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第四話 麻雀サークル

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 アンナがオーディオの再生ボタンを押すと、ストレートで荒々しいロックが流れてきた。モーターヘッドというバンドらしい。
 ヨシオは、ピザを手に取った。チーズが伸び、具のテリヤキチキンが引っ張られる。落ちかけた具を反対の手でピザに乗せ、少し折り曲げて頬張ると、ティッシュで手を拭い、コーラをがぶ飲みした。
(ピザって意外と高いから、ひとりで頼むのは悩んじゃうけど、やっぱりうまいな~)
 コンビ打ちの特訓期間中、何回かアンナとピザを食べた。アンナはテリヤキチキンが好みらしい。以来、ヨシオもテリヤキチキンのピザにハマっていた。
 アンナは、ジャック・ダニエルというウイスキーのコーラ割りを飲んでいる。
 ジャックコーク。モーターヘッドのリーダーが愛飲したことから、『ザ・レミー』とも呼ばれているらしい。
 ピザを食べ終えても、アンナはザ・レミーを飲み続けていた。スピーカーからは、レミーの吐き捨てるようなダミ声が聞こえてくる。
 『スパロー』で、アンナは三連勝した。開幕に倍満をアガったが、常に順調だったわけではない。二戦目は、東一局で満貫放銃、さらに跳満を親っ被りしたが、オーラスで逆転。三戦目は配牌が悪い中、アガリへの細い糸をたぐり寄せた。
 麻雀研究会の三人も、自分よりはずっと上手い。だが、アンナとは格が違った。上手くは言えないが、経験や技術の差だけでない、住む世界の違いのようなものを、ヨシオは見た気がした。
「なあヨシオ、おまえも『じゃんむす』ってやつやるのか? アタシにちょっと見せてくれよ」
 タバコを燻らせながら、アンナが言った。
「あ、はい」
『雀々娘』のアプリを起動し、ヨシオはスマホをアンナに手渡した。
「なんだこれ、めちゃくちゃかわいい女の子がいるぞ。メイド服着てるじゃん。ヨシオはこういうのが好きなのか~」
『雀々娘』のホーム画面は、女の子のキャラクターを設定できる。麻雀には直接関係ない要素だが、魅力的なキャラクターも人気の一因である。
「いや、それはガチャでたまたま引いてですね……」
「ふ~ん。まあいいや。この段位戦ってやつ選べば遊べるのか?」
「あ、はい。そうです」
 アンナが段位戦を始めたので、ヨシオはスマホを覗きこみアンナの対局を観戦した。的確で迷いのない打牌選択とメリハリのある押し引きで、アンナはあっさりトップを取った。
「こんなもんか? なんかあまり歯応えないなあ」
「勝ってポイントを増やして段位が上がれば、さらに上の段位の人たちと打てますよ。今日のサークルの人たちが打ってる卓では、僕はまだ打てませんけど……」
「ふーん。まあアタシはネト麻はいいかな」
 言って、アンナがスマホを返してきた。
「やっぱり、お金がかかってないと燃えませんか?」
「それも少しはあるが、やっぱり実際に牌を使った方がいいし、相手の顔が見えた方がいいなあ」
「なるほど……」
「それにさ、勝った喜びも負けた悔しさも、リアルの方がより深く味わえるかなって」
「なんとなく、わかります」
「で、麻雀研究会、入るのか?」
 アンナがザ・レミーを飲み干した。グラスの中の氷が、カランと鳴る。ヨシオもつられて、コーラをひと口飲んだ。
「やめときます。楽しそうだけど、大学にバイトにサークル活動となると、『スパロー』に通う時間が取れないかな、って。それに、僕はアンナさんに麻雀教わってますから」
 カオリと会えないのは少し残念な気がしたが、石塚たちとは、『スパロー』に来てくれればまた会えるだろう。
「ほ~。嬉しいこと言ってくれるねえ、ヨシオ君。よし、今夜はとことん飲むか」
 アンナがヨシオのグラスにジャック・ダニエルを注ごうとしたので、ヨシオは慌てて制止した。
「いやいや、ちょっと待ってください! 僕未成年ですし」
「え~、いいじゃん。堅いこと言うなって」
「ダメです!」
「じゃあさ、アタシがメイドのコスプレして酒作ったら、飲むか?」
「……そういう問題じゃありません」
「ちぇ~。仕方ねえな。今夜はレミーと飲むか」
「じゃあ、そろそろ僕、帰りますよ」
「おう。じゃ、またな」
 ジャック・ダニエルのボトルを掲げ、アンナが手を振ってきた。
 自転車に乗り、ヨシオは自宅へむかった。
 実を言うと、ヨシオはひとつ、アンナに嘘をついていた。
 キャラは偶然ガチャで当たったことに違いないのだが、メイド衣装は課金して購入した。期間限定で、どうしても欲しかったのだ。以来、お気に入りキャラに設定している。
 アンナのメイドコスは見てみたいかも、とヨシオは思った。
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