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第二話 アンナとヨシオ
一
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五連勝したところで、卓割れした。
『スパロー』のレートはテンゴ(一〇〇〇点五十円)だから、勝ちはせいぜい一万五千円というところだ。ここで稼ごうとは思っていない。生活費は、月に数回行く高レートで、充分稼げている。
アンナは、純粋にこの雀荘を気に入っていた。店長の高田やメンバーの鶴見とは親しく、たまに三人で飲みに行く。
十七時前、飲みに行くにはまだ早い。もう一卓の様子を、アンナは覗いてみた。
常連の武田と後藤、鶴見、新顔の男、という並びだ。新顔は二十歳手前、痩せ気味でメガネをかけている。
「ようアンナ、相変わらず強いな。今夜、飲み行かないか。それか、来週あたり花見でも」
後藤が声をかけてきた。相変わらずチャラい男だ。下心が見え見えなのは仕方がないが、どうもこのタイプは好きになれない。人間性と同様、麻雀も薄っぺらだ。
「いや、遠慮しとくわ」
「なんだよ。とりあえず、対面ラス半入ってるからさ、次入れよ」
「う~ん、今日はもういいかな」
そっけなく断ると、後藤が舌打ちした。アンナは無視して、ラス半をかけている新顔の、斜め後ろに立った。
この店は後ろ見NGではないが、当然いろいろと気は遣う。だが、新顔はアンナを気に留める余裕もないほど緊張し、手もふるえていた。牌の扱いからして、ド素人だ。フリー雀荘はおろか、リアルの麻雀経験自体が少ないように見える。おおかた、オンライン麻雀ゲームから始めた口だろう。アンナは、その手のものにはまったく興味がない。
南一局、新顔は南家で五九〇〇点のラス目だが、手牌は、かなり整っていた。
白は生牌だが、当然ここでリリースだろう。六九萬四萬、三六索でテンパイとなる。だが、新顔はなかなか牌を切らない。
(え! これで悩むか?)
アンナは思わず心で呟いた。
「おーい。サクサク頼むぜ~」
「す、すみません……」
「気にしなくていいですよ、水嶋さん。後藤君、言い過ぎだって」
「はいはい、ごゆっくり」
新顔は、水嶋というらしい。鶴見がフォローしたが、後藤は悪びれる様子もない。だが、後藤の言い分にも一理ある。いくらなんでも、水嶋の思考時間は長すぎだ。
水嶋がようやく切った牌は、三萬だった。これでは、四萬が裏目になってしまう。とてもまだ、フリー雀荘で打てるレベルではない。
案の定、次巡のツモ牌は、四萬だった。
水嶋が、前巡切った河の三萬を見て、ハッとした。
(いま気づくのかよ……。本来ならここでテンパイだ。ここから456三色の目もあるが……)
内心呆れながらも、アンナは表情を変えず次善策を考えた。
水嶋が、焦った様子で白を切った。テンパイ逃しは痛いが、まだどうにかなる。
「ポン! いま重なったとこだぜ」
発声は後藤だ。前巡に切っていればポンされることはなかったし、満貫の手を張っていた。後藤は白を晒し、七萬を切った。
「ポ、ポン!」
水嶋が、慌てて発声した。
(そのポンはイケてないな……ドラが出て行っちまう)
七萬をポンした水嶋が、ドラの八萬を切る。
「ロ~ン! 満貫、ラストだな!」
発声とともに、後藤が手牌を開けた。
「あっ……」
八〇〇〇点を放銃し『飛び』となった水嶋が、黒い点棒を出した。それは知ってるんだな、とアンナは思ったが、もしかしたら、この前の半荘でも飛んで、教わったのかもしれない。
鶴見が、精算ボタンを押した。ここは箱下精算もある。ラスのウマ千円とゲーム代四百円を合わせて、マイナス三一〇〇円の表示が出た。ゲーム代は、トップの者がトップ賞百円をプラスし、計千七百円を店に支払う。
「精算もサクサク頼むぜ~」
呆然とする水嶋に、後藤が追い打ちをかけるように言った。
「あの……終わります……」
「ありがとうございました、水嶋さん。またお待ちしてます!」
高田が声をかけるが、水嶋は生返事で、肩を落としながら店を出て行った。
「高田さん、いまの人初めて?」
「ああ、水嶋……ヨシオさんとか言ったかな。雀荘自体初めてだってさ。ちょっとまだ、無理があったかな。また来てくれるといいけど」
「ま、何事も経験さ。じゃあね、また」
「え、アンナちゃん、マジでやんないの? あ、小形さんいらっしゃいませ! 始まりです!」
ちょうどいいタイミングで、常連の小形が来た。
挨拶を交わし、アンナは店を出た。
『スパロー』のレートはテンゴ(一〇〇〇点五十円)だから、勝ちはせいぜい一万五千円というところだ。ここで稼ごうとは思っていない。生活費は、月に数回行く高レートで、充分稼げている。
アンナは、純粋にこの雀荘を気に入っていた。店長の高田やメンバーの鶴見とは親しく、たまに三人で飲みに行く。
十七時前、飲みに行くにはまだ早い。もう一卓の様子を、アンナは覗いてみた。
常連の武田と後藤、鶴見、新顔の男、という並びだ。新顔は二十歳手前、痩せ気味でメガネをかけている。
「ようアンナ、相変わらず強いな。今夜、飲み行かないか。それか、来週あたり花見でも」
後藤が声をかけてきた。相変わらずチャラい男だ。下心が見え見えなのは仕方がないが、どうもこのタイプは好きになれない。人間性と同様、麻雀も薄っぺらだ。
「いや、遠慮しとくわ」
「なんだよ。とりあえず、対面ラス半入ってるからさ、次入れよ」
「う~ん、今日はもういいかな」
そっけなく断ると、後藤が舌打ちした。アンナは無視して、ラス半をかけている新顔の、斜め後ろに立った。
この店は後ろ見NGではないが、当然いろいろと気は遣う。だが、新顔はアンナを気に留める余裕もないほど緊張し、手もふるえていた。牌の扱いからして、ド素人だ。フリー雀荘はおろか、リアルの麻雀経験自体が少ないように見える。おおかた、オンライン麻雀ゲームから始めた口だろう。アンナは、その手のものにはまったく興味がない。
南一局、新顔は南家で五九〇〇点のラス目だが、手牌は、かなり整っていた。
白は生牌だが、当然ここでリリースだろう。六九萬四萬、三六索でテンパイとなる。だが、新顔はなかなか牌を切らない。
(え! これで悩むか?)
アンナは思わず心で呟いた。
「おーい。サクサク頼むぜ~」
「す、すみません……」
「気にしなくていいですよ、水嶋さん。後藤君、言い過ぎだって」
「はいはい、ごゆっくり」
新顔は、水嶋というらしい。鶴見がフォローしたが、後藤は悪びれる様子もない。だが、後藤の言い分にも一理ある。いくらなんでも、水嶋の思考時間は長すぎだ。
水嶋がようやく切った牌は、三萬だった。これでは、四萬が裏目になってしまう。とてもまだ、フリー雀荘で打てるレベルではない。
案の定、次巡のツモ牌は、四萬だった。
水嶋が、前巡切った河の三萬を見て、ハッとした。
(いま気づくのかよ……。本来ならここでテンパイだ。ここから456三色の目もあるが……)
内心呆れながらも、アンナは表情を変えず次善策を考えた。
水嶋が、焦った様子で白を切った。テンパイ逃しは痛いが、まだどうにかなる。
「ポン! いま重なったとこだぜ」
発声は後藤だ。前巡に切っていればポンされることはなかったし、満貫の手を張っていた。後藤は白を晒し、七萬を切った。
「ポ、ポン!」
水嶋が、慌てて発声した。
(そのポンはイケてないな……ドラが出て行っちまう)
七萬をポンした水嶋が、ドラの八萬を切る。
「ロ~ン! 満貫、ラストだな!」
発声とともに、後藤が手牌を開けた。
「あっ……」
八〇〇〇点を放銃し『飛び』となった水嶋が、黒い点棒を出した。それは知ってるんだな、とアンナは思ったが、もしかしたら、この前の半荘でも飛んで、教わったのかもしれない。
鶴見が、精算ボタンを押した。ここは箱下精算もある。ラスのウマ千円とゲーム代四百円を合わせて、マイナス三一〇〇円の表示が出た。ゲーム代は、トップの者がトップ賞百円をプラスし、計千七百円を店に支払う。
「精算もサクサク頼むぜ~」
呆然とする水嶋に、後藤が追い打ちをかけるように言った。
「あの……終わります……」
「ありがとうございました、水嶋さん。またお待ちしてます!」
高田が声をかけるが、水嶋は生返事で、肩を落としながら店を出て行った。
「高田さん、いまの人初めて?」
「ああ、水嶋……ヨシオさんとか言ったかな。雀荘自体初めてだってさ。ちょっとまだ、無理があったかな。また来てくれるといいけど」
「ま、何事も経験さ。じゃあね、また」
「え、アンナちゃん、マジでやんないの? あ、小形さんいらっしゃいませ! 始まりです!」
ちょうどいいタイミングで、常連の小形が来た。
挨拶を交わし、アンナは店を出た。
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