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転生幼児は友達100人は作れない5

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 村から出たイレインスは、軽い足音を立てて森の中を走っていた。

「むぶぶっ」

 顔に蜘蛛の巣がかかった感触がして、私は首を振ってそれを払い落とそうとした。

「こらっ! ティカ、暴れんな!」

「だって、うぺぺっ!」

「大人しく口閉じてろ! 舌噛むぞ!」

「うんー」

 現在イレインスの背中におぶわれている私は、たしなめられるように優しく揺さぶられ、大人しくイレインスの首にしがみ付いた。しかし蜘蛛の巣の感触が気持ち悪いので、目の前のイレインスの背中に顔を擦り付ける。

「涎つけんなよ、ティカ」

 私を何だと思っているのか。
 酷い言いがかりだ。
 ムッとして黙り込んだ私を背中でポンと跳ねさせ背負いなおしたイレインスは、一層速く駆けだした。
 揺れる。
 上下に本当に揺れまくる。私の小さく薄い舌など簡単に噛み千切れてしまうほどの縦揺れだ。
 しかし大人と比べると足が短い私が不審者の後を追いかけるにはイレインスに背負われる必要があったので文句は言えない。
 本当に舌を噛み千切ってしまいそうなので、歯を食いしばって大人しくしておくことにする。
 村のすぐ近くの辺りの森は、子供当番付きではあったが友人たちと訪れたことがあった。
 採取に向いた木の実や小さな果実、美味しい蜜の花などがそこここにあったのを覚えている。きっと森の入り口とは名ばかりで、実際には三の村の人が思い思いに好きなものを植えた庭園みたいなものだったのだろう。そこは確かに人の手が頻繁に入っていて、下草は綺麗に刈られていて歩きやすかったし、木々の枝も重なることなく広がっていた。しかし入り口から少し離れると周囲の様子は一変した。
 木々の枝は厚く重なり、昼なのに空が見えない森の中は薄暗かった。
 微かな陽光しか降り注がない地面には、シダ植物やコケ類が生え、腐ってはそれを苗床に生え、を繰り返して緑とドブ色が斑に混ざったものが広がっている。
 腐った倒木は毒々しい深紅の茸に覆われ、遠目に赤い蟻にたかられた誰かの死骸のように見えた。
 不気味だ。
 前世で登った山とはまるで違う、陰鬱な光景だった。前世日本とここは気候が違うのだろう。
 奥の方からバサバサと鳥が飛び立つ物音が聞こえて来た。先を行く茶色頭に驚いたのだとすぐ察したが、ビビってしまった私はイレインスの首に回していた手に力を込めてしまった。

「っ! 大人しく、してろな」

 静かすぎる森の中、イレインスが囁く。

「うん」

 私も小声で返すと、ほっと息を吐いたイレインスが走るのを止め、忍び足で歩き始めた。
 茶色頭の姿は視認できない程に離れている。しかしここ三年間大がかりな狩りを控えていたこともあり、森の奥深いところの茂みは大型の動物に踏みしだかれることがなかったようで、先を行く人間の痕跡は幼児の目にも明らかだった。
 枝を折られ、踏みつけられた跡を追ってしばらくして、イレインスはそっと太い木に寄り添う。

「……」
「……」

 森の奥で誰かが話をしているようだった。
 茶色頭は確かに一人だったのに。
 森で待ち合わせをしていたのか。

 逢引きだ!

 遂に生BLちゅっちゅのお目見えだ! と興奮し、イレインスの後頭部から身を乗り出す。

「こら、ティカ!」

 イレインスに小さな声で怒られたが何の痛痒もない。
 私は目の前の黒髪ショートボブに抱き着き、落っこちないようイレインスの肩に片足をかけながら耳を澄ました。

「……めだ!」

「でもお前だって……」

 ちらほら聞こえてくる声には恋愛の甘い響きが無いようだった。揉めているようだ。
 逢引きをしたまではいいけれど、待ち合わせ場所で喧嘩になってしまったのかもしれない。
 これは口喧嘩からの仲直りイチャラブが始まるか? と興奮してしまい、イレインスの肩を乗り越えるほど前傾姿勢になったところで、上半身を捕獲されてしまった。

「大人しくしろって言ったろ!」

 ジャーマンスープレックスされる直前のように、後ろから縦抱っこされされてしまい身動きが出来なくなってしまった。

「……一の村……えれ!」

「無理だ……れるだろ」

 森の奥から漏れ聞こえてくる声はどんどん深刻な色を帯びていく。
 とても気になる。
 一の村という単語も聞こえた。遂に三年間我慢に我慢を重ねていたアルファ達がオメガがわんさかいる三の村に押しかけようとしているのかもしれない。もしもそうなってしまったら、二の村の立場はどうなってしまうのだろう。アルファもオメガもフェロモン事情から計画的に離れて暮らしている。フェロモンに左右されないベータ達は彼らを尊重して二の村に居てくれているのに、アルファとオメガがその気持ちを足蹴にするようなことをしたらまずいのではないだろうか。怒った二の村関係者達が私達子供達を受け入れてくれなくなってしまったら大変困る。私は前世からの夢である全寮制男子校(のような村)に潜入することを諦めたくはない。
 両の脇の下を掴まれている私は、イレインスの魔の手から逃れるべく両足を左右に一生懸命揺らした。

「ふん! ふんっ!」

「馬鹿! やめろティカ!」

「ふんぐ! ふんぐ!」

 大きなのっぽの古時計レベル100くらい両足を大きく振り子のように揺らす。
 遠心力を利用して、声の方へと近付こうとしないヘタレなイレインスから逃れ、私の足で森の奥へと向かおうという完璧な計画だ。

「……だからこうしてっ!」

「今は駄目だ!」

「ふんぐぐ! ふんぐぐ!」

「言うこと聞け!」

 森の奥の声の主達のテンションも、ブンブン揺れてばかりの幼児の相手をするイレインスの堪忍袋の緒も、今にも暴発してしまいそうになったとき、

「あっ!」

 森の奥から焦ったような声が聞こえ、同時に何か茶色いボールのようなものが私とイレインスの方へと向かってくるのが見えた。
 すごい勢いで跳ねるように近付いてくるそれは、湿った苔を踏み散らかしながらやってきてイレインスの太腿にぶち当たって来た。

「わっ!」

「ああっ!!」

 驚いたイレインスの手から放たれた私は、自分が作り出した横揺れに乗って空中に放り出された。
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