太陽の向こう側

しのはらかぐや

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3章 サマク商国

81.日没の海賊団

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プレートが重く海に沈むたてのりを小脇に抱えて水面に浮上した等加は、息を継いだ瞬間に海賊と目が合った。
水面にはもうほとんど誰もいない。
セバスチャンの抵抗むなしく、全員が大人しく船へと連行されたようだった。

「さ、お仲間のところへ行こうな」

仲間を人質に取られている状態では抵抗もできない。
等加はしぶしぶたてのりを中型の船に担ぎ上げて乗せると自分もひらりと乗り上がった。
船の上で不愛想にむくれたままプレートに溜まった水を出すたてのりは海賊に危険視をされたようですぐに拘束される。
等加はたてのりを縛った縄の先を持たされ、大型の海賊船の上に上がるよう指示された。
機嫌の悪い大型犬の散歩風景だ。

「あ、等加ちゃん…!」

「たてのーん!お前ダサすぎるってぇ!」

大型の船の甲板に上がると、男どもは一番太い柱に円状に括りつけて座らされていた。
体格のいいタスクとアルアスル、セバスチャンと同じ縄で同じ場所での拘束では緩くなってしまったであろうという想像に難くない莉音はひとりだけみのむしのように柱から吊り下げられて波に合わせて揺れている。

「黙れ」

眉間に深い皺を刻んで睨みつけるたてのりも同じ柱に拘束され、等加はみのむしの莉音から伸びた残りの縄で近くの細い柱に縛られた。
何十人という見慣れない種族の海賊に囲まれてアルアスルの耳と尻尾は垂れ下がり、図体の大きいタスクもすっかり萎んでいた。

「へー、ちいせえ舟に乗ってた割にえらく上物がいるじゃねえか」

柄の悪い海賊が等加の顎を掴んで舐めるように顔を見る。
等加は涼しい顔でそっぽを向くが、すぐ上のぶら下がった莉音が振り子になって喚き散らし暴れた。

「だーっ!汚い手ェで等加を触るんちゃう!犯罪者!不浄のもの!あての天使に近寄んな!」

「なんだ、騒がしいぞ」

莉音の甲高い声での大騒ぎが聞こえたのか、船内へと通じる扉が開いてふたりの人影が現れた。

「あっ、しゃっつぁん!これさっき見えた小舟に乗ってた奴らよ!」

周りを囲む荒くれ者たちが笑顔で道を開ける。
その場にいる誰よりも派手な装いでありながら上品な佇まいの小さな人物と、それに従うようについて歩く大きな人物だ。
縛られた一行の前まで歩みを進めたふたりは興味深そうに全員を見つめた。

「これだけか。本当に少ないではないか」

「あ、あ、あ、あの…」

小さな人物は周りの獣人よりもヒューマンに近く、一見すると完全型猫人族の子供のようだった。
上品な仕立てのブラウスに輝くブローチをつけ、莉音より少し大きいくらいの背丈に不釣り合いなほど豪勢なファーがついたコートを羽織っている様子はいいところの坊ちゃんのようにも見える。
しかし、被っている怪鳥の羽根をさした大ぶりな帽子はいかにも荒くれの海賊だ。
周囲の対応から、この猫が船長だとなんとなくわかった。

「お前たちは旅の者か?心配しなくともよい、有り金を置いていけば命まではとらない」

可愛らしい風貌から覗く鋭い犬歯が心配を加速させる。
アルアスルにも尖った歯は生えているが、それよりもさらに鋭くひと噛みであの世へ送られてもおかしくはない。

「あ、あ、有り金って言ったって、俺らぁ…まじで一文無しやねん…!」

眉を下げたタスクが震える声で叫ぶ。
食料こそ持ってはいるものの、金というものは運賃で全額支払ってしまっているため銅貨1枚足りとも持ち合わせてはいない。
タスクの発言に海賊たちは一瞬静まり返り、次いで一斉に声を上げて笑った。

「この場面で金を出し惜しんでやがる!」

「豪胆な奴らだ!」

目の前で一緒になって笑っていた小さな猫は実に愉快そうにしながら後ろに立つ大きな方に目線をくれた。
大ぶりな帽子にフリルをあしらったブラウス、腰巻きといったいかにもな海賊の風体をした大きな方は無表情のまま腰のサーベルを抜いた。

「ここで出し惜しみをしたのはお前たちが初めてだ。悪いが付き合ってはいられない。まだら

「あぁ」

彪と呼ばれた大きな獣人は前に進み出るとサーベルをアルアスルとタスクの間にちらつかせる。
たてのりは舌打ちをして腕を解放しようと暴れた。

「ほ、ほ、ほんまに…ほんまに持ってへんねん…!」

「海を横断し旅する者が一文無しなどありえない。余程の愚か者だろう」

「よほどの!おろかものやねん!」

一行のあまりの必死さに彪は眉を顰めて船長らしき方を振り返る。
周囲は面白がって野次を飛ばした。

「じゃあ跳んでみろよ!どうせチャリチャリいうだろ!」

「立って跳んでみろー!音が鳴ったやつから身ぐるみ剥がそうぜ!」

「俺、猫人に夕飯の魚!」

「俺はあっちの姉ちゃんにデザート!」

誰が金を持っているかと勝手に賭け事まで始める始末だ。
小さな船長は苦笑した。

「彪、こいつらの縄を緩めて立たせろ」

「わかった」

立てるくらいまで縄を緩められた男性陣と等加がその場に並んで起立すると、海賊たちは夕飯を賭けて熱狂した。
完全に見世物となった一行は遠い目をする。
セバスチャンだけがやけに楽しそうにこの雰囲気を味わっていた。

「一番オッズの低いのは誰だ!?一攫千金だ!」

「盲のドワーフ!」

指名された莉音は縄から下ろされ、その場で飛ぶように指示される。
莉音は意味もわからず何度も跳ねるが、体に不釣り合いな胸がたゆたゆと揺れるだけで何の音もしない。

「持ってねえな。次は?」

「そっちの機械みてえなやつだ!」

セバスチャンが飛び跳ねると船いっぱいに重たい足音が響く。
乗ってきた小舟であればそれこそ木っ端微塵だが丈夫な海賊船は問題なさそうだった。
ガシャガシャと機械や歯車がぶつかる音はするが、涼しく響く金の音はしない。
次に跳ばされたたてのりもプレートの擦れる音で、タスクと等加に至っては衣擦れの音だけである。

「かーっ!姉ちゃんじゃねえかぁ!」

「金管理と言えば猫人だぜ」

盛り上がる海賊たちの視線と耳がアルアスルに集まる。
金を持っていないことを重々承知しているアルアスルは恐れながらぴょこぴょこと跳ねるが、当然のごとく本当に金の音はしなかった。
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