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第7章 襲来、「邪神の眷属」
第116話 「彼岸花」
しおりを挟む春風の右腕に巻かれた包帯の下に現れたもの。
それは、細い紐、もしくはそれに近い「何か」を無理矢理引き剥がした様な、そんな傷跡だった。
一本だけなら少し驚く程の事だが、それは何本もあり、まさに肘から下を覆い尽くす程だった。
その傷跡を見て周囲が何も言えなくなった中、春風はゆっくりと口を開いた。
「信じられないと思うでしょうが、『彼岸花』は、ただの剣じゃないんです。鞘から抜いた瞬間、持っている手から順に、使い手と1つになろうとするんです」
「使い手と、1つに?」
「ええ。俺は2年前、襲ってきた敵から自分と子供達を守る為にオリジナルの彼岸花を抜き、その敵を退けました。しかしその後、オリジナルの彼岸花は俺と1つになろうとしてきたので、大慌てで引き剥がして鞘に収めました。この傷は、その時についたものです」
「……」
真っ直ぐレイモンドを見てそう説明する春風に、レイモンドはたらりと冷や汗を流した。
「ですが、無理矢理引き剥がした為に、そいつの持つ魔力の一部がこの傷に残ってしまったのです。そしてその魔力は今、この世界で『呪い』へと変質したのです」
「の、『呪い』、だって!?」
レイモンドが驚いていると、春風はアデルの方を向いて、
「アデル、君の剣を貸してほしいんだ」
「え? わ、わかったよ」
そう言って、アデルは腰に下げた小振りの剣を春風に差し出した。
春風がそれを受け取ろうとした、次の瞬間。
バチンッ!
「うわっ!」
『!』
なんと、春風の右腕の傷跡から赤い電流の様なものが放出して、アデルの剣を弾いたのだ。それに驚いたアデルは、持っていた剣を床に落とした。
「ご覧の通り、俺が他の武器を持つのを妨害するんです。元の世界ではこれが結構酷くて、武器だけじゃなく調理器具や筆記具にも反応するので、普段はこうして特別な包帯を巻いて抑えているんです。唯一持てるのは、この分身の彼岸花だけで、これは師匠が用意してくれたもので、召喚が行われたあの日まで、『お守り』の指輪の中に封印されていました」
その言葉を聞いた時、リアナとクラスメイト達は、謁見の間で春風が指輪から分身の彼岸花を出現させた時の事を思い出した。
食堂内が静かになっている中、レイモンドが春風に尋ねる。
「そ、そうなのか。それでその、オリジナル彼岸花は、その後どこにあるんだ?」
「ああ、それでしたら、あの後師匠に返しましたので、今は師匠の所で保管されています」
「そうか」
「ただ……」
「ただ?」
「この世界で日々を過ごしてから、今でも考えてしまうんです。今ここにアレが、オリジナルの彼岸花があればと」
その時だった。
『駄ぁ目ぇえっ!』
と、突然クラスメイト達とレギオンメンバー達、そしてイブリーヌが、一斉にそう叫んだ。
「うぉ! びっくりした、いきなり何?」
驚いた春風が周囲をキョロキョロしながら尋ねると、
「駄目駄目駄目! 駄目に決まってるでしょ、そんな危ない剣!」
「そうだ! ていうかそれ、もう『剣』じゃないよな!? 『剣』の姿をした別の何かだよな!?」
「そうです! そのような危険すぎる武器、絶対に頼っちゃ駄目です! その腰の剣で我慢してください!」
「そうだよ! 分身でもそれだって同じ『彼岸花』なんでしょ!? じゃあもうそれ持ってれば良いじゃん!」
と、他の人も口々に「駄目」と言ってきたので、春風はポカンとなったが、すぐに苦笑いして、
「あはは、そうだね。やっぱ駄目だよね」
と言うと、再び右腕に包帯を巻いた。
その後、包帯を巻き終えた春風は、再びレイモンドに向かって、
「とまぁ、ここまで話が逸れてしまいましたが、あの出来事の時、俺はあなたが言ってた様にさらわれた子供達を全員救出しました。同時に失ったものもあったのです。何を失ったかについては、出来れば聞かないでほしいです。あの出来事は、俺自身が「凄く弱い」という事を思い知らされたものでもありますから」
と、苦笑いをした表情を崩さずに言った。
「幸村春風、君は……」
レイモンドが何か言おうとした、まさにその時。
ドンドンドン!
と、玄関の扉が強く叩かれた音がした。
「すみません、ちょっと失礼します」
春風はそう言うと、食堂を出て玄関に向かい、
「はーい、どなたですか?」
と言って扉を開けると、
「やぁ」
そこにいたのは、格好は違えど昼間イブリーヌと一緒にいた男性騎士のディックだった。
次の瞬間、春風は、
「……」
無言で玄関の扉をバタンと閉めた。
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