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間章
間話4 もう1つの「大国」
しおりを挟むそれは、セイクリア王国で「勇者召喚」が行われた、その日の夜のことだった。
現在、「エルード」という世界には2つの大国が存在している。
1つは、小夜子達「勇者」を召喚した国にして、この世界の唯一の宗教組織である「五神教会」の総本部がある「セイクリア王国」。
もう1つは、その「五神教会」の教えをほんの少し伝えつつ、独自の文化を築き上げた「ウォーリス帝国」だ。
そのウォーリス帝国の中心である「帝都」の「帝城」。そこのとある一室で、1人の男が書類仕事に明け暮れていた。
彼の名は、ギルバート・アーチボルト・ウォーリス。このウォーリス帝国の現皇帝である。
そして彼は今、その部屋ーー執務室で、大量の書類を相手に、せっせと仕事をしていのだが、
「ダーッ! 全然、終わらねぇっ! 終わる気配が全くねぇっ!」
皇帝らしからぬ口調で、仕事が終わらないと嘆くギルバート。そんな彼を見て、執務室に備えられたソファに座る1人の女性が、
「自業自得ですよ、陛下?」
と、まったりとした口調でそう言った。
女性の名は、エリノーラ・アドリアナ・ウォーリス。ウォーリス帝国の皇妃、即ちギルバートの妻である。
エリノーラは優雅に紅茶を啜りながら、
「大体、陛下は皇帝でありながら、普段から仕事をサボってばかりいるからではありませんか?」
と、やはりまったりとした口調でそう言った。
「うぐぐ……」
ギルバートは何も言い返す事が出来ずに唸るだけだった。どうやらこの皇帝、仕事をサボる癖がある様だった。
「ほらほら、弱音を吐いてないで、仕事を続けてくださいな」
「へーい……」
ギルバートがブーたれながらも仕事を再開しようとしたその時、トントンと執務室のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい、どちらさーん?」
ギルバートがそう返事すると、
「メルヴィンです。ご報告があります」
と、ドアの向こうから男性の声が聞こえた。
「おう、入っていいぞ」
ギルバートはそう言うと、声の主を執務室に招き入れた。
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのは、長い銀髪に尖った耳を持つ、眼礼儀正しい服装に眼鏡をかけた、20代くらいの若い男性だった。
ドアを閉めた後、男性ーーメルヴィンは、ソファに座るエリノーラにペコリと頭を下げて、ギルバートの方を見た。
「おう、どした? メルヴィン」
「お仕事中に失礼します。セイクリアに送った部下から、報告があがりました」
「ほう、言ってみろ」
「はい、本日、セイクリアの王城で、『勇者召喚』の儀式が行われました」
「まぁ!」
「何、本当か!? ウィルフの奴、やりやがったか! チクショー、俺も見たかったぜぇ」
ウィルフレッド王をニックネームで呼んだギルバートは、悔しそうに天井を見上げたが、すぐにメルヴィンに向き直って質問した。
「で、『勇者』ってどんな奴が来たんだ?」
「はい、部下からの報告には、20代くらいの女性が1人と、10代後半の少年少女が20数人とあります」
「ほほう、随分と多勢だなぁ」
「はい。ですが……」
「? どうした?」
「その中の1人が、謁見の間で大暴れした挙句、王都の外へ飛び出してしまった様です」
「え、マジで!? ウィルフの奴、何やってんだよぉ」
驚くギルバートに、メルヴィンは報告を続ける。
「報告によると、どうもその者は自身を『勇者じゃなくて巻き込まれた者だ』と言ってウィルフレッド王からの申し出を断った後、騎士達を数人薙ぎ倒し、その場に居合わせたハンターの少女と共に王城の外へ出たとあります」
「ふーん、なるほどねぇ」
ギルバートは暫く考え込むと、
「ソイツ、名前とかわかるか?」
と、メルヴィンに尋ねた。
「はい。名前は、幸村春風。少女の様な顔立ちの少年で、『幸村』が性で、『春風』が名前だそうです」
「あら、名前と性が逆なのねぇ」
メルヴィンの報告に、エリノーラはまったりと驚きながらそう言った。
「詳しい状況は、こちらの『魔導具』に全て記録してあります」
そう言って、メルヴィンが懐から何かを取り出した。それは、中央に水晶の様なものが嵌め込まれた、掌サイズの小さな箱だった。
「お、じゃあ早速見てみるか!」
ギルバートはそう言うと、書類でいっぱいになった机からメルヴィンの側まで移動した。
「陛下、お仕事は?」
エリノーラはまったりと問うが、ギルバートは、
「そんなもん後だ後……っと、メルヴィン、折角だから、お前も一緒に見ようぜ!」
と言って、エリノーラと向かい側のソファにどかっと座った。
メルヴィンは「ハァ」と溜め息を吐くと、
「わかりました。では、再生します」
と、手に持った「魔導具」をテーブルに置いて、起動した。
その結果、ギルバートとメルヴィンは、
『ブオアッファアアアアアアアッ!』
吐血した。実際には血は吐いていないが。
映像を見終わった後、苦しそうになっているギルバートは、同じく苦しそうになっているメルヴィンに話しかける。
「……ハァ、ハァ。な、なぁ、メルヴィン」
「はい、何でしょうか陛下」
「なんかこいつ、可愛い顔して随分と強烈な奴だなぁ」
「そ、そのようですね」
そうやりとりすると、ギルバートは今度はエリノーラに話しかける。
「な、なぁエリー、お前はどう思ってるんだ?」
「……」
「エリー?」
返事がないことに気になったギルバートが、ソーッとエリノーラの顔を覗き見ると、
「え、エリィイイイイイイイッ!」
真っ白になっているうえに、口から魂の様なものが出ていたので、ギルバートは驚いて悲鳴をあげた。
その後、他の皇族達や臣下、兵士達などが、一斉に執務室に雪崩れ込んできたのは、言うまでもない。
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どうも、ハヤテです。
というわけで、今回で間の話はひとまず終了し、次回からは本編新章に入ります。
応援ありがとうございます!
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