太陽の向こう側

しのはらかぐや

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3章 サマク商国

82.文無しパーティ

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この人数がいて、なお、海賊船は完全な凪となった。
気まずそうに尻尾を下げるアルアスルが上目遣いで眼前の彪と船長を見る。豆鉄砲を食らった鳩のような顔をしてふたりは固まっていた。

「ほ…ほんまに…持ってへんねん…これっぽっちも…」

全員の目がアルアスルに集まる。
静寂を破ったのは船長の豪快な笑い声だった。

「あっはっはっは!なんだ!?本当に持っていないのか!?それでどこへ行くというのだ!」

「待て、お前はその風体からして鍛冶屋だな。…収納空間があるんじゃないか?開けろ」

腹を抱えて笑う船長の前で彪はタスクにサーベルを突きつけて脅す。
探られて痛い腹など何もないタスクは収納空間を開くと中身を全てぶちまけた。
汲んだ水の入った瓶、食料だけあれば生きていけるとでも言いたげな量の携帯用の干した肉や果物、変わった装飾が施された大量の武器に明らかに人数分を超越した服、誰が使うのかわかりもしない油、白馬にもじゃもじゃの生物。
金になりそうなものは華美な服と武器、あとは美しい白馬くらいで、それ以外はガラクタと言っても差し支えはないような代物ばかりだった。
収納空間は誰もが使える能力ではない。
奴隷として育てられた者や運搬を生業にするもの、あとは荷物の多い職人などが魔力の使い方を学んで後天的に得る資格のような能力である。

「こんなにあれこれ入ってて、まじで金はねえ…」

「嘘だろ…」

最初は面白がっていた海賊たちも彪も若干引いている。
船長だけはガラクタが出るたびに息がおかしくなるほど笑って、エレジーとガウがいななきながら現れたところで耐えきれずに彪にもたれかかって崩れ落ちた。

「だ、だから本当にないんですぅ…」

「これ!これで勘弁してもろて…」

アルアスルが足を上げてアンクレットを見せる。
それを見てタスクは収納空間から出した武器コレクションのひとつを、莉音は杖の嵌め石を差し出す。
セバスチャンは見よう見まねで買い込んでいた油を見せ、等加はどこか面白そうに自分の着ていた服をひとつ差し出した。
たてのりは呆れたように深くため息をつく。
船長は息を整えながら口元を押さえて目を細めた。
大きすぎる収納空間に金が入っていないだけでも面白いが、必死の命乞いですらこの有様だということが信じられないほど船長には刺さったようだ。

「変わったパーティだ…気に入った。しばらく俺の船に乗っていろ。どこに向かっているんだ」

「えっと…エルフ島に…」

「ファオクク島か。近くまで送っていこう。さあお前たち、客人だ。もてなせ」

船長の決定に異論を唱えるものはいない。
夕飯を賭けていた柄の悪い海賊たちは次々に一行に近付き、縄を外した。
急に自由になった一行は目を丸くしてその場に立ち尽くす。

「え…ええんか?見逃してもろて…」

タスクとアルアスルが抱き合って潤んだ目で船長を見る。
大の男に見下ろされた船長はより一層面白そうにはにかんで船の奥へと踵を返した。

「はぁ…助かったぁ……」

「送ってくれるってこと?めっちゃええ人やん…」

「おう、今日は宴しようぜ!飲んで食っていけよ!文無しパーティども!」

荒くれ者たちが馴れ馴れしく肩を組む。
嫌そうにするたてのりをよそに、適応能力の高いタスクとアルアスルは一緒になって宴に向かってボルテージを上げていた。
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