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 らせん階段から硬質な歩行音が聴こえてくる。

 本を片手に持ち、降りてくる一人の男子生徒。青みがかった瞳は暗さも垣間見せ、銀色の髪という人間離れした風貌が一層周囲との関係を断ち切っているように見えた。あの美少年を見間違えるものか。

「壱琉なのか…?」

 俺の細々とした声はその人物にも届いたようで、階段上から視線を落としてくる。

「ああ、夜崎くんか…」

 その声質は間違いなく、壱琉本人。

「何だ、お前も受かってたのか。前の高校で友達だったわけだし、声くらいかけてくれよ」

 フレンドリーな口調で俺は階段下に歩み寄る。

「君とはもう関わる気はないよ。友達になった覚えもないし。だから話しかけないでくれ」

 蔑んだ声で壱琉は一方的に関係を断ち切った。

 関わる気がない?話しかけるな?友達と呼べるほど長い時間は過ごせなかったがそれでもお前は俺を更生するキッカケを与えてくれたじゃないか。この事実は揺るがない。

 俺は訝しげな口調で問う。

「一体、どういうことだ…壱琉」

「言った通りだよ。最初から関係なんて構築されてなかったのさ」

 そう言い切って階段を下りるが否や、さっさと自動ドアを出て行ってしまった。

 別人だった。

 あの高校での出来事はつまり…俺も先程までしていた装いだったという事か?あの嘘偽りない振る舞いが単なる幻想だったと?

 何故、仮面を付けてまでそんなことをする必要があったのか。俺には分からなかった。

 錦織が心配そうな表情で声をそっとかけてくる。

「知り合い…犬猿の仲か何かでしょうか…」

「…どちらも違う。多分、これはその…ただの勘違いだ」

「勘違い…」

 彼女は納得出来ないのか、疑念を帯びた小声を漏らした。

 唯一の友人を失うというのは思っていたよりも、ずっと寂しい。いや、最初から友人なんて関係が構築されていなかったのだから、そんな感情を生む必要さえないのかもしれない。

「変な空気になること自体無意味だ。切り替えて次行くぞ」

「はい…」

 錦織にも変な気を使わせてしまったみたいだな。俺がなかったと言っているのだから、この話はもうこれで終わり。簡単な事だそれでいい。

 変化が起きるのは突然だ。

 人との関係を断ち切るのも一言で十分だ。

 けれども彼の発言は急すぎた。

 彼の意見がまじまじと提示されただけ。真実などまるで口にしなかった。あれは単なる逃げだったのだと俺は勝手に結論付けた。

 わだかまりが深く広がる。そんな時間を迎えようとしていた。
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