上 下
72 / 95
第九章・エリオット、危機一髪?

71・楽しい時間

しおりを挟む
 「セ、セデナスの神様って…何?」

 坊ちゃまがポカンとした顔でそう聞いた。そりゃそうだよね…自分の婚約者が他の領地の神様になってんだから!またその呼び名も良いんだか、悪いんだか微妙で…

 「おや?ご存知ありませんか…?エリオットには我が家の事業を、引き続き手伝って貰っているんです。何を隠そうこの店もなんですよ?」

 まさか内緒にしてるなんて知らないシュテファン様は、不思議そうな顔で坊ちゃまの方へ視線を向ける。

 「ええ。この店もだったとは知りませんでした。サプライズで今から話してくれるつもりだったのでしょうかね?」

 そう言って微笑みながら問いかける坊ちゃま。その笑顔がほんの少し引き攣っているように見える…
 そんなことはどこ吹く風なシュテファンは「きっとそうですね!」と言いながら微笑んで、「どのランチメニューも自信作なので是非!そしてお邪魔でしょうから私はこの辺で」と鼻息荒くそう言って、そそくさと去って行った。

 シュテファン…この人のこういうところは流石騎士団で人員を統括していただけある。引きどころを間違えないんだよなぁ…状況判断が秀逸だ。坊ちゃまの無視スキルと張るくらいの、スルースキルだ!やるな?お主。

 それから坊ちゃまを見て誤魔化し笑いをしながら、ついでに料理を注文する。そして二人きりになった…

 「それで?何故私に言わなかったの。それほど秘密にしたかった…ってコトだよね?」

 坊ちゃまはぶっきらぼうにそう言って、僕へとジト目を向ける。あのね…ジト目が流し目みたいになってるよ?坊ちゃまってお目々が大きくて尚且つ切れ長だからさ、全然睨んでいるように見えないのよ?そこがまたマーベラス!
 僕は心の中でチュッチュと投げキッスを繰り出して、微笑みながら坊ちゃまを見つめた。

 「そんな目をして…でも今回は誤魔化せられないからね?説明して!」

 そう言ってプックリと頬を膨らませる坊ちゃま。うぬぬっ…お主もやるな?僕の胸はトキメキという矢に貫かれて、それと同時に正直に話すしかないと悟った。

 「あの…それはですね、僕が…坊ちゃまに結婚指輪を贈りたいって!婚約指輪のお返しに僕がデザイン出来たら素敵だって思ったんです…。そしたらシュテファン様が、今後はプロデュースに対する手当てを出すからっておっしゃって。それを頑張って沢山貯めて…って内緒に」

 そうおずおずと告白して、坊ちゃまを見上げた。その瞬間、僕の心臓が動きを止める!ぼ、坊ちゃまー?

 頬から一筋の綺麗な涙が流れ落ちる。ポロリ、ポロリとまるでダイヤモンドのような光り輝く涙が何度も流れて、それを驚いた表情で見つめるしか出来なかった…

 「ありがとうエリオット…私は幸せ者だ。これほど嬉しいことはない…」

 坊ちゃまはそれを拭うこともなく、腕をグッとこちらに差し出して僕の手を握る。その握られた力と熱さが、その言葉の中に込められた意味と溢れるばかりの愛情を物語っている。それに感動して、僕まで涙ぐんで…

 「坊ちゃま…僕は突拍子もない行動をしがちですが、その根底にはいつも坊ちゃまがいますから。それだけは疑わないで下さいね?」

 そう言って、今度は僕が坊ちゃまの手をぎゅっと握った。それから少し恥ずかしくなって、へへへっと笑っていると…何やら視線を感じる。ん?何だ…と周りを見ると、びっくり仰天!店内の人達全てがこちらを見ながら動きが止まっている。

 ──もしもし、ご令嬢…口からチーズが垂れてますけど?

 他も似たりよったりで、何も刺さっていないフォークを口に運んでガチッとする人、あの人は手でサラダをムシャムシャしてるけど大丈夫?僕達のせい…なのかな。
 それを唖然と見ている僕に、坊ちゃまは全く周りを気にしている様子もなく、「指輪をオーダーする時は一緒に行こうね!」と言っている。流石無視スキルマスター!!マスター級だとレベルが違うっすね?

 それから僕達の料理が運ばれて来て、それにワアッと感嘆の声を上げる。
 僕はカツレツ、坊ちゃまは白身魚を注文したんだけど、どれも香草を使ったソースがかけられていて食欲をそそる。それにプチトマトとモッツァレラチーズのサラダにはバジルのドレッシングがたっぷりと。あと、黄色に色付いたサフランライスもワンプレートに添えられていて見た目も実に美味しそう!

 「このドレッシングは、ロウヘンボク産の上質なオリーブオイルを使っているんですよ!凄く美味しいですね」

 「なるほど…オリーブオイルはこんな物にも使えるのか?これなら野菜が沢山食べられていいな」

 フフフッと笑いながら僕達は食事を堪能しながら、先程のことはまるで無かったかのように楽しく話しをした。それから帰ろうかと店を後にすることに。外に出ると、楽しい時間はあっという間だ…店に来た時はまだお日様が真上だったのに、ほんの少し冷たい風が吹いて来ている。
 護衛の騎士がこっちへと近付いてきて、一人が今馬車を呼びに行っていますのでもう直きこちらに…と伝えてくる。それでまだ時間があると分かってこの町並みを眺める。ここは少し街から外れているけど、こういった条件の方が隠れ家の店感が出て、より繁盛すると思っていた。だからシュテファン様から相談された時、良いのでは?と返事したけど正確だった。それに競合の店もないよね?とキョロキョロと見渡した。すると突然、ある既視感に襲われる。

 ──あれ?この町並み…見たことなかった?なんだか昔見たような…

 そう思ってじっと見ていると、ある情景が浮かんでくる。あれっ…ここってもしかして、あの宿屋の近くじゃないかな?僕が初めてこの王都へと出て来て泊まったあの…そしてお金を取られたけれど、荷物を置いていけばそれでいいと、親切にしてもらった覚えのある宿で…

 「うわ!あの宿屋の近くだよ?あの遠くに見える緑の屋根の…」

 そう気付いて頭に浮かんだのは、お金を返さなきゃ!ってこと。幸いあの時とは違って、僕だってお金はそこそこ持っている。そう思って腰の辺りにある紐を握った。今日も財布に紐、付けて来ました!二度とスられないぞ?そう思って。

 「坊ちゃま…突然すみません。僕、お金を返さねばなりません!ずっと忘れてたんですが、最近それを思い出して…。あの宿屋まで、ひとっ走りして来ます!」

 そう言って、反対側の通りの端にある緑の屋根のある建物を指差し、経緯を簡単に説明した。

 「そうなの?私も一緒に行こうか?」

 坊ちゃまがそう言ってくれたけど、僕はフルフルと首を振った。

 「大丈夫です!あんなに近いし。それに坊ちゃまがここに居ないと、馬車が着いた時に困りますよね?それからあちらまで来ていただければ」

 そう言うが早いか、駆け出すのが早いかで走り出した僕。坊ちゃまの方へと笑顔で手を振りながら「ちょっと行って来まーす」と元気な声で伝えて。
 そして僕の背中の方で「気を付けて!馬車が来たら直ぐに向かうから」と言う坊ちゃまの声が聞こえた。

 それがまさか…この日聞く坊ちゃまの声の最後になるなんて!そして、公爵家に雇い入れられてからずっと、片時も離れるのとが無かった僕達が、まさかそうなるとは…
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

ゆい
BL
涙が落ちる。 涙は彼に届くことはない。 彼を想うことは、これでやめよう。 何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。 僕は、その場から音を立てずに立ち去った。 僕はアシェル=オルスト。 侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。 彼には、他に愛する人がいた。 世界観は、【夜空と暁と】と同じです。 アルサス達がでます。 【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。 随時更新です。

【完結】薄幸文官志望は嘘をつく

七咲陸
BL
サシャ=ジルヴァールは伯爵家の長男として産まれるが、紫の瞳のせいで両親に疎まれ、弟からも蔑まれる日々を送っていた。 忌々しい紫眼と言う両親に幼い頃からサシャに魔道具の眼鏡を強要する。認識阻害がかかったメガネをかけている間は、サシャの顔や瞳、髪色までまるで別人だった。 学園に入学しても、サシャはあらぬ噂をされてどこにも居場所がない毎日。そんな中でもサシャのことを好きだと言ってくれたクラークと言う茶色の瞳を持つ騎士学生に惹かれ、お付き合いをする事に。 しかし、クラークにキスをせがまれ恥ずかしくて逃げ出したサシャは、アーヴィン=イブリックという翠眼を持つ騎士学生にぶつかってしまい、メガネが外れてしまったーーー… 認識阻害魔道具メガネのせいで2人の騎士の間で別人を演じることになった文官学生の恋の話。 全17話 2/28 番外編を更新しました

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...