渓谷の悪魔と娘

ココナツ信玄

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 時が経ち、トムも流暢に喋りだし川魚を一人で捕まえてくるようになった頃、トムの様子がおかしくなった。
 ソレが捕らえて捌き、美味しい粉もまぶしてジューシーに焼き上げた肉を前にして、トムが手を付けないでいるのだ。

「どうしたんだ、トム?」
「食べたくない」

 トムは真剣な顔で言い切ったが、間を置かずに薄い腹が鳴った。

「お前の腹は鳴っているのに。何故だ」
「焼いてないのがいい!」
「お前が食べるものは焼くんだ。生は食べられない」
「ヤダ! 焼いてないのがいい!」
「トムには食べられない」
「!! 父さんは焼いてないのを食べてる!」
「お前と父さんは違う」

 何が気に障ったのか。
 突如、トムの緑色の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

「ヤダ! 一緒がいい!」

 もう大きくなって、声を上げて鳴くことなくなっていたのに。
 トムはボロボロと涙を零して鳴き続けた。

「父さんとトムは一緒! いっしょなのー! うわあああああああん!」

 天を仰いで大声を上げ、目から水を出してソレが与える糧を拒否するようになったのだ。
 今まで食べていたものを忘れ、警戒しているのかと思い、ほんのちょっぴりだけ端を齧って見せれば、何とか口にはしてくれるのでトムが飢え死にすることはなかったけれど。

「トム! 崖を登ろうとするのはやめろ! 落ちて壊れてしまう!」
「父さんは登ってた!」
「父さんは力持ちだからいいんだ!」
「やだー! トムも登る! 父さんみたいに登るー! うわあああああん!」
「……」
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