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赤子転生8

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 大人の事情を他所に泣き出した子供に慌てふためき、私は声の出どころを探す。しかし両手を赤ん坊の手を握るのに塞がっているので、頭だけで周囲を確認する。

「うぎゃあああ!」

「うああああああっ!」

 赤ん坊の泣き声とダシュトのいきみ声が重なって結構な音量になっているのに、キューピーさんも暴君も泣かないでくれている。

「ぎゃああああ!」

 それなのにもう一人の赤ん坊はギャン泣きしている。
 一体どうしたことか。
 お腹が空いたのか、おむつが汚れたのか、眠いのか。一刻も早く落ち着かせなければ出産の妨げになってしまう。

「よしよし、驚いたな、でも怖くないからな。よしよし」

 トールがあやしているようなので、ダシュトの傍らへと頭を捻じ曲げてみる。

「わぎゃああ!」

「ちょーっと待ってろな。今、ダシュトが頑張ってるからなあ。よしっ! いきめ!」

「ああああああああっ!」

「あぎゃああああ!」

 トールが産婆……産爺をしながら背中に赤ん坊を背負ってあやしている。体の前面にも抱っこ紐らしきものがぶら下がっていたので、おそらくトールは自分の体に赤ん坊四人を装着しようと試みていたのだろう。が、その道半ばにしてダシュトが産気づいたのだと思われた。
 ダシュトがいきんだら赤ん坊が泣き、赤ん坊が泣いたらダシュトがいきみ声を上げ。
 何だかそう言う地獄にトールが突き落とされたような絵面だった。
 赤ん坊二人と手を繋ぎながら、その地獄を眺めていたが、それもやがて終わりを告げた。

「わぎゃあああ!」

「うああああああっ!」

「……おんぎゃあぁ!」

 もう一人分赤ん坊の泣き声が増え、ダシュトの咆哮が止んだ。

「頑張ったな! 元気な子だぞ!」

 トールは文字通り真っ赤な子供をダシュトの顔の横まで持っていく。

「オレの、オレとマレルの子供……」

 疲労困憊な様子のダシュトだったが安心したような、泣き出しそうな、笑い出しそうな、変な顔になって涙をこぼした。

「抱いても、いいですか?」

「ちょっと待て。この子を綺麗にしてやらなければ」

 安堵したような一気に老けたような、二回りくらい小さくなってしまったような様子でダシュトに微笑みかけたトールは、赤ん坊を抱いて泣きわめく乳児を背負って火の側へと寄っていった。
 ギャン泣きしている新生児を、いつの間にか用意していた産湯で洗い清めたトールは、手慣れたように白い布で子供の全身をぐるぐる巻きにしてしまった。
 手も足もひとまとめに布で包まれ顔しか外気に触れていない。まるで何かの昆虫のサナギか赤ん坊のミイラのような風体にされた子供は、藁ベッドの上で力なく横たわるダシュトの胸の上に置かれた。
 戸惑いがちに自分の子供を受け取ったダシュトは、わんわん泣いている赤ん坊に眉尻を下げる。

「何が悲しいんだ? そんなに泣いて……」

 背中の子供を揺すって宥めすかし、乱れたダシュトの衣服を整えてやりながら、トールは小さく笑った。

「産まれたばかりの子供は泣くものだ。悲しいのではない。この世に生まれ落ちた産声を上げているだけだ」

「産声」

「そうだ。元気な証拠だ。無事に生まれて良かったな!」

 トールに言われて実感が湧いてきたのか、ダシュトは胸の上の赤ん坊を抱き締めた。

「生まれて来てくれてありがとうな。俺の子供に生まれて来てくれて、ありがとうな!」

 ぽろぽろ泣いているダシュトにふかふかした綿を伸ばしたような布をかけてあげるトールも、産まれたばかりの子供を慈しみ深い目で見ている。

 ふと疑問に思った。
 この世界での私の親はどんな人間達だったのだろう。
 最初に私の意識が覚醒した時、私は凍えていた。きっとこの世界での生物学的な親たちは私の生存を望んでいなかったのだと思う。もし何かしらの事情があって手放さざるを得ないのだったら、せめて孤児院や育ててくれそうな人の家や村長のような権力のある人の元へ連れていくのではないだろうか。
 この世界では私は望まれて産まれたわけではないようだ。
 もしも円満BL夫婦の下に産まれていたら、毎日がBL鑑賞だったかもしれないのに。
 残念だ。

 ふう、と落胆の溜息を吐いたとき、右手のキューピーさんがぷるぷる震えだした。寒いのかと思い、トールを呼ぼうと両足をばたつかせて藁ベッドの表面をぱたぱた鳴らす。
 一生懸命動いたので風が巻き起こった。
 その空気の対流に乗って大きい方であろう匂いがした。

「だあ!」

 さっきまで震えていたキューピーさんの震えが止まっている。あ、と私が察した途端、左手の暴君の方からプリっという可愛らしい破裂音が聞こえてきた。共鳴したらしい。

「ああ! お前、うんこしたな」

 奥に行ったトールが声を上げたので、背中か腕の中の赤ん坊も排泄共感したようだ。
 三の村の赤ん坊同士で排泄共感ネットワークでも敷かれているのか。
 不思議なこともあるものだ、と他人事のように思っていたが、遺憾ながら私も赤ん坊の身。ネットワークにいつの間にか絡めとられていたらしい。

「……」

 尻がとても不快だ。
 致した当人がおむつを変えろと注文することは申し訳なくて出来なくて、じっと我慢することにする。
 しかし両隣の乳児たちはそんなことお構いなしに全力で泣いて訴える方針を取った。

「わああああん!」
「ぎゃああああ!」
「……」

 泣き喚く赤ん坊達に、新生児は奥に寝かせ背負っていた赤ん坊はおむつを交換したのち再び背負いなおして、おんぶ紐を結び直しながら藁ベッドへと戻ってきた。

「どうしたんだお前たち! さっきまで静かだったじゃ……」

 近付いて来て匂いに気付いたらしく、トールの足が止まる。

「お前たちもか」

 その場に膝をつきそうなほど、トールの表情がごっそりと抜け落ちた。
 おむつラッシュが三の村一番の医療師の心をへし折ってしまったらしい。しかしそこは三の村一番の医療師、すぐに立ち直っておむつ替えの準備を始めてくれた。

「今のうちに全部出しておけよ! またすぐおむつ替えしなくて済むようにぜーんぶ出せよ!」

 ダシュトはいつの間にか眠っているし、赤ん坊にはまだ言葉が分からないと思っているトールは、そんなことをやけっぱちな声音で呟きながら手早くおむつ交換をしていく。
 キューピーさんのおむつを替えて、私を見ると――私を飛ばして暴君のおむつを替えた。

「……」

 私は尻の不快感を視線に込めてトールを見つめる。

「……」

 トールの目が再び私の上に落ちるが、何も言ってくれない。
 タウカとの約束を破ってしまうことになるので躊躇しているのだろう。

「タウカに知られなければいいよな。おむつを替えなければティカの尻がかぶれてしまうし」

 かぶれるのは嫌だ。
 ベビーパウダーなどきっと無い世界で、そんな状態異常には罹りたくない。
 お手数ですがおむつを替えてください、という思いを込めてじっとトールを見詰める。

「……そうだ、言わなければ知られようがないのだし」

 おむつかぶれとタウカとの約束を天秤にかけ、おむつかぶれのほうが重要だと判断したらしく、二児の父は私の下半身に巻き付いていた布おむつを開いて手早く尻を拭こうとして、硬直した。

「これは……どう言うことだ?!」
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