男しか存在しない世界に女として転生した私の幸福な毎日。

ココナツ信玄

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転生幼児は友達100人は作れない6

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 空中の放り出され、つかの間の飛行経験を得た私はそれを楽しむ前に柔らかな、べちゃべちゃしたヘドロ状のものにダイブすることになった。
 色からして腐った苔と腐った葉だろう。
 地面の凹みに溜まった雨水が腐り、そこへ腐ってドロドロになった苔が流れ込み、森の木々の葉っぱが降り注いで、腐ったキャベツの臭いがするココア池みたいになっている。

「うへぁ……」

「大丈夫かティ……」

 駆け寄ってこようとしたイレインスが足を止めた。
 子供当番のくせに子供を慮らないとは何事か。
 子供当番の責任感は、御腐れキャベツ臭ヘドロに負けてしまうようなものなのか。
 ジト目で見つめるヘドロまみれの幼児に己の義務を思い出したらしいイレインスは、片手に茶色い塊を掴んで私へと歩み寄ってきた。

「プキー!」

 甲高い鳴き声を上げながら小さな4本の足をジタバタさせているラグビーボールほどの生き物。

(ウリ坊?)

 前世で見た姿よりも少し鼻が長いが、アリクイほどではない。それ以外はまさしく猪の子供のような動物の首根っこを持って、イレインスがヘドロの上に腹ばいになっている私の前に膝をついた。

「怪我してないか?」

 ヘドロまみれの私に触れるのを一瞬だけためらったものの、イレインスはウリ坊(仮)から手を離して両手で私を引き起こしてくれた。

「うわっくっせえ……」

 デリカシーのない男の呟きは無視し、自由になったというのにイレインスの足元でウロウロしている動物を見つめる。

「プキ!」

 手を伸ばしたら後退りされたが、それ以上逃げていこうとはしない。
 とても人懐っこい動物だ。
 野生動物として呑気すぎやしないだろうか。これではあっという間に捕食されて絶滅してしまうだろうに、とウリ坊(仮)を心配したとき、森の奥から茂みを踏みつけバキバキ音を立てて何かが近づいてくる音が聞こえて来た。
 おそらくは先程奥で会話をしていた誰かなのだろうが、イレインスは反射的に私を抱き寄せ身構えた。

「おーい! にくっこ、戻って来い!」

 聞き覚えのある声だった。
 私を抱き締めていたイレインスの腕から力が抜けたのを感じた。

「なんだ、お前かあ……」

 安堵の溜息と共に吐き出された呟きに、イレインスの胸の中から顔を上げてみれば、きっとモテないだろうデリカシーのない男がいた。

「げっ! イレインスかよー」

「バーゲル、こんな所で何してたんだ」

「それは……」

 デリカシーのない良い男、バーゲルは青い瞳を迷うように揺らす。明らかに褒められるようなことをしていなかったのだろうと思われた。
 訝しげに目を細めるイレインスから顔を背けるバーゲルの姿に、今日の子供当番はますます不審そうに目を眇める。

「お前、なにか」

 イレインスがキツイ声音を発すると、それに被さるようにして森の奥から下生えを踏みしめる音が聞こえて来た。
 大きな生き物が茂みの中を分け入ってくる音は先程と同じだったので、バーゲルと奥で話していた人なのだろうと推測できた。
 私はどうせ村の人間なんでしょ、と警戒することもなく居たのだが、イレインスは再び全身を緊張させて私を後ろに庇うようにして立った。

「おい、バーゲル! にくっこ捕まえたか?」

 謎の言葉を発しながら奥から小走りにやってきたのは、いつぞや見た緑髪のトールに似た青年だった。3年前よりますますトールに似てきている。

「マール!」

「イレインス?! ば、バーゲルこれは……」

「……」

 心底たまげた様子のイレインス、困惑しきっているトール似のマール、プチパニック状態でオロオロと二人の青年とヘドロまみれの幼児を見比べているバーゲル、腐ったキャベツ臭に涙が出てきた幼児、私。誰も何も言えなくて棒立ちになり、その場に静寂が落ちる。
 しかし獣に人間の心の機微がわかるはずもなく、気まずさもどこ吹く風で茶色い生き物は鳴いた。

「ブキッ!」

 どこか呑気なその鳴き声で我に返ったマールは、イレインスの足元を指さした。

「っ! イレインス! その茶色いの捕獲!」

「は? あ、ああ」

 言われたことを理解したと言うより、イレインスは条件反射で動いたらしく、ぽかんとした顔で私を離すとその手で足に纏わりついていたウリ坊(仮)を掴み上げた。

「プキーッ!」

 おそらく怒っているだろう金切り声を上げ、その動物は四肢をジタバタさせている。

「こいつは」

 生き物の背中を右手で引っ掴んだ格好で、イレインスは仁王立ちしてバーゲルとマールを見た。その目に浮かぶのは、後で食べようと取っておいたシュークリームが冷蔵庫から消え、その場にいた人を疑う猜疑の光に似ている。

「村の近くにマチョの子供がいるのはどういうことだ」

 まちょ。
 聞き慣れない単語に、臭気に顰められていた私の顔がますますクシャッとなるのを自覚した。
 イレインスは口元にクリームが付いていないか探る人のように、目を眇めてバーゲルとマールを見比べる。

「それはっ」

「た、たまたま! ついさっき偶然見つけて!」

「……親が探しに来るかもな。長老に言って狩りの準備をしてもらわなければ」

「いや! その、狩りは」

 明らかに目を泳がせるバーゲルに、イレインスの目はますます細められていく。

「狩りは、なんだ?」

「だから、狩りは、出来ないかも、というか……出来ないんじゃないかと……」

「出来ない? 何でそんなこと言い出すのか教えてもらいたいな。狩りが絶対に成功するとは誰にも言い切れない。当たり前のことだ。それでも食料を持ち帰るために挑戦するのが狩りだろ」

「そうだけど……」

「三の村には小さい子供がいるんだ。マチョの親が子供を取り返しに村を襲撃したらどうするつもりだ? 村の防御のためにも迎え討つ準備をしないといけないだろ」

「そうなんだけど!」

「バーゲル、お前何を考えてる? 病人と怪我人、子供に肉を持ち帰るのは村に住むものの仕事だぞ!」

 なるほど。
 納得した。
 この村は前世よりも技術的な文化は遅れているが、集団で生きる動物としての社会性文化は現代日本並みに発達しているらしい。勤労と弱者保護の義務がしっかりと根付いているようだ。
 危険な野生動物と外敵がいるような環境で、弱者は簡単に切り捨てられる場面を映画や漫画、小説で見てきた。しかしこの村ではそうはならず、庇護し労る方針で来たようだ。戦力となるマンパワーを大事にする姿勢は、前世で度々問題になったブラック企業に見習ってもらいたいくらいだ。
 自分の村を自慢に思い胸を張る私を余所に、3人の青年達は話し続ける。

「狩りが出来ないと言うなら、小さいがこのマチョの子供を持って帰ろう。何もないよりマシだ」

「やめろ!」

 話していたバーゲルではなく、マールがイレインスに飛びかかっていってウリ坊(仮)を奪い取った。

「肉っ子は食べ物なんかじゃないっ!」

 悲痛なほどの必死さで叫んだマールの声に驚いて、森の奥で鳥達が一斉に飛び立った。

 


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