてしまう物だろ?
今回はそれが少しだけ早かっただけさ」
「……ありがとうございます。
お陰で少し、元気が出ました」
普段は少し無口な旦那様が、言葉を尽くして慰めて下さった事がとても嬉しい。
「母様の元気が出るように、僕もプレゼントを用意しました」
ジェレミーが背後に視線を投げると、そこにいたフィルマンが頷き、筒状に丸めた紙にリボンを結んだ物を持って来た。
「広げてみて下さい。これ、僕が描いたんです」
「ありがとう。ジェレミーも心配してくれていたのね」
リボンを解いて、紙を広げる。
それは私の似顔絵だった。
まだ五歳の絵だから、決して上手いとは言えない。
でも、亜麻色の長い髪に、水色の瞳の女性の顔は、確かに私を描いた物だと分かった。
その女性は、幸せそうな笑顔を浮かべていて、ジェレミーには私がこんな風に見えてるのかなって思うと、嬉しさと共に少しだけ照れ臭さを感じる。
私はその絵を胸元にソッと抱き締めた。
「母様?」
「うん……、うん、ありがとう、ジェレミー。
とっても上手に描けているわね。
凄く嬉しい。最高に、嬉しい。大事にするね」
ジェレミーの柔らかな髪を撫でると、彼は擽ったそうに目を閉じた。
万年筆が未だに見つからないのは残念だけど、旦那様とジェレミーのお陰で、その夜、私はとても温かい気持ちで眠りにつく事が出来た。
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